《傭兵と壊れた世界》第百十一話:天巫襲撃

本祭當日。まるで天が祝福をするかのように晴れ渡る青空の下、主塔と外部を繋ぐ耐晶ガラスから太が降り注ぐ。

そんな気とは対照的に、警備につく第一軍の兵士達は暗雲もかくやという酷い表だった。

なぜならば調が最悪だからである。酷い頭痛と二日酔い、さらには謎の腹痛を訴える兵士もいる。

本來ならばアメリア軍団長の雷が落ちる醜態だ。しかし、他ならぬ軍団長も猛烈な吐き気と戦っていた。

「おかしい、私が酒に負けるなど――オエッ」

「無理をなさらないで下さい軍団長。ここは俺に任せて――オエ」

こんなはずではなかった。料理人には度數の低い酒にするように頼んでいたし、部下にも羽目を外さないように命令した。その結果が見るも無慘な集団グロッキーだ。

「私としたことが祭りに浮かれていたというわけか。調が悪い者は休憩を挾みながら街の巡回にあたらせろ。天巫様の警備は酒を飲まなかった者に任せる」

「軍団長はどうされるんですか?」

「もちろん天巫様をお守りする。この程度ならば問題ない」

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彼らは知らない。ナターシャが用意したのは度數の高い酒と、酔いが回りやすい食材の組み合わせ、さらに一部の料理にはベルノア特製の下剤がれられていた。下剤料理を食べたのはナターシャを的な目で見ていた連中だ。

ちなみに問題ないと豪語するアメリアだが、ただの強がりである。祭りの喧騒が頭に響くのを我慢しながら気丈に振る舞う姿、まさに將の鑑なり。

「天巫様はまもなく來られる。相の無いようにしろ」

「我々の存在そのものが相じゃないですか」

「やかましい」

天巫が街の各所をまわる一大行事だ。住人と會う機會が滅多にないため、天巫様はこの日を楽しみにされていた。つまり失敗は許されないのだ。

「相変わらず賑やかだね、君たちは。おかげで今日は楽しくなりそうだよ」

鈴の音が鳴るような聲。天巫が姿を現した。

白銀の髪を綺麗に結い上げ、星天祭のためにわれた特別な羽を著ている。合いは星を表す銀。顔隠しの布で表が見えないが、雰囲気から笑っているのがわかる。

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アメリアは瞬時に腰を落とした。その速さは隣の部下が思わず引いてしまうほど。

「顔が悪いよアメリア。そういえば昨日は隨分とお楽しみだったみたいだね」

「ご勘弁を。々羽目を外してしまいました」

「いいなあ、私も混ざりたかったな。そうだ。次からは私もってよ」

「ご勘弁を!」

アメリアが何度も頭を下げる。兵舎に天巫を招くなんて恐れ多い。

天巫はつまらなそうな顔で歩き始めた。四人の巫つきが追隨し、彼たちを守るように親衛隊が広く散らばる。まずはローレンシアの記念碑に向かおう。そしてミシェラの集落に挨拶をしてから、生活を支える空中水車を眺めにいこう。

長い一日になりそうだ。階を降りるにつれて地上の喧騒が大きくなる。きっと國外から多くの人が集まっているはずだ。街の人々の楽しげな様子を想像した天巫は布の下で微笑んだ。

「ごめんねアメリア。せっかくのお祭りなのに付き合わせちゃって」

「これが仕事なのでお気遣いなく」

「固いなあ。もっと肩の力を抜いたらいいのに。私相手に畏(かしこ)まっても意味がないよ」

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「そうですよ軍団長、もっと俺らにも優しくしてください」

「お前は黙っとれ」

天巫が現れた途端に住民が大きく沸いた。なにせ彼はローレンシアの象徴だ。民をし、民にされる守護者。誰もが彼を大事に思っている。道ゆく人々は心から嬉しそうな表で手を振った。

行事はつつがなく進行した。基本的に親衛隊は優秀であり、たとえ二日酔いのグロッキー狀態でも一般人相手に遅れを取らない。興のあまり天巫に近付こうとする住民を牽制する程度ならば問題なかった。

「重い裝備を著て歩いたら疲れるでしょ。休みたいときは言ってね」

「大丈夫ですよ天巫様。このアメリア、鍛えておりますので。天巫様のためならば端から端まで奔走しましょう」

「本當にやりかねないから怖いよ。さあ、次は――」

異変が起きたのは、主塔五階にある「探求者の霊像」と呼ばれる場所に向かったときだ。

天巫ですら気付くほどの異常な気配が漂った。祭りの熱気を飲み込む鬱とした空気。元々明るい場所ではなかったが、この暗闇は星の輝きすら屆かぬほど深い。

「ねえアメリア、霊像ってこんなに暗かったかな?」

「封晶ランプが壊れているようです。足元にお気をつけください」

アメリアは周囲に目を走らせた。封晶ランプの燈(あか)りがほとんど消えている。上階の影によって夜のような暗闇が広がり、わずかに殘った燈火も明滅、ひんやりとした空気が足元から昇った。

霊像が淡くっている。西の果てにある聖地の英雄を模しており、その逞しい造形は見る者に勇気を與えるとされているが、暗闇に浮かぶ霊像はまるで亡霊のように薄気味悪い。

「亡霊」

そうだ。この寒い雰囲気は、忌々しいルーロの亡霊と同じなのだ。

アメリアは一層警戒を強めた。周囲に人の気配は無い。それが余計に気味悪くじさせる。あれほど多くの住民が集まっていたというのに、どうして霊像の周囲だけ誰もいないのか。

「天巫様、ここは止めましょう。狀況が読めません」

「ダメだよ。ちゃんと過去の英霊に挨拶をしないと、星天祭の意味がないんだから」

「しかし――」

來る。來るぞ。

心臓が早鐘を打ち、ひときわ大きくトクンと跳ねた瞬間、周囲に深い霧が発生した。

否、霧ではなく煙幕だ。

「総員警戒! 敵襲だ!」

霧の中を黒い影がいた。目立つように堂々と路地の中央を駆ける。

アメリアが銃を構えた。流石の反応速度。だが二日酔いの影響は思いのほか大きく、銃口がうまく定められない。

「ちっ、私としたことが肝心なときにっ!」

一発、二発、と続けて発砲したが霧と酔いの影響で外れた。アメリアが自分の不甲斐なさに叱咤(しった)する一方で、既に敵は部下に接近しており、見覚えのある格闘で兵士を投げ飛ばした。

「あのき、やはり――第二〇小隊か!」

アメリアは確信した。同時に「なぜ」と疑問に思う。奴らはノブルス城塞で戦闘中だと報告をけた。ここに、首都モスクに亡霊が現れるはずがない。

だが襲撃されているのは事実。今も一人、また一人と無力化されている。捕まえたローレンシア兵を盾にしつつ集団の中に潛り込み、同士討ちを発させながらローレンシア兵を翻弄する。無駄のないそのき、単で敵部隊を殲滅させる戦闘力、あの男以外にあり得ないだろう。

「固まるな、包囲しろ! 亡霊との戦い方は教えたはずだ!」

アメリアは酔いの震えを気合いで抑えた。今度こそ命中させる。そう確信して放った弾丸だが、亡霊は手甲で難なくけ流した。

狙撃手イサークと同じ手法だ。イサークはの義眼による力であるが、亡霊は経験と勘によってはじく。正確には盾にしたローレンシア兵によって弾道を絞り、敵が狙うであろう箇所を予測したのだ。

「天巫様は後ろへ下がってください! 奴が、イヴァンが現れました!」

「アメリアも気を付けて!」

「ありがたきお言葉!」

深い霧に黒の殘像が殘る。圧倒的な人數差がありながらも押されているのはローレンシア軍だ。彼らの調が悪いからではなく、イヴァンの格闘技が親衛隊の行を制限している。

「お前たち、最優先は天巫様の保護だ!」

アメリアの忠誠心は本だ。々、否、いささか過剰な部分もあるが、天巫に忠を盡くしたいという想いは誰よりも強い。たとえ數多の仲間を手にかけ、幾度となく苦しめられた傭兵が相手だとしても、彼は仇討ちではなく保護を優先する。

故に、彼は天巫を戦場から遠ざけようとした。

「さあ天巫様、軍団長殿の言うとおり我々は逃げましょう!」

五人の巫つきが天巫を連れ出そうとする。先ほどまで四人だった巫つきが、今は五人だ。い(・)つ(・)の(・)間(・)に(・)か(・)増(・)え(・)た(・)も(・)う(・)一(・)人(・)の(・)巫(・)(・)つ(・)き(・)が、天巫の腕を引いていた。巫つきの顔は布に隠されて見えない。だが頭巾から白金の輝きがこぼれた。

見覚えのある髪だ。そういえば、宴會で振る舞われた酒も彼が用意したものだった。あまりにもタイミングが良すぎるだろう。

確信。同時に発するアメリアの覇気。

「不屆き者は貴様かァアア!」

逃がさんぞ小娘。奪わせんぞ、天巫様を。

天巫様は今日という日を楽しみにされていた。滅多に塔から出られないからこそ、街に降りて住民達と會う機會を待ちわびていた。大切な一日。民のためにを削る天巫様の、貴重な安らぎ。それを奪おうとする大罪人は斷じて許さない。

尋常ならざる忠誠心は反転して憤怒となり――。

「どこへいく、軍団長殿。敵に背を向けるとは、らしくない」

アメリアの足元を弾丸が貫いた。本當は彼の足を狙ったのだが、獣のごとき直で避けられた。「後ろに目があるのかね」と男がぼやく。

「貴様はいつも邪魔をする」

「それが任務なんでな」

「これも任務か?」

「いいや、今回は個人的な事だ」

任務ではない。第二〇小隊の宿願のため。

「やはり貴様は、貴様たちはローレンシアの敵だ。妹共々ルーロの地に眠れば良かったものを!」

怒りの咆哮。この男を屠り、天巫を連れ去ったも屠り、そうして國を、彼を守るのだ。

アメリアの瞳にが宿った。彼を軍団長足らしめる、比類なきの輝きだ。

次は年末ですね。またね~。

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