《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第十七話

 草木も眠る丑三つ時、と言うのはし古風だろうか。異世界においてこの表現が正しいのかはわからないが、なくとも夜がすっかり更けているという最低限のことは表現できているだろう。そんなとりとめもないことを考えながら、水樹は星の輝く夜空を見上げていた。

「……」

 ここから見える星々は地球から見える星と同じなのだろうか。もしかしたらあの中の一つが地球なのではないか。そんなホームシックに掛かった子供のようなことを思い浮かべながら窓枠に肘をつく。開け放していた窓から風が流れ込み、水樹の髪を僅かに揺らした。

「……はぁ、寢れないなぁ」

 自分以外に誰もいない部屋に、その言葉は嫌に響いた。普通は三人程で使う部屋を一人で使っているのだ。彼が孤獨を覚えるのも仕方無い位には広い。強力なスキルを所持している勇者には、特権階級の如く個室が與えられており、水樹もその例にれずこのような広い部屋が與えられている。

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 あまりその待遇の格差を良くは思わなかった水樹だが、厚待遇を與えられている者がそれを言っても唯鼻につくだけだ。そのため彼は部屋代えを申し出る訳にもいかず、ずるずると此処に居座ってしまっているという訳だ。

(……こんな慣れない気持ちも、長く過ごすうちに忘れていっちゃうんだろうなぁ)

 順調に私の増えていく自室に目を向け、そんな事を考える水樹。始めは私を持ち込むことさえ憚られたが、徐々にそんなも薄れていき、気づけばこの有り様だ。彼は都合よく変わっていく自分に溜め息を付きながら、再び窓の外へ目を向ける。

(……変わった、といえば)

 脳に浮かぶのは長い期間を過ごしてきた馴染の顔。いつもニコニコしながら、自分の後ろを著いてきていた小學校の頃を思い返す。

(いつからだったのかな。気付いたらお互い余り話すことも無くなっちゃって、相手の家に行くことも無くなった)

 思春期だから、という一言で片付けられそうな問題ではあるが、水樹は意外とその事を気にしていた。思い返してみれば、中學の辺りで水樹が彼を遊びにおうとしても彼は笑顔でそれを斷っていたような気がする。それが何回か続いたところで、お互いが喧嘩して―

「って、結局薫が原因じゃないの!!」

 辺りに響く水樹の怒聲。それに驚いたのか、ホーホーと鳴いていた謎の鳥は急に夜空へと羽ばたいていった。

「……はぁ。こんなに悩んでバカみたい」

自らの腕に顔を埋め、ため息を付く水樹。躁狀態から急激に鬱狀態へとなった彼は、どことなく緒不安定のように見える。実際、しばかり緒不安定だとは彼も自覚していることだ。異世界に來てからの薫への対応など、今までの自分であれば考えられないことばかりだ。し前の薫に抱きついてしまったことなど、改めて考えてみても――

「っっっ!!!」

顔を真っ赤にしてベッドへと寢転ぶ水樹。今更にして恥ずかしさがぶり返してきたようで、聲にならない聲を上げつつゴロゴロとベッドを転がる。

(なんであんなことしちゃったのよ私のバカーッ!!!)

後悔先に立たずとはよく言っただ。今すぐ過去に飛んであの時の自を毆り飛ばしたい衝に襲われる水樹であったが、やがて疲れたのかそのきを止めると、ポツリと一言呟いた。

「……いっそ貝になりたいわ」

ハイテンションな興狀態とローテンションな破滅願。躁鬱躁鬱と忙しい彼であるが、やがてその衝も収まると、再び窓際に立って馴染みの事を考え始めた。

(……薫、帰ってきてから凄く変わったよね。様子は変わってないんだけど、こう……雰囲気が)

いつも浮かべている特徴の無い笑みは変わっていなかったが、そんな印象も先の戦いで変わってしまった。

真っ黒な鎧をに纏い、強者だったはずの宇野を圧倒し、あまつさえ心まで折るという難行をやってのけた薫。とても心強い背中であったが、同時に見たことの無い背中でもあった。

彼に何があったのだろうか。いくら考えども、水樹には分からない。その事実が、自らの知らない間に馴染みが変わっていたという事実が水樹の寂しさを掻き立てていた。

「……ん?」

地球で言えば中世に當たる異世界の環境だからだろうか。窓の外に大きな明かりは無く、ただ星々の明かりが薄明かりを地表に放っている。唯一、夜中でも薪が絶えることの無い王城の周りだけが明るく照らされていた。

そんな明かりの中から、一人の人が暗闇の中へと歩を進めている。

「誰だろう……?」

異世界の人でも。いや、異世界の人だからこそ、彼らは夜中に外へ出ることは無いはずだ。夜の危険は彼らが一番よく理解している。何度も自分たちへ言い含める程には危険にじているはずだ。

それなのに外に出歩くとすれば……

(……うん。分からないわね)

ただ、彼は何かそれを放っておいてはいけないような、言いようのない何かをじていた。何故だろうかと自でも首を傾げながら、彼はその覚に従うことに決め、窓際から離れた。

「確か……王城周辺の植林の辺りだったわね」

椅子の背もたれに掛けていた自らのパーカーを引っ摑み、手早く準備を整える。早く行かなければ彼を見失ってしまう。その一心で足早に王城の廊下を小走りに駆けていった。

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