《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第五十三話

「これは……隨分と暗いな」

  ポツリと春斗が呟く。

  下へ下へと降りて行った一同を待ちけていたのは、何の整備も為されていない真っ暗な窟。天然のかどうかは判斷がつかないが、所々設けられている松明用の臺を見るに人の手が加わってはいるようだ。

  臺の中には燃料となる木材が何本か転がっているが、完全に炭化しているのか既に真っ黒であり、恐らく使いにはならないだろう。

  そして窟の奧へ目を向けると、広がっているのはぽっかりと口を開ける黒々とした闇だ。一筋の明すら見えず、下手に足を踏み込んだら何が起きるかも分からない。ドローレンの手の下にある聖なるだけが、この場において唯一の頼りである。

「……何か蠢いてるみたい。數までは把握できないけど」

「あら、分かるのですかムクロさん?」

ドローレンの問いにコクリと頷く骸。唯一の明かりに照らされ、背後の影になっていた部分から靜かに闇の門を開く。

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「……闇は私の専門分野。この能力を使えば、暗いとこでの事は大把握できる」

骸の能力、『闇ノ扉ゲートオブダーク』。仰々しい名前に負けず、『闇を象化し自在に扱う』と隨分兇悪な能力を有している。

そしてその副次効果として『闇に包まれた地帯での鋭敏化』。暗殺、諜報を生業とする者からしてみればから手が出るほどしい能力だろう。上手く使えれば証拠すら殘さず、誰にも気付かれる事無く任務を終えることが出來る代だからだ。

最も、骸は未だこの能力をしきれていないがそこは仕方の無い事である。

「……うう、本當に暗いなぁ。こんな場所だなんて、私聞いてないんだけど」

「あら?  水樹、もしかして怖いの?」

  思わずらしてしまった本音に、慌てて自らの口を塞ぐ水樹。だが、覆水盆に返らず。吐いてしまった言葉は無かったことには出來ない。彼の呟きはしっかりと奏の耳に屆き、あえなく拾われてしまう。

「ば、ばばばバカじゃないの!?  私がこんなの怖いなんて、そんな、ちょっとくらいしか無いに決まってるじゃない!!」

「あらあら、ここまで脅かすつもりは無かったのですが……最後の最後で本音がれていますよ?」

「むぐっ……」

「まあそれも仕方ないだろ。流石にこの暗さじゃ、何が起こるか分かったものじゃないからな」

  ドローレンは彼等の會話を他所に、炎の消えた松明へと手を近付ける。

「……まだ暖かいですわね。つい最近まで使われていたのは間違いない様です」

「ってことは、司祭さんも此処を通っていると?」

「ええ、その可能は高いでしょう。ただ問題はーー」

  魔力的なサーチを掛け、先程までと同様に魔力の殘滓を追おうとするドローレン。だがしばしきを止めた後、諦めたように首を振る。

「……駄目ですね。サーチが効きません。恐らく、この空間に充満している別種の魔力が原因では無いかと」

  水樹達も注意してみると、確かにどこかピリピリとした空気をじる。はっきりとはじ取れずとも、この空間が明らかにおかしいというのは明確に知できることだった。

「言われてみれば、なんか妙な雰囲気をじるかも……」

「そう言えば昔から水樹は幽霊の類が苦手でしたね。ふふ、しの薫君が居なくて不安ですか?」

「って、今薫は関係ないでしょ!  ま、まあ幽霊はちょっと苦手だけど……」

「ああ、そう言えば水樹達は小學校からの馴染なんだっけ?」

  春斗の言葉通り、彼達はい頃からの知り合いである。通っていた學校は一貫制でなく、また示し合わせてもいない為、彼らが同じ學校になったのはただの偶然だ。そんな奇縁があれば、仲良くなるのも必然と言えるだろう。

  コホンと咳払いで揺を抑えつつ、水樹は彼の言葉を肯定する。

「ええ。薫も家が近いって理由で馴染だし、そう言う意味じゃ結構知り合い多いのよね、うちのクラス」

「へぇ……アイツとは只ならぬ何かがあると思っていたけど、そう言う関係だったんだな。薫とも學校は同じなのか?」

「なんか學區の関係とかで通う小學校は違ったけど、中學校からは同じね。まあ、お互い小さい頃から遊ぶ仲ではあったんだけど」

  そんな水樹の言葉を聞いて、春斗は腕を組んで靜かに考え込む。

「……って事は、薫は骸や奏とも知り合いだったって事か?」

「?  ええ、まあ直接話した事はないでしょうけど、顔くらいは見たことあるんじゃないかしら。二人はどう?」

「……まあ、あんまり話したことは無いかな」

「私もですわね。クラスが一緒になったことはありませんでしたし」

「そう、か……」

そう言ったきり黙りこくってしまう春斗。やけに神妙な顔をしているため、それ以降は水樹達も聲を掛けられなくなってしまう。

しばし続いた妙な沈黙の後、ようやくドローレンが口火を切った。

「……とりあえず、こんな辛気臭い場所は早く抜けましょう。舊を溫めるのも宜しいですが、その話はまた後でという事で」

「あ、すいませんドローレンさん。ほら、骸も欠してないで行くわよ」

「ふわ……こうも暗いと、眠くなるのも仕方ない」

ようやく歩き始めた一同に続き、春斗は一歩後ろから付いていく。先ほどまでの會話で覚えた『違和』、それを自の中で噛み砕く為だ。

「(……薫は水樹達の馴染みだったのか。確かに、それなら彼らと親しかった理由も頷ける)」

だが、と春斗が疑問に思ったのは、この世界に來てからの薫の変化についてだ。

より正確に言えば、彼が失蹤から戻ってきてから・・・・・・・の変化とも言える。

好意を向けてくる水樹や奏――骸は判斷に難しいが――に対し、彼はあまりにも素っ気ない。確かに春斗の記憶にある中では、薫はそこまで表現をわにする格では無かった。とはいえ、向けられる好意にはきちんと対応していたし、向けられた敵意にもある程度の怒りはわにしていた。

そこを翻ってみると、彼の最近の行には若干の違和があると言わざるを得ない。水樹らのアピールを何気なく躱したり、宇野の挑発をスルリとけ返したり。

環境の変化、と言われればそれまでだ。それに先ほどの証言で、そこまで薫が彼らと親しくする要因も無かったと確認できている。水樹らを避けるのも、単なる気恥ずかしさからかもしれない。

「(……うん。特におかしいところは無い、その筈だ。はは、何を疑ってるんだろうな俺は)」

バツが悪そうに頬を掻き、前の水樹らと合わせるため歩調を上げる春斗。

その何気なく抱いた疑問が、全ての核心を突いているとも知らずに。

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