《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第二十三話
「……驚きました。あの時、確かに痺れ薬りの水を飲ませた筈です。それなのにまだけるなんて」
「別に難しいことじゃない。遅効の薬なら効果が回りきる前に取り除いてやれば良いだけの話だ」
 何でもないように言い放つディーネ。実際に言っていることは正しいが、それがどれ程難しい事か。奏はため息を付くことで、彼の度に呆れを示した。
「痺れ薬とわかりつつも手を出すなんて……剛毅というか、無謀というか。あれが即効のある薬でしたらどうするのです?」
「何、その時はその時さ。がかなくとも、口くらいならかすことは出來る」
 それに元來、薬には強い質でね――と付け加えるディーネ。計畫が一歩目の時點から破綻していた事を知った奏は、己の不明を呪いつつ、しでもこの狀態を引きばそうと質問を重ねた。
「ということは、先程の狀態も全て演技だったと? 全ては私を釣るために?」
「ま、そういうこった。騙し騙されは生きていく上で重要な事さ。覚えておくと良い」
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 ただ、ここでディーネにとって予想外だったのは奏のは尋常ではない、ということだ。普通の人ならばこの狀態から一刻も早く逃れよう・・・・とするだろう。ただ、なぜか彼は引きばそう・・・・・・としていた。
「それで、こうして私にナイフを突き付けているのもやっぱり尋問って意味なの? それともおいたは許さないって言うただの警告?」
「そいつらもあるが、まだ足りないな。しでも俺が危険とじたら殺す為って條件も付け加えてくれ」
 まあディーネにとって予想外ということで、彼にとってプラスに働いた事例なんてのは過去に數件も存在しない。そしてここ勇者の元に來て以來、そうなったことは一度としてなかった。
 つまり何が言いたいかと言うと、今回もその例にれない訳で。
「さて、しお喋りが過ぎたな。そろそろ本來の役割に戻ろうか被告人?」
「あンッ――」
 強めにナイフを押し付けると、なぜか謎の聲を発する奏。心なしか先程よりも顔のが良くなっている気がする。ディーネは不信に思いつつも、その手を止めることはなかった。
 ……ディーネの將來を思うならば、ここで止まった方が良かったのだろう。被害は既に免れない時點まで來ているが、それでも抑えることは出來た筈だ。
 とはいえ、既に寨は投げられた。やってしまった事はどうしようもないし、ディーネといえど過去に戻ることは出來ない。
「まずはお前の依頼人から吐いて貰おうか。夜は長いし、たっぷりと……って、お前……」
「ハァ……ハァ……な、なんでしょうか……?」
 顔を真っ赤に染め上げ、息を荒げる奏。場にそぐわない彼の様子に、ディーネはどこか嫌な予を覚える。
が、時既に遅し。
「……一応聞くが……」
ディーネがれている所からじる彼の鼓。心臓が早鐘を打ち、全にを激しく循環させていることがじられる。確かに命の危険をじた時、こうなるのはおかしな事では無いだろう。
ただ、彼の様子を見ていると命の危険とは程遠い。むしろ、まるで――
「……なんで興してるんだ?」
「ふふ……そんなこと、あるわけ無いじゃ無いですか……んっ」
艶めかしい聲を出しつつ、ディーネの言葉を否定する奏。説得力の欠片も無い。
「ほら、手が緩んでますわよ? んんっ……もっと、もっと強く私のことを……」
――駄目だ、勝てない。
ディーネは生まれて初めて、戦う前に敗北を実した。
◆◇◆
テントに下げられたランタンが微かに揺れる。これまでにじたことの無い揺れに、ディーネは目の前のを疑った。
「……なんだこの揺れは? おい、お前まだ何か仕込んでいたのか?」
「はぁっ……はぁっ……んッ、いかな私といえど、地震なんて起こせませんよ……ふふっ」
ちなみに奏の息が荒いのは別にディーネが特別何かをした訳では無い。ただ普通に尋問を続けた結果であり、尋問の容も的なでは無く、普通の武を使った脅迫だ。
まあ尋問をした、という意味ではディーネが何かをしたというのは確かなのだが、まさか尋問をした相手がMだった、なんてことは本人の管轄外であるわけで。
ディーネはそんな彼の様子をあえて無視しつつ尋問を続ける。
「その言葉に噓は無いな? 噓をつくとろくな事には――」
ズン、と。そんな擬音が聞こえてきそうなほど、揺れがひどくなる。フックで掛かっていたランタンは、今にも落ちそうなほど激しく揺れている。近くのテントからも「何!? 地震!?」と驚く水樹達の聲が響いた。
「チッ……」
彼らに気付かれてしまえば下手に奏への尋問は行えない。ディーネは最後にナイフを強く押しつけると、奏のに軽く傷を作った。
「ここで起こったことは他言無用だ。言っても良いが、お前の生殺與奪は俺が握っていると言うことを忘れるなよ」
ディーネは魔法爐を起させる。彼が「『詠唱:常闇之契』」と呟くと、彼の腹部に手を當てる。
「今から俺の言うことに肯定で答えろ。『今日俺のテントで起こった出來事は一切他言しない』」
「ええ、分かりましたわ……ッ!?」
奏が肯定すると同時に、ディーネが手を當てた所に強烈な熱が走る。彼はを震わすと、聲にならない聲を上げた。
「コイツは誓約の呪いだ。誓約に反したことをすると、刻印から毒が回ってお前を殺す。分かったな?」
「……は、はい……」
満足そうな顔をしてぐったりと橫たわる奏。その顔をなるべく見ないようにしつつ、ディーネはテントの外に出た。
「ミズキにカンザキさん、それにメリエルさん……どうしたんですか一?」
「あ、薫!」
彼らの背後にはグシャグシャになったテントが。
「……」
「ち、違うのよこれは! いや、違くは無いんだけど……その……」
「全部、水樹のせい……」
「ちょっと骸!? 私を裏切るの!?」
「裏切りじゃない……戦略的撤退……」
「意味わかんないんだけど!?」
水樹と骸は言い爭いを始めてしまった。これでは使いにならないと呆れたディーネは、やや眠そうなメリエルに話しかけた。
「メリエルさん。なんだか眠そうですね?」
「ああ、カオル殿。そちらは壯健そうで何よりです」
そう言いつつ欠をかみ殺すメリエル。目の端から涙が滲み出す。
「ふぁ……失禮、先ほどまで睡眠を取っていた所を、彼らに叩き起こされましてな。全く、実に騒がしい」
「それは災難でしたね……やはり先ほどの地揺れも?」
「いや、どうにもそいつは別口のようでして……」
ズン、と再び地揺れが。先ほどよりも大きい。
反的に水樹達の様子を見るディーネだが、彼らも驚いて辺りを見回している。役に立たない、とそっと目を逸らした。
続いてメキメキと木々が倒れる音。明らかに尋常では無い事態に、ディーネ達は構える。
「メリエルさん。これ、自然現象だと思いますか?」
「……いや、違うな。私としては勘違いであってしいが……」
地揺れは徐々に大きくなり、間隔もまっていく。これはただの自然現象と言うより、むしろ――
「……何か、近づいている?」
そして。
「――來る!!」
一際大きい地揺れと共に、目の前の木々が薙ぎ倒される。
巨大な軀に、緑の。攜えた巨大な棒に、特徴的な豚鼻。
フシュー、フシューと吐かれる息は、白い煙となって夜闇に溶けていく。
「コイツは……オークか!」
――ブオォォォォォォォォォォォ!!!!
魔のびが、夜を切り裂いた。
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