《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第三十四話
『冒険者だと……? フン、まあいい。何者かは知らんが、この俺の前に出てきたと言うことは死ぬ覚悟は出來てるんだろうな?』
「生憎と、冒険者は最も死を恐れる職業でね。碌な前準備もせずにノコノコと死地に飛び込んでいく奴は居ないのさ」
アメリアの言葉にピクリと反応する宇野。
『……それは俺が恐れるに足らない存在だと、そう言っているのか?』
「フム、別に挑発する意図は無かったが……そう聞こえたと言うことは、貴様が心のどこかで未だ迷っている証拠では無いか? 己の強さに自信があれば、そのような言葉はそうそう出て來るまい」
『ニンゲン如きが……ッ!!』
犬歯とも牙とも付かないを剝き出しにし、己の怒りを表す宇野だったが、その怒気にも怯まずむしろ哀れな目線を向けるアメリア。
「元は人間だと聞いていたのだが……落ちるところまで落ちたな、貴様は。勇者としての実力は一級品だと聞いていたが、それを生かす事も出來ずこうなるとは」
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『俺は強くなったんだ!! 圧倒的なチカラを手にれて、今じゃこいつら程度じゃ勝負にもならねぇ位に!! こいつがありゃ、俺を虛仮にした古谷の野郎だってぶち殺せる!!』
「では聞くが――貴様はそのチカラを手にれて何がしたいんだ?」
『決まってる!! 古谷の野郎、それにクラスの奴らをぶち殺して――」
と、そこまで言ったところで宇野の言葉が止まる。
「――それで?」
先を促すアメリアの言葉。しかし、その先を彼が紡ぐことは出來ない。
なぜなら――
「そうだよな。貴様はこの問いに答えられない。なぜなら、貴様がチカラを手にれたのは復讐の為。その目的が果たされてしまえば、貴様はそのチカラを振るう理由も無くなる」
『うるせぇ!! だからといって、俺が弱くなった訳じゃねぇ!! チカラを振るう目的だぁ? そんなが無くても、チカラはチカラだ!! お前一人程度、すぐに捻り潰してやる!!』
鉤爪を構え、アメリアへ向かって飛びかかる宇野。水樹達には、彼がアメリアの元へ瞬間移したようにしか見えていない。これが宇野に出せるトップスピード。『チカラ』で強化された者の実力だ。
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「やれやれ、聞き分けの無い奴だ――」
そして振り下ろされる兇刃。自らに迫る脅威に対して、アメリアは何もしない。なくとも、水樹達には何も出來ないように見えていた。
だが、忘れる事なかれ。彼は最強の冒険者だ。この程度の危機、乗り越えずして何とする。
「――甘いな」
『!?』
対象を切り裂くはずだった宇野の右手は、何の苦も無くアメリアに捕まれていた。
「軽い、軽すぎる。貴様の手にした『チカラ』とやらはこんなか? 久々に戦いがいのある奴が來たと思ったが、これでは期待外れだな」
必死に捕まれた腕を抜こうと抵抗するが、一その細腕のどこから力が出ているのか、ピクリともかすことは出來ない。
勿論、単純な筋力だけでこの力を出している訳では無い。魔力を使って自らの能力をブーストしているだけだ。そのことに気づければ、宇野は自の能力でその魔力を吸収することも不可能では無い。
だが、自らの攻撃を正面からけきられたことに対する衝撃。そして、対人戦闘経験の不足。宇野が彼を倒すには、あまりにも実力が足りていなかった。
「力は確かに必要だ。だが、意思無き力はただの暴力に過ぎん。そして暴力は、さらなる暴力によって容易く上書きされる」
さらに力を込めていくアメリア。並々ならぬ防力を手にれたはずの腕が、ミシミシと嫌な音を立てている。
『この、放せ……!!』
「貴様ももうし、考えて行を起こすと良い。流されるだけでは碌な事にならん」
アメリアは腰元から剣を引き抜く。その作だけで、水樹達の元まで風圧が屆いた。
「さて、お仕置きの時間だ。何、加減はしてやる。死なない程度にな」
『ま、待て――!!』
「――吹き飛べ」
魔力を乗せた斬撃が、宇野の部に直撃する。元の裝甲を砕きつつ、そのまま宇野は苦悶の聲を上げながら吹き飛ばされた。
   背後の木々を何本も薙ぎ倒し、ようやくその勢いを止めた宇野。だが、既に彼は蟲の息。
『バカな……ありえない!! 俺は誰よりも強くなった筈なんだ!! 実際あいつらは圧倒出來た!! だというのに、こんな……!!』
   突如現れた、たった一人の助っ人。そのたった一人に、今では良いように躙されている。なんという屈辱、なんという恥辱。
「結局、貴様は長していないということだ。チカラを手にれる前も、手にれた後も」
   土を踏みしめる、靜かな足音。宇野は懸命に上を起こし、憎々しげに足音の出所を見據える。
『お前が、お前さえいなければ!!』
「負けた原因すら私に求めるか……その腐った、しばかり叩き直してやらんとな」
   改めて剣を構え直すアメリア。大剣を両手で持ち、上段に振り上げる。
「シッ!!」
   鋭い吐息と共に放たれた一撃。弱った宇野には、避けるどころか防ぐ事さえ難しい。
   靜かな森に、轟音が鳴り響いた。
◆◇◆
「あ……!!」
   森から戻ってきたアメリアを見て、思わず聲をらす水樹。
「ほれ、屆けだ。全く、殺さずに終わらせるのは々面倒な作業だったぞ」
   肩に擔いでいたーー元の姿に戻った宇野をドサリと地面に落とし、ため息をつきながら言うアメリア。言葉とは裏腹に、その服や肢には一切の綻びも見えない。
「アメリア殿……一度ならず、二度までも助けられました。なんとお返しすれば良いか」
「なに、そう大した手間でも無い。々恩に思ってくれるなら、それで十分さ。それに、これから面倒な事になるのはそちらだろう?」
   アメリアは地面の宇野に目配せすると、おおげさに肩を竦めて見せる。
「ああ、全くです。まさか勇者の一人が、『魔人化デモナイズ』などという呪を覚えているとは……」
「メリエル。その『魔人化』っていったい何なの? 私達、そんな呪文聞いたことも無いけど?」
   自分達に隠していたのかと言外に非難する水樹。だが、今回ばかりはメリエルも強くは言い返さなかった。
「ああ、出來れば知らないでいた方がいい外法の類だ。人のを作り変え、まるで伝説の存在『魔人』の如く変貌させる……今回は使ってから時間が経たないうちに気絶させられることで呪文が止まった。本當に彼は運が良い」
「魔人って……でも、あいつらは伝説の中にしか存在しないんじゃ?」
「伝説の存在である魔王に対抗するために、伝説の存在である君達が召喚されたんだ。魔人が居ても何も可笑しくあるまいよ」
   ふう、と溜息をつくメリエル。
「これで魔王が存在する可能が、またし高まってしまった。クソッ……!!」
「……ふむ、魔王だの勇者だのといった下りは聞かなかった事にした方がいいか?」
   あ、と一同は思い出す。
   そういえば、共に戦ってはいたがあくまで彼は部外者であった。そして勇者や魔王といった報は、本來王國にとって匿すべき案件。特にメリエルは、そういった事には気をつけておくべきだった。
   青い顔をしたメリエルは、錆び付いたロボットのようなきでアメリアに振り向く。
「……はは、そんな青い顔をしなさるな。何、冒険者として依頼人クライアントの意向に水を差すつもりは無い。この報は聞かなかった事にしておこう」
「ま、誠にかたじけない!!」
   全力で頭を下げるメリエル。何処と無くアメリア以外の全員から白い目で見られている気がするが、彼からすれば理的に首が飛ぶか否かの瀬戸際だったのだ。やや大袈裟に謝するのも可笑しい話ではない。
「さて、ゴタゴタが重なって確認を忘れていたが、本來私は君達の援護役として呼ばれていてね。誰か欠けている者はいるか? いるならば探しに行く必要があるが……」
「……そうだ、薫!!」
   彼の言葉に、先程魔獣を確認しに行った彼の事を思い出す一同。ワルキューレの反応が無くなってから、それきり一切反応が無い。
   もしかしたらーーという最悪の事態が彼らの頭をよぎる。
「カオル……ああ、彼か。全く、どうやら彼とは何がしかの縁があるようだね。では、し探しに……」
「待って! 私も連れて行って下さい!」
くるりと振り向き、水樹を見て笑うアメリア。
「若人よ、そう焦るな。心配せずとも、私がしっかり連れて帰ってやる」
「あ……」
「それにそこの年よ。高潔な神は結構だが、あまり自棄にならないことだ。絶的な狀況でも、最後まで足掻くと良い」
「は、はい!」
「クク、そう堅くなるな。説教と言うよりは、単なる老婆心とでも思ってくれ」
ではな、と言うだけ言ってアメリアは彼らに背を向ける。
彼の背中が夜闇に消えるのは、それからそう短くない間の事だった。
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