《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第五十話

「……誰も、いない?」

  奧に鎮座したデスク。聖書などが収納された本棚。來客用と思われるソファー。どれも何の変哲も無い普通の部屋だが、肝心の家主だけが居ない。

  一司祭やシスター達は何処へ行ってしまったのか?  そんな疑問を抱えたまま、彼らは部屋の中へと歩を進める。

「まさか司祭まで不在とはな。最高責任者が居ないなんて、コソ泥にどうぞってくださいと言っているようなものだ。それとも『貧しき者に恵みを』という教會の教えを言でもしているのか?  だとすれば隨分と敬虔な信徒だが……どわっ!?」

  揶揄うように肩を竦めて笑うフィリスだったが、ノーモーションで突き出された槌に辛うじて反応。目の前を風切り音を立てながら通り過ぎて行く兇に、タラリと一筋の汗が彼の額へ流れ落ちた。

「神の教えを冒涜するのであれば……許しませんよ?」

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「よし、私が悪かった。謝ろう。だからそのメイスを下ろせ。な?」

  仰け反った格好のまま、慌てて謝罪するフィリス。笑顔の元は威嚇である、という事実をしっかりと思い知らされる表であった。

  懸命の謝罪をけ、納得の行かない表ながらもドローレンはメイスを収納する。脅威が去りホッとしているフィリスに対し、彼は呆れたように溜息を吐いた。

「全く、私の前でそう言ったことはやめて頂きたいと前にも言ったはずですが?  あまり度が過ぎれば私も見逃せませんよ」

「溢れ出した悪戯心という奴だ。許せ」

  命の危機に曬されても茶化したような言葉を吐くフィリス。流石のドローレンもこれには怒るのではないか、とヒヤヒヤしながら見守る水樹達だが、肝心の當人は諦めたように首を振るだけで問答を終わらせた。

「ーーさて、司祭様はどこにいらっしゃるのでしょうね?  私、皆目見當もつきませんわ」

(スルーした……)

  なんとも言えないフィリスらのやり取りに、なんとも言えないドローレンの対応。この場の微妙な空気は、間違いなく彼らが作り出したである。

  責任を取るようにフィリスを見て、彼に対応するよう願う一同。しょうもないことをしてしまったと肩を落としたフィリスは、諦めてドローレンへと話し掛ける。

「……ああ、確かに司祭は居ないみたいだな。が、ずっと居なかったという訳でも無いみたいだぞ?  ほら、機の上を見るといい」

  やっと真面目な展開になった、と安堵した水樹達。フィリスの言葉に従い、質素なデスクへと目を向ける。

  數枚の書類に、転がった羽ペン。書きかけで放置したのか、ペン先から零れ落ちたインクが書類に滲んでしまっている。インク瓶の蓋は開いたままであり、確かにここに人がいたということを主張していた。

  機の羊皮紙を拾い上げ、中を流し読みするドローレン。

「……なるほど、この教會の書類ですか。確かにこれは管理者が扱う類のですね」

「それにほら。部屋にっただけでは分からなかったが、椅子も倒れている。流石にこいつが一人でに倒れるなんてことはあるまい?」

  フィリスは未だカーテンのはためく窓際に近寄ると、カーテンを開き窓の様子を伺う。

「窓も全開、か……大きさからしても、人一人は十分に通る事が出來るな」

「アメリアさん、まさかそれって……」

  一つの結論に思い當たったのか、水樹は驚きの聲を上げる。他の者も同じく、聲は上げないまでも同時にその考えに行き著く。

「ああ。つまり司祭は何らかの要因……詳しくは分からんが、とにかく急を要する事態によってこの場を追われたと考えるのが一番自然だろうな」

程、何らかの外因によるものだと……シスター達が一人もいないというのも、何か関係しているかも知れませんわね」

「そ、それが本當なら大変なことじゃ無いんですか!?  軍の人に屆け出ないと……!」

  焦ったような水樹の臺詞に落ち著いて答えるフィリス。だが、聲とは裏腹にその表は苦々しさで彩られていた。

「ああ、それも必要な事だ。だがそれ以上に、この部屋には々気になる點があってね」

  そう言って彼は窓枠に手を掛けると、外に引っかかっていた長い何かを手繰り寄せる。疑問のを浮かべる一同に、フィリスはそれを見せつけた。

  水樹らの目の前に垂らされたのは、銀の長い鎖のようなである。一見すれば何の変哲も無いが、一これが何だというのだろうか。

「えっと、これって……?」

「ドローレン。例のアミュレットを見せてくれ」

「ええ、どうぞ」

  け取ったアミュレットも同様に掲げ、水樹らに見比べさせる。するとどうだろう、肝心の寶玉こそ無いものの、臺座までのフォルムは完全に一致しているではないか。

「良く良く見ると、細かいモールドや裝飾も同じというのが分かるだろう。ここまで共通しておいて、全く偶然の無関係な品とする方が難しい。という事は、ここの司祭は……」

「このアミュレット関連の出來事に巻き込まれた、という事ですわね。まさかこんな近くに手掛かりが転がっているなんて……」

  だが、驚愕するドローレンらを橫目に見つつ、ディーネは冷靜に思考を巡らせていた。

(……偶々訪れた教會に、偶々手掛かりが転がっている?  可能としてはゼロではないが、恐ろしく低いだろう。ならば他に考えられる可能とは……)

  あまりに都合のいい配置。あまりに都合のいい展開。一度なら偶然でも、二度続けば必然となる。司祭はただ巻き込まれただけと片付けるには、々材料が揃いすぎだと言えた。

  偶然に巻き込まれたのではないとなれば、殘る可能は一つ。自ら首を突っ込んだ、という必然しか殘されていない。そして、アミュレットが王國や法國に散逸している以上、その司祭がそれを手にした可能は低くない。

(いずれにせよ、思わぬ所で手掛かりと出會ってしまったな。すぐに片付く用事かと思ったが、こいつは隨分と長くなりそうだ)

  ディーネは気付かれないよう靜かに溜息をつく。どうやら今回も、一筋縄ではいかないようだ。

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