《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》金蒼學級対抗再戦(6)
「――っ裁ってまさか偽の旗を作るためか!」
雙眼鏡を覗きこんだジルは、屋上の柵をつかんでうなる。
今回の旗は持ち運びができる。それを逆手にとった策だ。だがしかし。
「こんなのルール違反じゃないですか!?」
「いやまあ、うん……でも偽の旗を作っちゃいけないってルールもないし……布って武じゃないから持ちこんでいいんだろうし……武判定されても武はふたつ持ち込めるわけで……」
そうかもしれないが、完全に想定外だ。
問題は旗だけではない。確認できた金竜學級の配置が正しければ、この作戦は、犠牲を前提とした特攻戦だ。最初の攻撃を引きけた副級長たちは、ルティーヤたちの配置をすべて確認し、力を削るためだけのもの。囮ですらない、捨て駒だ。今、副級長たちが數で葉うはずのない左方面の部隊へ向かっているのも、居場所がわかった蒼竜學級の生徒たちの魔力をしでも削るための突撃だ。
エリートらしく、清廉潔白なノインたちがこんな策をけれたのが信じがたい。それほど前回の敗北が屈辱で、大人になったのか。それともハディスの策にあらがえなかったのか。
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(いや、違う――)
ジルは知っている。見たことがある。
竜帝萬歳。そうんで突撃してくる兵たちがかつていた。恐怖から、あるいは心酔から、銀の魔力に魅せられたように――これはその一端だ。
このひとのためなら死んでもいい。そういう信仰めいた獻をかきたてる者は、上に立つ者に多い。ハディスもその例にれない――いや、もっとひどいかもしれない。犠牲を犠牲ともじさせず、命を獻上させることに喜びすら覚えさせる殘酷な信仰だ。
教を失い、方針を見失った子どもたちの心をつかむなど、ハディスは造作もなかっただろう。信頼を築くには時間がかかるが、信仰は一瞬ですむ。
(あ、の、男は……ッ!!)
覚えてしまえばもう二度と忘れられない危険な味だ。
いずれあの子たちがラーヴェ帝國の軍人になるのならば、同じことかもしれない。だが、早すぎる。相手はまだ視野の狹い子どもだ。節度とか倫理とかないのか、理を守護してるんじゃなかったのか。
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視線をあげると、遠い正面席のハディスと目が合う。手を振られた。握りしめた雙眼鏡がみしりと音を立てた。
■
旗を持っているのはノインだけではない。いち早くこちらに気づいた生徒のひとりも、見せびらかすように旗を振ってみせている。
「まさか金竜學級が全員、旗を持ってるのか!?」
「どれが本だ!?」
「――っ伝令だ、敵は偽の旗を持っている! 作戦変更、旗を探そうとするな! まどわされる!」
右方面の部隊は生徒の持つ旗に吊られ前に出てしまい、分斷されかかっている。孤立した生徒を、容赦なくノインと二十名近くの鋭部隊が狩っていく。一方、左方面に向かっていった副級長たちふたりには見向きもしない。
(最初から副級長たちは助ける気もないのかよ……!)
捨て駒にしたのだ。いけすかないが矜持の高いあの金竜學級の副級長が、そんな役割を引きけたことも信じがたい。
「卑怯だぞ、そんな旗なんか作って!」
時計塔からを乗り出して誰かがぶ。それを止めようとは思わなかった。どうせ先ほどの戦いでこちらの居場所はわれてしまっている。しでも敵の足を止めて、次の手を考える時間がほしい。
「卑怯?」
聲が屆いたのか、ほとんど周囲を一掃したノインがこちらに振り向いた。ルティーヤと視線がわる。
「裁って難しいよ。だからかな、しもそんなふうに思わない」
「――っ旗はここにある!」
ルティーヤ、と副級長が咎める聲がしたが、かまわなかった。このまま流れをまかせてはいられない。
「取りにこいよ、これは偽なんかじゃない!」
戦場の爽やかな風をけて、ノインが薄く笑う。
「あとでいくよ。――君以外の全員を倒したあとにだ」
薄く笑ったノインがそのまま姿を消す。それは一対一では戦わない、挑発にはのらないという答えだ。
だん、と音を立ててルティーヤは時計塔の壁を毆った。
■
ジルが手を振り返してくれない。敵とはなれ合わない、ということだろうか。あるいは怒っているのかもしれない。
「嫌いそうだもんなあ、ジル。別に追い詰められてもいないのに、特攻戦しかけるとか」
「偽の旗の件も怒ってるだろうしな」
ラーヴェが椅子に置いた絞りたての果実ジュースをストローですすりながら答える。普通の人間から見たら、グラスの中からどんどんジュースが減っていく異様な景だが、あいにくハディスが座る一角には誰も近寄ってこようとしないので、何も問題ない。
「ルール違反はしてないもーん。理を守護する竜帝はそんなことしません」
「そう嬢ちゃんに言ってみれば? 腹に一発くらうだけですめばいいな~」
「……試合が終わったら、みんなに魚介のパエリアを作ろう。それでなんとか」
「それですみゃいいけどなあ。あーあ、大混だな、蒼竜學級は」
「ルティーヤには頑張って立ち直ってほしいんだけどな」
「よく言う、ひっでえ心理戦しかけといて。今からどこからくるかわからない敵を相手にするんだぞ」
しかも數が決死の突撃をしてくるか、いきなり大と大人數に囲まれて一方的にやられるかの二択だ。
今後の見込みを考えて、薄くハディスは笑う。
數の決死の突撃は、一見、蒼竜學級が有利に見える。だが、今まで弱者だった蒼竜學級は敵をいたぶることに慣れていない。おそらく腰が引けるはずだ。
そして後者の一方的な攻撃は慣れていると蒼竜學級の生徒たち自も勘違いしているかもしれないが、同じ囲まれるにしても侮っている相手と本気の相手では迫力が違う。いつものようにうまく逃げ切れないだろう。果たしてそのとき、仲間を置いて逃げる選択肢ができるか。
どこから狙われかわからない恐怖も、侮られず本気で向かってくる相手の気迫も、蒼竜學級には初めての験になる。平常心を保って対応するのは難しい。
そんな中、味方を切り捨てながらルティーヤは戦況を立て直せるか。
「最後まで立ってられるかな」
上に立つというのはそういうことだ。
課題は山盛りだ。だが、きゃんきゃん子犬のようにがなり立ててくる弟は可くなくもないので、長は見守るつもりでいる。
「しかしさっすが金竜學級は強いな~っつかノインって子、マジで才能ありまくりだろ。帝國軍に勧しねえの?」
「どうせエリンツィア姉上がほっとかないよ。あーあの子、その癖やめようねって言ったのになー……うーんいっそあの癖をいかさせたほうがいいか」
「ほー、なんだ。お前もちゃんと考えてるじゃないか」
「そりゃあ、僕はハディス先生だし? お前だってそうだろう」
昨晩、林檎が端から食べられて消えていくというマジックのような景を見た真面目な生徒たちは、竜神ラーヴェ様にとライカ特産である果を々持ってきた。子どもらしい素直さと好奇心、優等生らしい配慮だ。見えなくてもそこにいるのだと説明されると、そのままけれる。いや、見えないからこそ親しみを覚えるのかもしれない。そして想いを馳せるのだ――自分たちを見守る神は、どんな神だろうと。
そういう気持ちにラーヴェはきちんと応える。見かけはこうでも神なのだ。
ラーヴェの姿についてのハディスの口頭での説明に、絵心のある生徒がラーヴェの絵を想像で描いてくれた。ラーヴェは似ていないと言っていたが、そっくりだ。その紙は折りたたまれて、実はハディスのポケットにしのばせてある。
「いずれにせよ、今回、蒼竜學級には負けてもらう」
敗北も勝利も長の糧だ。
「何より蒼竜學級は……ぼ、ぼくの、僕の記憶が確かなら、あの試合のとき、勝って、そのあと、ジルが、ジルに……っ!」
「あー覚えてたのかそれ。見なかったことにしようっつってなかったかー?」
「そう思ったよ! だってどう見ても極まったハグのついでみたいな男問わずで、気なんてまったくなかったし! もしあったら……あ、あったら、僕はどうなっちゃってたかな……?」
「もーそのまま呑みこんどけよ。今更だから、今更」
「だとしてもだ!」
立ち上がり、ハディスは拳を握る。眼下では、金竜學級から背後を突かれた蒼竜學級が混して一方的にやられ始めている。を鳴らしてハディスは笑う。
「これは僕の復讐だよ……じわじわなぶられる恐怖を味わえばいい……!」
「せめて生徒にいくな、嬢ちゃんにいけ」
「が小さいって思われるだろう!」
「そこはわかってるんだな……」
「あと文句つけたら絶対ルティーヤが僕に勝ち誇るから嫌だ!」
ラーヴェは呆れ顔になったが、こんなふうに育てたのはこの竜神だ。自分に責任はないと、ハディスは鼻を鳴らしてふんぞり返った。
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