《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第二十八話
「……ん?」
 唐突に水樹が上空を見上げる。彼の行に反応し、周りの者達も釣られて見上げた。
「どうしたのですか水樹?」
「……上には何もないよ」
「いや、何か遠吠えみたいなのが聞こえたような気が……」
(……遠吠え?)
 ディーネにも聞こえなかった音を聞いたと言う水樹。本來ならば一笑に伏す発言だが、スキルを使った勇者の言うことだ。そう簡単に聞き流せるではない。ディーネは辺りの魔力の探索を始めた。
(……こいつは)
 彼がじ取った気配は、先程戦った者とほぼ同類。
 つまり、更なるオークがこの場へと接近してきているのである。しかも、複數。
(あの強さの魔が複數だと? 冗談じゃない、このパーティーで迎え撃つには準備がな過ぎる。気づかないうちに包囲されて、逃げ場を失う事も有り得るだろう。そうなったら――)
 ディーネ以外はほぼ確実にジ・エンドである。彼はそう予測を立てた。
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「……ごめん。ちょっと離れるよ」
「薫? どこに行くのよ?」
 パーティーから離れようとするディーネに、目ざとく水樹が聲を掛ける。
「いや、ちょっとしたゴミ掃除さ。あまり気にしなくていいよ」
「???」
「それより、もう夜も隨分な時間だ。徹夜するのも一つの手だけど、僕としては休息を取ることをオススメするかな」
「……骨に話を逸らしたね」
 骸の指摘にやや面倒をじながらも、ディーネはじない。特に表を変えることなく彼に応対する。
「そんなつもりは無いんだけどね……ただ、あのオークには手こずらされただろうから、休息が必要かなっていう気遣いのつもりだったんだけど。気を悪くしたのなら謝るよ」
「……別に。気になったから言ってみただけ」
 プイと面白くなさげに顔を逸らす骸。彼からしてみればここで図星を突かれて狼狽えるディーネを見たかったのだが、あっさり認められた上に落ち著いた対応をされるのは想定外だったのだろう。
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 ディーネにのみ負擔を掛ける案というのは流石に看過出來ないのか、水樹が不満を唱えて來る。
 「流石にそこまで薫に負擔は掛けられないよ。オーク退治で疲れてるのは薫も一緒でしょ?」
「僕はいいんだ。殆どこの鎧の能頼りだし、そこまで酷く疲れている訳でもないんだから」
「でも……」
「どうしても付いて來たいって言うんだったら、その隈を消してからだね」
「えっ!?」
 水樹の目の下に出來た大きな隈。彼としては化粧で隠しているつもりだったのだが、ディーネの目は誤魔化せない。
「どうせ普段寢れてないんでしょ? あんまり無理すると、大事な時に無理できないよ」
「……うー……」
 聞き分けのない子をあやすように、ディーネは頭をでる。何も言い返せなくなった水樹は、顔を俯かせながら唸り聲を上げて固まった。
(……よし、これでこいつが付いて來る事は無くなっただろう。あと殘っているのは……)
「る程、ならば仕方がない。皆さんはここで待機するとして、カオル殿には私が付いて行くとしよう!」
(……こいつだな)
 に敵ばかりとはなんともやり辛いだ、とディーネは溜息をつく。ちなみに、敵地に進んで飛び込んでいるのは彼の方だと言うことを忘れてはいけない。
「いや、メリエルも大丈夫。ここで皆と一緒に待機しててしいんだ」
「なんと! まさかカオル殿、お一人で行かれようと言うのか?」
「そのまさかだよ。別に対した事をしようって訳じゃ無いんだし、そこまで心配してもらう事もないさ」
「心配も致します! 以前森で迷って、數日行方不明になった者が言う臺詞ではありませぬ!」
「大袈裟だなぁ……」
 だが、確かに『薫』が言うには説得力の無い話だ。その実は違えど、迷ったと言うことになっているディーネとしては、反論する材料が無いことに歯噛みする。
 と、ここで黙って事を靜観していた春斗が口を出してくる。
「薫、いくらなんでもやっぱり一人ってのは危ない。誰か一人だけでもいいから連れて行くべきじゃないか?」
「……君まで言うのか」
 思わぬ方向からの攻撃。ディーネは一人で行くという選択肢が取れないと見ると、妥協案を提示した。
「……わかったよ。でも、本當に大した用事でも無いんだ。だからミズキ、君の力を借りたい」
「え? 私の?」
 唐突に話を振られた水樹が驚愕の聲を上げる。
「ミズキの天使達を借りたいんだ。何、一人でいい。索敵能力も優秀だし、僕がどこにいるかって事を直ぐに把握出來るだろう?」
「うーん、そういうことなら……」
 水樹はくるりと振り返り、未だ立ち盡くしている天使達と向かい合う。手近な天使に問題無いかという意思を込めた視線を向けると、彼はコクリと頷いた。
「決まりだね。それじゃあ皆、ちょっと行って來るよ」
「早く帰ってきてよー!」
「……お土産……待ってる」
「骸ちゃん?」
「謝る。謝るから怒らないで奏」
 無口キャラも投げ捨てた全力の謝罪。ふざけ過ぎるのも大概にするべきである。
◆◇◆
 主からの命により薫に付いていく事になったワルキューレは、前を歩く男の事をやや胡げな目で見つめていた。
 スキルで召喚された存在ではあるが、ワルキューレにも自我はある。その自我が、目の前の年への警戒を促していた。
 目の前の男からは薄く、ごく僅かだが魔の気配をじる。天使たる彼でも意識しなければ気づかない程度であるが、それでも何らかの魔を発しているのは確かだ。
 それに、拠の無いではあるが、彼の笑顔は何処か噓くさい。天使たる彼らには珍しい思考ではあるが、それでも第六なるものが彼への警戒を伝えていた。
 彼が何をしようとしているのか、それ自には興味は無い。だが、もしその過程で自らの主が穢される時があればーー。
 彼は人知れず自らの剣を握り締め、決意を新たにする。これは思考を共有している他のワルキューレ達にも伝わり、その警戒心をより一層深めた。
「……あーっと。天使さん、でいいのかな? それぞれの名前は多分伺って無かったと思うけど」
 そんな時だった。目の前の年から話しかけられたのは。
 ワルキューレは先程までのをおくびにも出さず、いつもの調子で彼に答える。
「如何様な呼び方でも構いません。私は主人にただ使役されるだけの存在なのですから」
「うーん……多分水樹はそう思ってなさそうだけど」
 彼がまた笑う。その度に、ワルキューレの不信が増していく。
「いや、は相談なんだけどさ……ちょっとだけでいいんだ。し監視を外れてみる気は無い?」
 何を言うかと思えばーー。ワルキューレは心で溜息をつく。
「お斷りいたします。主の命は絶対。それに背くことは座いません」
 それに、要注意人の警戒を解くこともあり得ない。口にこそ出さないがワルキューレは脳でそう続けた。
「そもそも、大した事をしないのならば監視が付いてても問題無いはず。何か疚しい事でもされるつもりですか?」
「いや、全くそんなつもりは無かったんだけど……うーん、何と言ったらいいか……」
 うんうんと何かを迷うように唸っている年であったが、やがてワルキューレの冷たい視線に観念したのかその心を吐する。
「オーケーわかった、言おう。僕のやろうとしてる事は迫っている魔獣の討滅。それを実現する為には奧の手を出す必要があるんだよ」
「魔獣、ですか」
 実を言うと、ワルキューレ達は迫っている魔獣の群れに気付いていた。ただ、その群れが自分達だけで十分対処可能な事と、いざという時の出手段も準備出來ているという事を鑑みて、主人達には伝えていなかったのだ。
 だが、それに気付いていたという事は、なくともワルキューレ達並みの索敵能力は備えているという事だ。やはり油斷は出來ない。
「……そうですか。ですが、監視を止めるという選択肢はありません。申し訳ありませんが……」
「うーん、そうか……」
なら仕方ない、か。そう年の口がいた事を確認したワルキューレ。
 それに何かをじる間もなく、彼の意識は次の瞬間闇に閉ざされた。
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