《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第三十七話
  その場で報告を行うのはリスクが高いとの事で、結局國王への報告は自由の利くフィリスが後に行うと決定。ディーネは『薫』としての擬態魔法を再度掛け、先程の魔法の合図に応えた所偶々『冒険者アメリア』と遭遇したのだというシナリオを立てた。
  まあ彼にとって負擔だったのは、言い訳を考える事より水樹、メリエル両名の異常なまでの心配を躱す事にあっただろう。開口一番ディーネ生存の喜びから始まり、真っしぐらに彼の懐へ飛び込んで來たのだから溜まったものではない。避ける訳にもいかず、手を広げて彼らを迎えれたところ丁度彼の鳩尾に彼らの肘が刺さったのは不幸な事故だった。後のフィリス談によると、それはそれはとんでもない形相だったという。
  ワルキューレの反応が消失した事に関してだが、これについては兇悪な魔獣が出現し、不意を打たれたディーネは気絶。ワルキューレはわからないが、何がしかの手段で討たれたのだろうとディーネが説明した。
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  水樹達はこの説明ですぐに納得させることが出來たが、他のワルキューレ達は例外だ。元よりディーネに不信を抱いている彼達が、彼の説明を鵜呑みにするはずがない。
  とはいえ、これにフィリスの説明も加われば彼らも納得せざるを得ない。ディーネとフィリスの協力関係が発覚していない以上、彼の言葉は太鼓判として十分機能しうるものだった。
  その後、水樹達の方で起こった出來事も説明。一通りの報換が終わった後、彼らは足早に王都へと帰還する事を決定する。宇野の件や、魔獣の暴走を王宮へと説明する必要があったからだ。
  勿論、宇野を騙していた人の正が魔人という事は、未だ水樹達には気付かれていない。彼が使った『デモナイズ』の呪文も、呪ではあるが人が使える範疇の呪文である為、正を探るための決定的な証拠にはなり得ないだろう。
  そして、あの日から數日の時間が流れるーー
◆◇◆
  外出の許可を取り、城下町に繰り出したディーネ。勇者達の外出には基本的に申請が必要となり、彼もその多分にれず三日ほど前から申請をしていた。遅いと思う事なかれ、これがお役所仕事というである。
  ただ、彼の外出への障害となったのは日數だけではない。どこから聞き付けたのか、彼の外出を聞き付けた水樹がディーネに詰め寄ったのだ。
  曰く、「休日暇なら付き合ってあげる」と。
  ……まあわかりやすい事で結構だが、要するに「一緒に行きたい」と言っているのである。もうし素直になれとディーネも思わざるを得ないが、どちらにせよ斷られる運命には変わりない。なんとか言葉を選んで彼にお引き取り願おうとしたのだが、ここからが難題だった。
  そこから始まったのは怒濤の質問責め。「誰と行くのか」「何故自分を連れて行かないのか」「何処へ行くつもりなのか」……etc。非常に不なこの問答は、二時間に渡る激闘の末なんとかディーネが勝利を収めた。
  とまあそんな訳で、現在ディーネは非常にストレスが溜まっているのである。であれば、そのストレスを解消する必要があるが、殘念ながら地球より文明レベルの低い異世界において、娯楽というのはあまり一般的ではないのも事実。
  ならば、彼のストレス解消法とは。
「ングッ……ングッ……ングッ……プハァ!!」
「……ディル。し飲み過ぎではないのか?」
  ……そう、『酒』である。
  手軽に酔う事が出來、しばし俗世のことを忘れられる酒は、庶民の數ない娯楽の一つだ。ディーネ達は暗部ということもあり、普段はまず嗜まないのだが、この時ばかりは話が違った。
「飲み過ぎな事があるもんか! あいつらの『お守り』には、酒瓶が何本あろうと足りゃしない! 毎日ストレスが溜まる一方さ!」
「やれやれ、これは大分酒が回っているな……その調子で機を暴する事が無ければいいのだが」
  足がつかないよう、ディーネの事をディルと呼び、共に安酒を煽っているのは勿論のことフィリスである。
  因みに今日の設定は『駆け出しの冒険者ディルとその門出を祝う一流冒険者アメリア』である。當然の如く『冒険者ディル』としての擬態も施し済み。特徴のないショートの茶髪に、あどけない顔立ち。いかにも夢を抱いて田舎から上がってきた年という雰囲気を漂わせている。
  最も、臨時の分証としての役割としての価値しか無い為、『冒険者ディル』がこれ以上出世する事はないが。
  ディーネの顔はすっかり赤くなり、既に出來上がってしまっている事を如実に伝えている。呂律も回っておらず、これでは駆け出し冒険者というより只の呑んだくれとしか言い様がない。
「本題にる前の息抜きという事で付き合ったが、これは無理にでも止めるべきだったかな? ほら、流石に飲み過ぎだぞ」
「あっ……こら、かえせぇー」
  ディーネの手から無理矢理ジョッキを取り上げるフィリス。のっそりとした作でそれを追いかけるも、目標のジョッキは彼の手が屆かない場所へ。けなくもばした手は空を切り、ヘタリとテーブルの上に橫たわった。
「むう……せめてあといっぱい」
(……なぜ彼が局長に裝させたのか、その理由が今ならわかりそうです)
  トロンとぼやけた目で恨めしそうにフィリスを見るディーネ。だが、そんな事程度で彼は揺らがない。いや、心結構グラッグラだったが。もうし彼が甘え上手であればきっと墮ちていたのは彼の方だっただろう。
肝心のディーネがこの狀態では、やりたいことも出來ないのが現実だが、このまま彼の癡態をみすみす見逃すのも惜しい。そう考えるフィリスだったが、まさか面と向かって録畫の魔道を使うわけにも行かない。泣く泣く自らの心を押し殺しつつ、酒を取り除く為の魔法を発する。
「『詠唱:除去流』……これでどうだ?」
「……ああ、最悪の気分だよ」
いくら一瞬で酔いが覚めるとは言え、殘念ながら記憶や真実は消えてくれない。數瞬前の自らの癡態を思い出しつつ、赤く染まった顔を押さえるディーネ。
(……まあこの恥顔だけでも見る価値はありますか)
心下衆な事を考えつつ、しかし顔には一切出さないフィリス。なんとも狡賢い部下である。
「さあ、酔いが覚めたのならそろそろ行こうか。報告の時間だ」
「……やっぱあと一杯」
「駄目だ。ほら、早く立て」
「わ、わかった、わかったから引っ張るな!」
抵抗するディーネの襟を無理矢理引っ張り、グイグイと引き摺る。去り際にいくらかの貨を置いていくことも忘れない。
「くそぉ、もっと現実を忘れていたかった……」
「贅沢を言うな。私も々とストレスが溜まっているんだぞ」
「そりゃ年だろ」
「何か言ったか?」
「何でも無いです!!」
騒がしい客だった。後に酒場の店員はそう語っていたという。
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