《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》金蒼學級対抗再戦(4)

この間は試合開始ぎりぎりの登場になってしまったが、今回はきちんとすべきだろう。鼠を卒業したならば、相応の振る舞いが必要なのだ。

だがきちんと試合時間前に現れたジルたちを待っていたのは、とてもおいしそうなカレーのにおいだった。

さすがに椅子は用意できなかったのか、立ったままカレーの皿を持って金竜學級の面々が、隣の控えにってきたジルたちに振り向く。控えといえど壁も天井もない、ただ地面に荒縄が置いてあるだけの雑な仕切りだ。食を刺激するにおいも、スープやフルーツサラダの殘りも丸見えである。

誰が用意したかは聞くまでもない。エプロンをしている竜帝だ。

「ハディス先生。お皿、ここにまとめておきますね」

「ありがとう。みんな、もうそろそろ時間だよ、食べたあとは臭い消しの飴を舐めて、ちゃんと歯磨きもしてね。あと制服にこれ振りかけてね、消臭になるから。だしなみはちゃんと整えないとだめだよ」

「「「はい!」」」

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「金竜學級のお母さんか?」

蒼竜學級の誰かがつぶやいた。ジルはぶ。

「わたしの分は!?」

食べ終わった生徒と一緒に片づけを始めていたハディスが、こちらを向いた。にっこり笑われる。

「おはよう、ジル先生」

「わたしの分は!? まだわたし、おなかにります!」

「今日は頑張ろうね、お互い」

「まさかわたしに見せつけるため……っ神攻撃ですか!?」

「僕を敵に回すというのは、こういうことだよ?」

ぐぬっとジルはうめく。まさかの試合前から仕掛けてくるとは。

「ジル先生、いいから武の使用確認とか手続きいくよ」

「ルティーヤ……わたし、ご飯まで気が回らなくて……っ!」

「いや、今からさらに食ったらけないって……」

「そろそろかたづけるよー。僕も著替えてくるから、皆もだしなみ整えてね」

はい、とまた金竜學級の生徒が答えた。それだけでハディスはどこかに行ってしまう。あとの指示を出し、ノインが挨拶にきた。

「おはようございます、ジル先生。今日はよろしくお願いします」

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もともと金竜學級はノインを中心にとてもまとまった、行儀のいい學級だ。ジルは頷き返す。

「こっちこそよろしく頼む。――けど、その、大丈夫なのか」

「片づけなら間に合います。俺たちはもう、武の使用確認も終わってますから」

「そうなのか。準備がいいな」

「そうでもないですよ。裁、ぎりぎりまで時間がかかってしまって」

さいほう、と繰り返す。だがうしろから他の生徒に呼ばれたノインは失禮しますとひとことだけ言い置いて、そのまま戻ってしまった。

「裁……って、何を金竜學級に教えたんだ、陛下……?」

まさか、この食事も何かの訓練だったりするのか。だがどう見てもノインたちはてきぱきと片づけをしているだけだ。ただの腹ごしらえにしかみえない。

試合前の武の確認を取る生徒たちを見ながら、ジルは首をひねる。

「ノインたちを餌付けしたのはわかるんだが」

「それで引っかかるのジル先生だけだよー?」

「ケーキで結婚決めちゃうんだもんね……」

「でも、金竜學級、思ったより落ち著いてるな……変わった様子とか、何か気づくことはないか?」

ジルの質問に、ひそひそしゃべっていた子生徒たちが顔を見合わせ、首を橫に振る。真っ先に武確認を終わらせたルティーヤが戻ってきた。

「一晩じゃ何も変わらないでしょ。先生もそう言ってたじゃん。僕には落ち著いてるっていうより、前に戻ったように見えるけど。つまり、いつもどおり」

「うーん。でも、陛下なら何かしてきてもおかしくない。しごきとか、そういうのじゃないけど……」

「あいつらがいつもどおりってだけでもすごいだろ。普通、竜帝に率いられるってだけでも張するよ」

ルティーヤの冷靜な意見に、ジルは改めて金竜學級のほうを見る。

「……確かに、陛下に気後れしてる様子はないな」

「俺ならびびってけないわー、竜帝の指揮なんて。しかも負けたあとの試合だろ。プレッシャーはんぱないってー」

「その辺はさすがエリート様かぁ。お偉いさんに慣れてんのかな」

「なんかお前たちは強いとかなんとか言って、鼓舞させたんじゃないの。そういうのうまそうじゃん、腐っても竜帝だし。――なんだよ」

ジルの視線に気づいたルティーヤが警戒したようにあとずさる。

「ルティーヤはお兄ちゃんをよく見てるなって」

「はあ!? そういうんじゃないよ、あれを兄貴だなんて思ってないし思えないから、一生!」

「だが、ルティーヤの言うとおりだな。ノインたちがいつもどおりなだけでも、十分強敵なわけだし」

ジルの言葉に、うんうんと周囲も頷いた。

「最近、ビミョーに覇気がなかったもんね。空元気っぽくて」

「上から目線もなくなっちゃって。いいことなんだけど、ね」

「なーんか調子出ないんだよな。張り合いがないっつーか」

短い間だが実戦をくぐり抜けた濃な時間のおかげで、生徒たちにあった距離はまった。だが、金竜學級にはどこか引け目があったようにジルもじている。

蒼竜學級に負けたこと、自分たちを指導していた教のこと、ノインたちの支えや自負はことごとく折られてしまった。だが腐らず自分たちのできることをしていた。反省すべき點は反省し、改める。子どもにしては立派すぎる姿勢だ。

でもどこか、痛々しかった。挫いた足を隠して立っているようなあやうさがあった。

いつか、敗北も損なわれた信頼も糧にして、ちゃんと新しい目標や、支えをそれぞれ見つけるだろう。ジルにできるのは、を鍛えてやることくらいだ。奪った側のジルが下手に手を差しべては、彼らを余計に自させてしまうかもしれない。

そう思って見守るだけに留めていたのだが、一晩でその痛ましさが消えている。この思い出作りがきっかけになればと思っていたが、効果はあったらしい。

「竜帝に率いられることで逆にプライドめられたのかもね」

「えー余計に怖くない?」

「だからーそこは竜帝がうまいことめたんだろー?」

ありそう、と誰かが同意した。ふふっとジルは笑ってしまった。

(さすが、わたしの陛下だ)

でも、負けてやるわけにはいかない。

「だとしたら強敵だ。気を引き締めていくぞ」

観客は既に集まり始めている。はい、と生徒たちが聲をそろえて答える。

「やあ、準備はどうだジル先生。ルドガー兄上――ロジャー先生はきてないか?」

片手をあげてエリンツィアがやってきた。これには金竜學級も蒼竜學級もざわつく。

エリンツィアはラーヴェ帝國の將軍を兼任しているが、ノイトラール竜騎士団の団長として名を馳せている。ノイトラール竜騎士団といえば憧れの存在だ。竜帝といった遠すぎる者よりも、近な憧れが勝るのだろう。

「ロジャー先生は見てませんね」

「逃げたな。なら、ハディス先生は?」

「陛下はエプロンはずしにいきました、たぶんですけど」

エリンツィアが目をぱちぱちさせた。

「珍しいな、あの子が。エプロン姿で『団幕』作って応援すると思っていた」

「金竜學級の保護者じゃないんですから。竜帝なんですよ、陛下は、一応」

「でもハディスだぞ?」

「や、やるときはやるんですよ、陛下だって!」

々迷ったのは、ジルもまだその疑いは捨てきれていないからである。そうか、と一応頷いたエリンツィアも、まだ疑っている。

「非公式の試合だし、私も姉らしく激勵したかったんだが。どうだ、蒼竜學級は? 準備萬端か」

「もちろんです!」

「今回の試合は、うちの竜騎士団の面々も期待しているからな」

「それって、スカウトって意味っすか!?」

蒼竜學級のひとりが話に割りこんできた。こら、とジルは叱るが、エリンツィアは気分を害することなく笑う。

「もちろん、優秀な人材はいつでも大歓迎だ」

「おおお、やったー! あ、でも竜に乗れるかどうか……」

「何、竜に乗るばかりが強さじゃない。君たちのジル先生みたいにな。たとえば――」

生徒たちがおとなしく話に聞きっている。ジルよりもハディスよりもエリンツィアのほうが教向きだなと苦笑してから、こちらを見ている金竜學級の生徒たちの視線に気づいた。

そわそわしている視線が子どもらしさを表している。だが、気安く聲をかけられないのが、禮儀正しい金竜學級らしい。

そっとジルはエリンツィアの袖を引いた。

「よかったら金竜學級のほうも聲をかけてあげてください。ノイトラール竜騎士団といえば、憧れの存在でしょう」

「ん? そうか、でも――」

ぐるりと周囲を見回したエリンツィアが、先にその姿を見つけた。気づけば一瞬で皆の視線がそちらへ向く。

ゆっくりとした足取りで、こちらへ戻ってきたのはハディスだ。

息を呑んでしまった。まばたきできなくなった。

生徒より深い青、紺と白を基調にしたラ=バイア士學校の教服だ。片側にだけかけた黒のマントは、金糸で校章が刺繍されている。金竜學級を示しているのだろう。グンターも羽織っていたマントだ。

けれど、まったく存在が違う。

歩き方がそうさせるのか、人が道をあける。それを當然として歩を進める様子に、まったく不自然なところはなかった。

砂埃が舞うような場所なのに――いやだからこそ、余計に際だつ。

「……いらないだろう、金竜學級には」

苦笑い気味に、エリンツィアが肩をすくめる。

「竜帝に率いられる以上の軍人の譽れは、ラーヴェにはないよ」

エリンツィアの言葉を裏付けるように、橫目で見た金竜學級の生徒たちはまっすぐ顔をあげ、背筋をばし、誇らしげにハディスを待っている。

「やあ、ジル先生」

目の前までやってきたハディスが、微笑んで右手を差し出した。

「お手らかに」

本當は、今この瞬間まで、ハディスは手を抜くんじゃないかと疑っていた。

でも違うとはっきりわかって、ジルは口角をあげる。前に出て、その手を握り返した。

「こちらこそお手らかにお願いします。素敵ですね、その格好。膝をつかせるのが殘念です」

「僕が跪くのは妻だけだ。――気が引けるよ、君みたいな可い子を踏みつけるのは」

見おろす金の瞳も、に浮かべた笑みも、しも気が引けてなどいない。

かつて敵として対峙したときを思い出す。恐怖か武者震いかも判別のつかない、神に挑む背徳の歓喜がジルの背筋を走り抜けていった。

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