《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第三十九話
「……私は今、とてもこう言いたい。『ドナドナ』と」
「ふふふ……奇遇だねムクロ。ドナドナの意味はわからないけど、僕も全く同だよ」
「ふふふ……」
「あはは……」
  ガタンゴトンと揺れる馬車の中、暗い表で笑い合う二人の男。幌の開いた馬車の筈だが、なぜか二人の周りだけ雰囲気が薄暗い。こう書くとなんだか悪巧みをする景に見えなくもないが……。
「何やってるのよ二人とも……」
「骸ー、薫ー。帰ってこーい」
「あらあら、これはもうダメみたいですね」
  殘念ながら、暗い表をしているのが骸と薫……もといディーネの二人組なので締まらない。水樹に春斗、そして奏が呼び掛けるも、彼らの不気味な笑い聲が途絶える事はなかった。
「ふふ、賑やかでいいな。結構な事だ」
  そう言って微笑みかけるのは、者臺に座り馬を駆っているS級冒険者アメリア……もといフィリス。心で落ち込んでいるディーネを見てフフフと嗤っている事は誰にも言えないだ。
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  因みにメリエルはこの旅に著いて來ていない。彼自は來る気満々だったが、場所が場所の為王國の騎士である彼は著いて來ることが出來なかったのだ。
「この世界は、腐っている……うぷっ」
「ほらほら、その狀態で下向いてると更に辛くなりますよ?」
そう言いつつ吐きそうになった骸の背をそっとでる奏。何のことはない、ただ骸は乗り酔いをしていただけであった。暗い雰囲気を出していたのも、ただ酔ってテンションが低かっただけである。
「ほら薫も。外の景見て落ち著こう?」
「う、うん。有難うミズキ」
(別に酔ってる訳ではないがな)
  水樹に背をでられるが、実はディーネは酔っていない。此方は行く先を聞いて、ただテンションが低くなっただけである。ある意味骸より酷い。
  長閑な街道を進んで行く馬車の中で、ディーネは先日、王國から下された命令の事を思い出していた。
◆◇◆
「え、アルテリア法國?」
「ああ。カオル殿達の派遣先はそこに決まった」
  報告作業を終えた後、夕暮れの頃に城へ戻ると、ディーネの部屋にはメリエルや水樹など、宇野の件に関する関係者が集まっていた。
  ドアを開けた途端、當たり前の様に迎えれて來た彼らを見た時は、流石のディーネも驚愕した。確か自の部屋には、しっかりと鍵を掛けていた筈だが……。
  その辺りを追及すると藪蛇になりそうだったので、疑問は心の中に仕舞っておいたディーネ。賢明な判斷である。
「へぇー、法國って言うからには宗教的な國なのかな?」
「らしいわね。なんでもスレイ教ってとこの大本山らしいわよ。詳しくはよく知らないけど……」
  素知らぬ顔でアルテリア法國について尋ねるディーネであるが、この世界の人間であり暗部である彼がその報を知らない筈がない。勿論のこと演技である。
「スレイ教は、過去に魔王を打ち倒した勇者を讃え、さらに勇者を送り込んだ神の事を信仰している集団ですな。世界各地にスレイ教の信者がおります故、小國と言えど侮れない影響力があるようです」
「る程、キリスト教みたいなモンなんだな」
「私達も勇者だから……信仰……貢……ふひひ」
「あらあら、がれ出てますわよ骸」
  やや混沌とし始めた狀況から目を逸らしつつ、アルテリア法國について想いを馳せるディーネ。
  実はディーネ、過去に何度か法國の神やスレイ教の信者とトラブルを起こしており、その為アルテリア法國関連の事を苦手としているのである。
  勿論、仕事に文句は言えないが、出來る事なら関わりたくないと言うのが正直な心だ。
(そこらの信者位なら良いんだが、上の方になると揃いも揃って勇者中毒フリークだからな。話が通じないったらありゃしない)
  苦み走ったを押し殺しつつ、表面ではニコニコと笑う。
「うーん、まあ凄い國っていうことは分かったよ。でも、どうしてそこに?」
「ああ、他に良い候補がないというのもありますが、一番の理由は元がバレた時に一番都合がいい國だからですな。最悪勇者と名乗れば、悪いようにはならないでしょう」
「……名乗っていいの?」
「最悪、ですぞムクロ殿。あちらもそう簡単には信じないでしょうが、時間稼ぎには使えるでしょう。それだけ勇者の影響が大きいのです」
  ただし、名乗ったものが勇者でないと分かれば死ぬよりも酷い責め苦が待っているでしょうが……と続けるメリエル。
「というか今回は場所が場所の故、私は付いていくことが出來ないのです……!! クソッ、アルテリア法國め……!!」
  メリエルは歯噛みしながら見當違いの憎悪をアルテリア法國に向ける。
「殘念だったわねメリエル! 薫はこの私がちゃんと面倒を見てあげるから安心しなさい!」
「貴様ァ!!」
「……また始まった」
「もう、懲りないお方達ですわね」
  譲れない戦いという名のキャットファイトが繰り広げられる。それも、何故かディーネのベッドの上で。
「薫、止めるように言わないのか?」
「言っても止まらないだろうし……」
「ああ……」
  ディーネの返しに悟ったような聲を上げる春斗。彼らが何か言った程度では止まらないというのは、彼も実済みである。
「大、あなた最近薫にひっつきすぎなのよ! 隙を見せれば腕を組んだり、を寄せたり……見苦しいと思わないの?」
「ええい、しくらい良いだろう! こちらにはアドバンテージがないんだ、譲れ!!」
「誰が譲るもんですかこの萬年発!」
「何をー!!」
激化していく戦闘。この調子では剣まで抜きかねないと判斷したディーネは、ため息を付きながら、嫌々ながらも彼らの仲裁にることにした。
結果、彼の胃痛が悪化したのはまた別の話である。
◆◇◆
(……ん? おかしいな。命令について考えていたはずなのに、いつの間にか話が変わっている)
先日のストレスを思い出してしまったディーネは、顰めっ面で腹を押さえる。ここ最近の彼の悩みは、キリキリとした腹の痛みだ。普段なら鎮靜の魔法で痛みをなんとかするのだが、衆人環視のこの場では難しい。
  後でフィリスになんとかしてもらおう、という事を固く誓いつつディーネは腹の痛みに耐える。
「薫、本當に大丈夫? ほら、水あるわよ」
「ごめん、本當にありがとう……」
  腹痛の原因は他でもない水樹であるが、今はそんな事言ってもいられない。ディーネは差し出された革袋をけ取り、水を流し込むのであった。
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