《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》金蒼學級対抗再戦(5)
「臆すことはない。何度も言ったが、ハディス先生は直接指揮できないからな。ただ、金竜學級の士気は高い。前回とは違うだろう。だからこそ、基礎を忘れるな。この試合は勝っても負けてもお前らの糧になる――けど、ルティーヤ」
今回の旗は、持ち運びができる。前回のようにどこかに置いてそこを守るよりも、ルティーヤが持って守ったほうがいい。金竜學級でいちばん怖いノインを相手にできるのは、ルティーヤだけなのだ。
だから、先生は旗をルティーヤの手に持たせて言った。
「負けるなよ」
勝てとは言わなかったあたり、ジルはやはり竜帝を警戒しているのだろう。ルティーヤも甘く見る気はない。
金竜學級は竜帝に何かしらの特別な訓練を課されたわけではない。竜帝と言葉をわした程度で強くなるわけがないのだ。せいぜい、策を授けられた程度。
深呼吸をして吐く。今回は前回と違い、宣誓は試合會場である廃墟にる前にすませている。試合開始まで、自陣扱いの陣地に隊を配備する時間も同じだ。
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今回は完全に対等だ。だからこそ、負けたときに言い訳はできない。
「まずは戦場のほぼ真ん中にある、時計塔をとりにいく」
試合開始までれない真ん中あたりには、戦場を見渡せる高い時計塔がある。竜がいないので、上をとることは重要だ。しかもこの時計塔までまっすぐ一直線の道が、ルティーヤたちの自陣につながっている。瓦礫でふさがっている箇所もあるが、跳び越えられる程度だ。つまり、ルティーヤたちのほうが時計塔を取りやすい。
ルティーヤが向けた目線の先に、皆も頷き返す。
「隊は三つ。左右と、正面から。左右は遮蔽になる建や瓦礫が多いから、隠れて進む。正面部隊はほぼ開けた道を通る。僕が旗を持って正面部隊を指揮すれば、ノインたちは囮だと気づくだろう。その逆を突く」
「……左右の部隊が遮蔽に隠れて、正面部隊を補佐する。あるいは敵を引きつける」
副級長ナセルの確認に、ルティーヤは首肯した。
「主力は正面部隊だ。とはいえ、僕は最初からノインをき出す囮みたいなもんだけど」
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「伝令だけはに。ノイン級長がルティーヤに向かっていくとは限らない」
「前回、短期決戦の形に引っかかって負けているからな。警戒はするだろう」
「せいぜい旗をわかりやすく見せびらかせるよ」
今回の勝利條件は、生徒を倒した數は関係ない。とにかく、旗を壊すことだ。
どのタイミングになるにせよ、最後は誰かが必ずルティーヤに向かってくるしかない。
「正面部隊が時計塔をとり次第、狀況に応じて指示を出す」
「向こうの旗を守るのは誰かな。やっぱノイン隊長か」
「普通に考えればそうだろうけど、向こうだって策を講じてくるだろ」
「旗を見つけなきゃいけないのはどっちも同じだ。見つけたあとは、一斉攻撃をかけて落とす」
ルティーヤの結論に皆が頷く。
打ち合わせをすませたあとは、各自くだけだ。頼もしい仲間たちは作戦通りに別れ、を潛める。
そして試合開始のラッパが、上空を舞う審判の竜たちの上から鳴り響いた。
■
もともと円の中に十字を描く造りをしていた広い校舎や訓練場を含む學校の施設全が、今回の主たる戦場だ。観客たちは、壁が見事にえぐれた六階建ての學生寮からの見になる。
教ということで、ジルとハディスはそれぞれいちばん見晴らしのいい場所を案された。凹型に建てられた寮の屋上の端と端である。
つまり互いに向かい合わせではあるが、だいぶ間に距離がある。
膝の上にハディスぐまを抱いて、ジルはぼやいた。
「子どもじゃあるまいし、試合中に陛下と喧嘩なんかしませんよ……」
隣に座ったロジャーが笑う。
「そうかそうか。でも俺が見るところ、ジル先生はハディスが関わると子どもっぽくなるんだよなあ」
「そんなことは……」
あるけれど。
むうっとジルはハディスぐまの頭の上に顎を乗せた。
「陛下の悔しがる顔が見たかったのに。陛下もわたしから逃げるなんて……」
「お、勝つ気満々だな」
「當然です! それともロジャー先生は蒼竜學級が負けるって言うんですか?」
対金竜學級戦を想定して訓練した時間も長いし、勢いもある。今回の試合が一ヶ月先、あるいは一週間だけでも先だったなら変化もあるだろうが、たった一日だ。特殊な訓練をしてもつけ刃になる。
じろりとにらむジルの前で、ロジャーが椅子によじ登ろうとしているローを抱き上げた。
「まあそうなんだよな。戦いってのは八割方、そこまでの準備で決まるもんだ。でもなあ、想像できないんだよなあ」
「何がですか。蒼竜學級が活躍する姿?」
「いんや。――竜帝の負ける姿が」
返す言葉に詰まったジルは、そんな自分にむくれる。
(そりゃあ、わたしだって――見たこと、ないけど)
ロジャーの手を嫌がって逃げたローが、ジルとロジャーの間におを割りこませて座り、鼻を鳴らす。お前はどっちの味方だ、と言いたくなる態度だ。
上空を旋回していた審判の竜騎士が、ラッパをかまえる。
試合開始だ。作戦通り、真ん中の時計塔をとるためのルティーヤ率いる正面部隊が進軍を始めた。
■
走り抜けた時間はおそらく數分にもならない。だが時計塔のふもとまで、攻撃は一切なかった。そのまま皆で階段を駆け上がり、開けた時計塔の上に辿り著き、ぐるりと周囲を見回す。どこからも戦闘の気配はじない。
だが、この高さなら相手を見つけられるはずだ。
「――いた、ルティーヤ! 一時の方向、あの建の影だ、旗も持ってる!」
副級長が壁に隠れながら確認したものを、ルティーヤも目視する。旗らしきものを腰からさげている人影がひとつ見つかった。うまく瓦礫を作って建に見せかけたもののに隠れている。
「まだ攻撃するな、気づいていると気づかせたくない。左右の部隊に伝令」
時計塔をとったあとの伝令の仕方は決めてある。魔力を照明代わりにして點滅で知らせるのだ。
「そもそも時計塔を取るつもりはなかったみたいだな、あっちは」
「まあこっちのほうがちょっとだけ距離近かったからな。――いたぞ、こっちにくる!」
気づかれたか。だが、ほんのしだけ遅かった。両方面の部隊から了解の合図が返ってくる。今なら挾み撃ちにできる。
「ノインは?」
「いません、でも旗を持ってます――金竜學級の副級長です、あれ!」
「――攻撃開始だ!」
ノインの姿が見えないままだが、各部隊に旗の在処を告げるほうが利がある。何より金竜學級の副級長は、ノインに次いで強い。ここでつぶせれば有利に運ぶ。そう判斷してルティーヤはんだ。
各部隊ともに、遠距離攻撃が得意な弓矢と魔法攻撃の使い手を配備している。両方向からの魔法攻撃で遮蔽が吹き飛び、旗と金竜學級の副級長が目視できた。すぐさまそこへ時計塔から弓矢を降り注がせる。だが、煙に紛れて建のに隠れてしまった。そこも両方面の部隊が追撃するように、遮蔽を破壊していく。
一見、むやみやたらに攻撃しているようだが、結界で弾かれたそこがアタリだ。
そこを見逃すほど、蒼竜學級はもう甘くない。くなとばかりに魔法攻撃が続く。
「右方面の攻撃部隊を突撃させろ、左は援護――」
「級長、待ってください」
蒼竜學級でいちばんの手が、弓を引いたまま低く命令をさえぎった。
「おかしいんです。人影がふたつしか見つけられない。副級長と、もうひとりだけの部隊なんておかしくないですか」
「そりゃ、伏兵がいる可能があるねえ」
突撃部隊を待ち構えているとしたら、もうし様子見するべきか。ナセルが煙が上がり続ける戦場を見ながら、つぶやいた。
「でも旗を壊せばこっちの勝ちだ。金竜のあのきっついポニテが囮だとしても、つぶしにいく価値はあるよ」
「わかってます。でも、本當にふたりしかいないんじゃないかって……あと、あの旗も、なんだか……」
そのとき、ルティーヤの耳に結界が弾き飛ばされた音が聞こえた。同時に、旗が吹き飛ばされ、舞い上がる。
「――旗をろ!」
先ほどまでの迷いなど噓のように、時計塔から一直線に放たれた弓矢が黃の布を貫いていった。やった、と聲があがり、ルティーヤも詰めていた息を吐き出す。
だがすぐに違和を覚えた。はっきりそれを言語化したのは、ナセルだ。
「――試合終了の合図は?」
「ルティーヤ! 左方面から、旗を持った奴が見えるって……!」
「は!?」
「さっき副級長と一緒にいた奴だよ! 旗持ってる、あいつ!」
慌ててルティーヤは先ほど吹き飛ばした戦場を見下ろす。確かに黃い旗を腰からさげた生徒が、副級長を背負って左方面の部隊に向けてまっすぐ走り出していた。校章への攻撃をうまくかわせば生徒は死亡認定にならないので、いても問題はない。でも――さっき弓で貫かれた旗は、確かに地面に転がっているのに。
それは金竜學級の敗北を意味し、試合終了になるはずなのに。
だが目をこらして見るとそれは、そこら中に転がっている椅子の腳に、校章を刺繍された黃の布をくくりつけただけのものだった。
「……まさか、偽の旗」
「なあ、右!」
視線を向けた瞬間に、魔力のが目を焼いた。一瞬で焼き払われた右側で、煙が巻きおこる。その煙の中で生徒たちを切り倒しているのは、やはり旗を腰からさげたノインだった。
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