《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第三十話
「ヒハッ! 先ずは小手調べと行こうかぁ!?」
 手に出した炎をグッと握り締めると、宇野の魔力量が目に見えて増加する。大しきったそれを一気に解放するように、地面を蹴ってその手の剣を振りかぶった。
「流石に甘過ぎるんじゃない? 『詠唱:一天突破』!」
 水樹と高速で呪文を唱え、宇野へと攻撃を集中させる。魔法陣から放たれた不可視の弾丸が、彼の事を襲った。
並みの相手なら対応することも出來ない一撃。だが、その魔法は彼に屆く直前に靄のように掻き消えてしまう。
「あ、スキルのこと忘れてた……」
「……お馬鹿?」
「ば、バカじゃないもん! ちょっと忘れてただけだもん!」
「普通そんな大事な報忘れますか……?」
「ミズキ殿! 呑気にはしゃいでいる暇はありませんぞ!」
「怒られるの私!?」
 そんなバカみたいなやり取りが行われている間にも、戦況は逐一と変化していく。接近してくる宇野の前には、聖剣を構えた春斗が立ちはだかっていた。
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「やらせない!」
「けっ! やっぱお前が來るのか!」
 闇夜に散る閃。り輝く剣と闇そのものに染まったかのような剣が打ち合さり、甲高い音を立てる。
 これまでの宇野であれば、春斗の一撃に耐えきる事が出來ず何歩か後退する場面であっただろう。だが、新たな『チカラ』を手にした彼に取ってみれば、その一撃は余りに軽いものであった。
「……っ!?」
「軽いなぁ、お前の剣は……そんななまっちょろい『力』じゃハエも殺せねぇぞ!!」
 一瞬拮抗したかに見えた両者だったが、その鍔迫り合いも一瞬。宇野は力任せに剣を振り抜き、春斗の構えを崩して見せた。これまでからは考えられなかった景に、水樹達は驚愕する。
 堪らず後ろへと下がる春斗。しかし、一度崩されたペースはそうそう戻らない。再び距離を詰められ、近距離インレンジにおいてのギリギリの勝負を強制させられる。
「おいおい、勇者サマの稱號が形無しだぜぇ!? いっそのこと、俺に明け渡した方が良いんじゃねぇか!? お!?」
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「減らず口を……!!」
 力で推し進める宇野に、技でけ流す春斗。普通に考えれば、技が勝っている春斗が有利では無いかと思われるかもしれないが、そうではない。
 そもそも技とは力で勝る『強者』に対抗するための。自らの地力を底上げしているだけに過ぎないのだ。その為、今回のように力の差が歴然としているだけで、必然的に技だけで拮抗せざるを得なくなる。
 一撃でも貰えば再起は怪しい春斗に、ただ闇雲に剣を振るうだけで勝てる可能のある宇野。どちらが有利であるかは自明の理であった。
 そして、春斗が人間である以上、張り詰めた意識はどこかで限界が訪れる。
「こいつを食らいな!」
「ガッ!?」
 春斗の死角から放たれた膝蹴りが、的確に鳩尾を抉る。無理な勢が功を奏したのか、その一撃は表層のみで留まったが、それでも苦しむには十分な威力だ。
 思わず苦悶の聲を上げる春斗だったが、その手に握った聖剣だけは手放さない。絶対に負けてなるものか。その意思だけが彼を戦いに繋ぎ止めていた。
「チッ、防いだか……だが、こいつは避けれるか、な!?」
 イラついたような聲を上げた宇野は、慣に任せそのままを翻す。ギラリとる剣閃上には、春斗の頭部が捉えられていた。
「ッ!! おおおおおお!!」
 無理な挙に悲鳴を上げる春斗の。雄びを上げることでそれを無視しつつ、彼はその意識を全力で防に回す。
 そして訪れる衝撃。規格外の力を真正面からけた春斗は、々になった聖剣と共に弾かれるように吹き飛ぶ。
「あ、ガッ……!」
「ハルト殿!?」
「宇野……あんたねぇ!」
 ボロボロになりながら地面に転がり、苦悶の聲を上げる春斗。そんな彼を庇うように、水樹達が立ちはだかる。
「クカカ……これだよこれ! この圧倒的な『チカラ』こそ、俺のんだ力なんだ! こいつがあれば、もう何が來ようと怖くない! 無様な姿を曬すことも無いんだ!」
 だが、そんな非難の聲も宇野には屆いていない。完全に自らの力に陶酔してしまっているのだ。
 何が彼をそこまで駆り立てるのか。なくとも、地球にいた頃はここまで兇暴な格はしていなかった。優等生では無かったが、不良と言い切れるほどでも無い。至って普通の高校生であった筈だ。
しかし、異世界に來てしばらくしてから彼は激変した。力の無い者を蔑み、誰に対しても高圧的な態度を取るようになった。水樹への好意こそ変わっていないものの、彼が嫌がるようなしつこいアプローチを平然と行うようになったのも変化の一つだろう。
「……何故、だ。何がお前を、そうさせた」
「……無理、良くない。怪我人は大人しく……」
「ごめん骸。こればかりは、聞かなくちゃいけない事なんだ……宇野。その『チカラ』ってやつ、まともに手にれたじゃ無いな?」
息も絶え絶えながら春斗の絞り出した言葉に、宇野はニヤリと笑う。
「はっ、結局は俺が手にれてるんだ。こいつがどこから來たかなんて、関係のない事だろ?」
「……そのセリフ、肯定とけ取ってもいいんだな?」
「さあな? そんなにホイホイ敵の言うことを信じてもいいのかい?」
そんなおちょくったような態度を見て、春斗は半ば自分の発言を確信していた。
「それだけじゃない。俺が思うに、お前がその『チカラ』を手にれようとしていたのはこの世界に來てすぐのことだった。どうだい?」
「……何を拠に」
やや厳しくなる宇野の表と聲。わかりやすい奴だ、と春斗は呟きつつ、自らの推理をぶち上げる。
「その魔力の増加量、並大抵のじゃない。ただ、お前の魔力量の限度と比べると明らかに多すぎるんだよ。最初に量った時、俺の魔力量がお前よりも多かったことを覚えてるだろ?」
「……」
「大方、これまでにドーピングしてたのは魔力量の限度ってところだろうな……そんでもって、最後の仕上げに魔力を上げる何かをした。まあ、その何かまでは知らないが」
「……ケッ。概ね當たりだよ」
 自らの向が見かされたのが不愉快だったのか、宇野は悪態をつきながら解説を始める。
「ま、俺自最初はそんな自覚は無かったんだがな。きっかけは見知らぬ怪しい男から惚れ薬を貰ったことだ」
「ほ、惚れ薬?」
「ああ。當然水樹を振り向かせる為にな」
「はぁ!? 止めてよ気持ち悪い……むぐっ!?」
「……水樹、ちょっと黙ってて」
「話が拗れそうなので……」
 空気を読まず宇野を罵倒しようとした水樹。そしてそれを取り押さえる骸と奏。そんな彼らを一顧だにせず、春斗達の話は進んでいく。
「最初はしの疑いと不安があった。だが、そいつを飲んでるにそんな気持ちも消え、殘ったのは不思議な爽快、そしてチカラへの飢だけ。それが最高に心地いいんだ……」
 狂った笑みを浮かべる宇野。周囲の魔力が彼の狂気を証明するように、ドクンと脈打った。
「……宇野、お前は変わった。変わり過ぎたんだ」
 未だ殘るダメージによろめきつつも、ゆっくりと立ち上がる春斗。
「あ? んだよ、そんな有様でよく言えたもんだな?」
「確かにお前の『チカラ』は強い。なくとも、今の俺の技量を凌駕するほどの力はある。正直、ここにいる俺たちが束になって掛かっても勝てるかどうかは五分五分だ」
 だけど、と春斗は続ける。
「ーーお前には負けない。絶対に負けるつもりはない」
「……何言ってんだお前。俺に勝てないってのはお前自が証明してんだろ?」
「だからどうした。剣が折れても、砕けても、また作り直せばいい。何度心が折れようとも、また立ち直ればいい」
 自らの手を前に突き出し、再び折れた聖剣を作り出す。その輝きは、先程よりも強い。
「意思も魂も篭っていない『チカラ』には、決して負けやしない!」
「よく言ったわ春斗! 私達も協力するわ!」
「ふむ、熱なのは嫌いではないぞ。私も微力ながら加勢しよう」
「……ん。ここは勝ちフラグに乗っとくのが吉」
「とか言っておいて、最初から協力する気だったんでしょ?」
 春斗の決意に続々と乗ってくる水樹達。背後に控えていたワルキューレも無言で戦闘態勢を整える。
「……チッ。気が変わった」
 鬱陶しそうに舌打ちをする宇野。地面に剣を突き刺し、煩わし気に頭を掻く。
「本當ならゆっくりといたぶってやろうと思ってたが、もう見るのも鬱陶しい。お前ら、ここで全員潰してやる」
 宇野は有り余る魔力を全て剣に流し込む。突き刺した剣先から魔法陣が展開され、宇野の周囲を包み込んだ。
「な、何を……?」
「ハハハハハハハ!! これが俺の『チカラ』、んだ全てだ!」
 宇野全を、可視化されるほどに黒く、濃くなった魔力が包み込む。
 ビリビリと震える空気。森全がざわめく様に揺れ、悪しき者の訪れを告げる。
「『デモナイズ』!!」
 一等激しい魔力の奔流。水樹達は庇う様に腕を構え、それを耐える。
 そして、その跡には。
「……宇野、お前」
『クッハハハハハハハハハハハ!!!! 最高だ、最高だよ!! このが滾る様な強さ、まさに『強』の象徴!! この俺に相応しい!!』
 ーー異形の姿と化した宇野。いや、宇野だったものが存在していた。
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