《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》金蒼學級対抗再戦(7)
時計塔にいる隊は、司令塔でもある。故に、ルティーヤの耳に屆くのは戦況だ。
「駄目だ、右方向の部隊は完全に分斷された。おそらく各個撃破でやられる」
「左方面に向かった金竜の副級長たちは!?」
「死亡判定出たよ。一緒にいた生徒もだ。ただ、こっちも三人やられてる。あと、魔力がひとり空になったってさ」
戦果と損害が見合っていない。を噛んだルティーヤの目に、魔力のきらめきが點滅する。
――タスケテ
暗號化も何もされてない遭難信號だ。持っていた旗をナセルに押しつけた。
「僕が右を助けにいく、お前らは左と合流しろ」
「駄目だ、罠だ! ただの遭難信號だぞ!?」
「だとしてもだよ! あっちにはノインがいるんだ、僕がいくしかないだろ!」
「右方面は諦めるべきだ!」
ナセルはいつも控えめで、大きな聲を出さない。その強い制止に一瞬ルティーヤは臆したが、すぐに怒鳴り返す。
「ここで見捨てるほうが士気に関わる!」
「お前がやられるほうが士気に関わる! あいつらだってんでない!」
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「なら俺が行こっか」
手を上げたのは蒼竜學級で最年長の生徒だ。年上である彼は、わざとおどけた口調で続ける。
「俺が殘ってる右の奴らをまとめて、合流する。それでいいだろ、どう?」
なだめるような優しい眼差しに、ぎゅっとルティーヤは眉をよせた。
「――わかってるんだ、たぶん、罠だって」
「だよなあ、うん」
「でも、誰も助けに行かないなんて、そんなの……」
「わかってるよ。……試合でよかったよなあ。ガチだったらと思うと、ぞっとするわー」
「ど、どっちでも僕は賛します。そういう試行錯誤が、今は許されると思うから。金竜學級も、そうだと思う」
「あのノイン級長だって、副級長を特攻させてるんだからな」
ノインだって同じだ。ふっとルティーヤの肩から力が抜けた。ぱんと両頬を叩き、右の方向を見る。もう戦闘の気配はない。
助けに行っても無駄死にするだけだ。腸が煮えくり返りそうなその予測と言い訳を、呑みこむか否か。
自分の結論を出そうとしたそのとき、今度は時計塔全がゆれた。考える時間も與えないつもりらしい。それとも、見捨てる決斷もさせない優しさのつもりか。
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(冗談じゃない)
こちらを狙ってきた一撃を結界で弾き飛ばす。
「どうする、ルティーヤ?」
「左方面はまだかすな、僕を――旗を攻撃して出てくるよういかけてるんだ」
「でも、このまま旗を壊されれば、僕たちの負けになっちゃいます」
「あっちの旗は誰が持ってるのかもわかってないしな」
「今の攻撃で奴らの位置と配置はつかめた。ノインが率いていた部隊の人數からいって、今撃ってきてる奴らは人數のはずだ。左方面にはすぐに突っこんでいかず、ノインたちと合流するから時間がある。――僕に考えがある」
指示を出したルティーヤに、今度は全員が頷き返した。
■
一度攻撃をやめさせると、時計塔から人影が出た。
「人數はわかるか」
「おそらく五人、六人か……左方面に向かってます。合流するんでしょうね」
「時計塔に魔力の気配、ありません」
「旗は持っていたか?」
「目視できませんでした。皆、何か抱えているようで」
ノインは苦笑した。
「ルティーヤならあの遭難信號で、助けにくるかと思ったんだけどな。さすがにそこまで甘くないか」
「どうしますか」
「――副級長たちは、もう死亡判定が出ていたな」
確認したノインに、他の生徒たちが頷き返した。ノインは足元を見る。
「……本當の戦場だったらと思うと、ぞっとする」
生真面目な副級長は一も二もなく自分こそがその役割にふさわしいと名乗り出たけれど、頼めたのはあくまで試合だからだ。副級長自だってそうだろう。
でもいずれ本當の戦場に出るのならば、選択肢のひとつとして持っておかねばならない。副級長たちのおかげで、金竜學級のほぼ全員が、消耗もせずに戦力として殘っているのは事実だ。
「もっと強くなりたいな」
「強くなりましょう」
ノインのつぶやきに、他の生徒が迷わず同意を返した。
自分たちがもっと強ければ、こんな作戦をとらずにすむと、痛しているからだ。
単純明快な共通認識を得て、ノインは深呼吸する。まだ勝負はついていない。
「左方面の部隊と合流する前に、時計塔の奴らをつぶそう。ルティーヤはできるだけさけろ。ひたすら戦力を削るんだ」
「旗をぞんざいに扱うなよ、偽だってばれやすくなる」
ノインを補佐する生徒の言葉に、皆が頷き、き始める。
(重たいな)
こんな重さの上に、ルティーヤは、あの竜帝は立っている。
ノインは顔をあげた。
「時計塔にふたり、斥候を出す。ここにもふたりだけ、伏兵を殘していく」
さあ、また犠牲になるかもしれない仲間を選ぼう。それが自分の仕事だ。
■
攻撃される時計塔を捨て左方面に合流しようとした蒼竜學級の部隊と、金竜學級の部隊が突撃する様子に、ジルは拳を握った。
金竜學級側はノインが指揮しているようだ。だが持っている旗が本とは限らない。
「ロジャー先生、どう思いますか。金竜學級の旗の行方」
「んん? なんだかんだ、いちばん安全なのはノイン級長のとこだろう。意外と本だったりするんじゃないのかと思うけどな。ジル先生はどう見る?」
「わたしも案外そうじゃないかと思うんですが……」
わからない。くそ、と小さく毒づいた。
かつていた副ならハディスの策を読めたかもしれないが、自分では無理だ。
だが、戦闘が始まった部隊の中にルティーヤはいない。ひょっとして何か策を考えたのかもしれない。なくとも、旗を隠そうとしているのは確かだった。
ちゃんと生徒たちは――ルティーヤは考えている。時計塔で旗を守るはずだった面々は、どの子も蒼竜學級で主力級の面々だ。數で明らかに劣っているし、次々死亡判定が出ているが、損害は金竜學級のほうが大きそうだ。うまく連攜をとって逃げながら戦闘を長引かせている。
そしてついに、橫を突く形で蒼竜學級の左方面にいた部隊が現れた。
「よし、これでまだ――!」
ジルが拳をにぎった瞬間、今度は別方向から左方面部隊に向けて魔法弾が飛んでいった。ロジャーが苦い顔になる。
「まぁだ別働隊を殘してやがったか、金竜學級」
「でも二発目を撃つ魔力はそろそろないですよね……!?」
「でも旗を持って逃げ回る力くらいはあるかもしれん」
そして蒼竜學級にはもう、捜索のためにさく戦力がいない。
同じように判斷したのか、背後から指揮をするだけだったノインがいた。思いがけない魔法弾の攻撃で分斷されていた蒼竜學級の生徒たちが、態勢を立て直せず、ひとりで突っこんでくるノインに斬り伏せられていく。
(このままじゃ)
立ち上がったジルの視界の端から、弾丸のようにルティーヤが、から飛び出してきた。
完全にノインの背後を突く形だ。あれは屆く。
一瞬、ノインがルティーヤが旗を持っているか確かめるように視線をかしたのも、隙になった。
そしてルティーヤは、ノインが持っている旗を狙わなかった。
逆にノインはルティーヤの腰にさげた旗を狙う。
「ノイン級長!」
「ルティーヤ!」
他の生徒たちも観客たちも固唾を呑んで見守る中、ノインの校章が、ルティーヤの持っていた旗がそれぞれ引き裂かれた。
だが、試合終了の合図は鳴らない。
「……偽の、旗」
どこかで拾った木の棒に布――おそらく引きちぎった制服だ、ラ=バイア士學校の制服には青も使われている――をくくりつけ、それっぽく見せただけの急ごしらえの青い旗が、ノインの剣で貫かれている。
校章を貫かれかないノインを目に、ルティーヤはノインが腰からさげている旗をそのまま切り捨てた。
それでも試合終了の合図は鳴らない。あちらも偽だ。
かわりに、上空から判定が下る。
「ノイン級長、死亡。退場!」
わあっと蒼竜學級からも観客席からも聲が上がった。ノインの落は大きい。対して蒼竜學級はまだルティーヤが殘っているのだ。
ジルは拳をぐっと握った。
(これならまだ、巻き返せ――)
突然、試合終了のラッパが鳴り響いた。
えっとジルが視線をかした先で、審判者のエリンツィアがぶ。
「蒼竜學級の旗の魔力が途絶えた! 金竜學級の勝利だ!」
水をぶちまけられたように、観客席が靜まり返った。
■
次の指示をぼうとしていた矢先の敗北の音だった。他の生徒たちもまだ、結果を呑みこめていない。
ルティーヤは肩で息をしながら、ノインを振り返った。ざっと戦場を見回して、まだ顔を見ていない金竜學級の生徒がいることに気づく。
「……お前、まさか……僕をつけさせたのか」
校章を貫かれた右腕の埃を払い、ノインは笑い返す。
「時計塔から移するなら、旗を殘すか隠すと思ったんだ。逃げた連中の中に、旗を持っている生徒はいなかった。だとしたら持っているのはお前か、お前がどこかに隠すか、時計塔にあえて置いたままにするかだ」
「でも誰もひとりの僕を襲いにこなかった!」
「絶対に俺を止めにくると思ったから、旗が確実に壊せる狀況になるまで待つように命令した」
ということは、ノインも自分を捨て駒に使ったということか。
「全部お見通しかよ……」
「そうでもないよ。お前の校章を狙うか旗を狙うかは迷った。でもお前の旗が本でも偽でも、お前が持っているという事実がいちばん面倒だ。だから旗を優先した。お前は?」
「旗がどこにあるかわかんない以上、お前をつぶすのが最優先だろ! お前をつぶせばお前の持ってる旗はそのまま壊せるんだ」
ノインが視線をかして、地面に転がっているお互いの偽の旗を見る。
「それにもしこれが本當の戦爭なら、大將首を取ったのと同じだ。相討ちになるにせよ、お前をつぶしておけば立て直しやすいから……なんだよ」
「……いや。本當は、こういう話をずっとしてみたかったのかもしれないなって」
「は? なんの話だよ」
「想戦。――今回のもだけど、この前のも。全然、そんな機會がなかったから」
「そんなの今からでもすればいいだろ、あークソ、悔しい!」
んだルティーヤに、ノインはきょとんとしたあと笑い出した。
「んだよ、何がおかしいんだ」
「い、いや。うん、勝ってよかったなって。金竜が勝つなんて今更、まれてなさそうだけど、汚名は返上できたかな」
「は~~? 優等生かよ、むかつく!」
蹴ろうとすると、よけられた。
「あー負けたぁ!」
「勝った、よっしゃああああ!」
「えええーうそぉ……マジで負けたの? なんで?」
やっと狀況が呑みこめた他の生徒たちからも聲があがりだした。ノインがぽんとルティーヤの肩を叩く。
「行こうか、たぶん先生たちも待ってるし」
「げ、そうだ。ジル先生にどやされる」
「平気かもしれないよ。意外と怒られるのは俺たちな気もする。卑怯な作戦だってね」
言うやつはいるだろうな、とルティーヤもひそかに思う。だがノインの口調も表も楽しそうだ。確実に格が悪くなっている。きっとあの底知れないほど格がねじ曲がっている兄の影響だ。
「そういえば結局、金竜學級の旗ってどこに――」
「おめでとうございますとても有意義でわたしも勉強になりましたなんだあの作戦はーーーーーーーーーー!!」
やっとざわつきはじめた観客席に、すさまじい聲量の怒鳴り聲が響き渡った。
誰の聲かなんて考えるまでもない。
「生徒たちに特攻じみた行をとらせるなんて、どういう了見でしょうか!?」
「特攻じゃないよ勝つための策――しまっ絞まってる、ジル、首! ラーヴェ、逃げるな!」
「ぜひ教えてください、どうやって誑かした!」
「誑かしてないよ、人聞きの悪い! ただ作戦立てただけでどうしてそこまで言われなきゃいけないの!?」
「……止めにいこうか」
「……めんどくさい……」
どうして自分がと思うが、先にノインが歩き出すと行くかという気分になる。
友達というのは不思議だな、と思った。
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