《異世界で始める人生改革 ~貴族編〜(公爵編→貴族編》第145話 手紙
ぽたっ……ぽたっ……ぽたっ……。
手先から落ちる。そして濁った泥水。
「ガハッ……」
を貫かれたまま、反吐を吐き出したウィンガルドは俺に寄りかかる。もう殘った右腕もかせず、刀は既に地面に落ちていた。
「俺は……強かったか?」
「ええ」
「そうか……」
それだけ呟くと、ウィンガルドのから力が抜け、ずるりと俺のから倒れる。
「はぁはぁ」
ギリギリの戦いだった。ほんの一瞬、瞬き一つの油斷や隙で結果は変わっていただろう。俺のMPも底をついている。
汚れてはいるものの傷一つないにも関わらず、俺は疲労困憊で膝をついたままけなかった。
「レイン様、申し訳ございません。お怪我は!?」
スクナが膝をついたままかない俺に駆け寄ってきてくれる。
「いえ……MPが枯渇しただけですよ。それよりも早く、戦爭を終わらせましょう」
「はっ、では首を落とします」
そう言うと、スクナは剣でウィンガルドの首を切り落とそうとする。
「待ってください……」
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「……? はっ!」
スクナはおかしな事はしていない。敵將は首を落として曬すものだ。
しかし、俺は思わず止めてしまった。
「首は落とさなくていいです。代わりに、この刀を持っていってください。珍しい魔刀です。十分証拠になるでしょう」
「はっ! 畏まりました! では、レイン様、ご一緒に」
そう言うとスクナは俺に肩を貸そうとする。しかし、俺は首を橫に振る。
「ないとは思いますが、フレッグスが戻ってきたらウィンガルドがゾンビ兵となってしまいます。私はここから離れられません。將軍たちへの報告は貴だけでお願いします」
「ですが、レイン様も危険です!」
「一応魔力全吸収のおで防魔法くらいは張れます。ですから、スクナ……お願いします」
「しかし……畏まりました。すぐ戻って參ります!」
そう言うと、スクナは走ってポルネシア軍の方に走っていった。
「苦労かけます……」
小さくなっていったスクナを見送ると、俺は死んだウィンガルドに目を向ける。
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HPはゼロになり、死んでいる。
そのは、エクスキューショナーによって筋は異常なほど膨張し、管が破れているのか傷がついていないからも薄らとが滲んでいた。
「これで戦爭は終わります。貴方方にとっては不本意な結末かもしれませんが……」
お父様がどうなったのか心配だ。レベル7の魔法使いを多數殘してきたし、最悪ハドレ城まで戻れば俺が帰る時間は稼げるだろう。
帝國の北方制圧軍を降伏させ整理するのに二日。ここからハドレ城まで飛ばして三日。五日もあればMPも十分回復する。
逆に追撃戦となっていた場合は、俺は回復魔法に専念すべきだ。オールヒールは死んでなければあらゆる傷、病気を治す。勝敗の決まった戦爭で出す死者ほど悲しいものはない。
ウィンガルドの死を見下ろしながら、俺は頭の中で様々な狀況を想定しながら、整理していく。
そんな時だった。
ふとウィンガルドの元を見ると、手紙らしきものが一枚、懐から顔をのぞかせていた。
「……」
一瞬の戸いの後、俺はその手紙に手をばす。
軍事的に何か重要な事であれば、知っておかなければならないし、そうでなくてもまだ終戦したわけではない。敵の報はしでも知っておくべきだ。
とはいえ、魔印で封をされていた場合、俺ではどうすることもできない。もしかしたらこの世界に魔印を解除する魔法があるのかも知れないが、なくとも俺はそのような魔法は覚えていない。
とはいえ、確認しないわけにはいかない。宛先や送り主の名前だけでも重要な報なのだから。
そっと手紙を拾い上げ、送り主を確認する。
アイラ・ドュチェス・ウインド。
一瞬考えるが、すぐに思い出す。ウィンガルドの妻の名前が確かアイラだったはずだ。
その手紙は、偽裝されていなければ、妻からのものであろう。他には何も書かれていない。これだけでは特に得られる報はない。家族からの手紙の中を見るのは無粋であろう。そう思った俺は、手紙を開けずにウィンガルドの懐に戻そうとした。
しかし、そんな時だった。
手紙につけられた封に目が行き、その違和に思わず手が止まる。
付けられていた封は、封蝋。魔法の印璽によって封がなされたものではなく、単なる蝋を溶かしてり付けただけのもの。
止めていた手を再度自分の方に戻し、改めて手紙を確認する。
「宛先がない……?」
この手紙には宛先が書かれていなかった。
そんな事があるだろうか。宛先がなければ手紙を屆けられない。アイラとて貴族なのだからんなところに手紙を送ったりもするだろう。仮に行き先を伝えていたのだとしても何が起こるか分からない。他の手紙に混ざったりするなどのリスクも考えられる。
それに、いくら家族への手紙とはいえ貴族ならば最低限の魔印くらいはする筈だ。
結果的にウィンガルドの元に封蝋がされたまま屆いたとはいえ、あまりにも不用心ではないか。
そこまで考えて首を捻る。
「おかしい……」
屆くはずがないのだ。
なにせウィンガルドがここに來たルートは、不可侵のエルフの森。どの様なルートでウィンガルドがエルフの森を通ってきたのかわからないが、そう易々と何度も往復できる様なものではないはずだ。
手紙一枚程度のためにわざわざそんな危険は犯さないだろう。
ならば、ウィンガルドに手紙を渡すにはせめてエルフの森を通る前までとなる。
そうなると今度は封が開いていない理由が分からない。普通手紙をけ取ったらすぐに開けるものだ。エルフの森を越える前までであれば手紙を開けられたはずだ。
それにも関わらず、手紙の封蝋は閉じたままだった。
「……?」
考えても結論が出なかった。
開けるか、それともそのままウィンガルドの懐にしまうか。
悩んだ末、俺は封を開け、中を確認することにした。
っていたのは二枚の紙。
一枚目は家族の肖像畫。
アイラであろうしいと、二人の子供たち。
その二人の子どもを後ろから抱き抱えながら笑うウィンガルド。
先程の剣幕からは想像がつかないほど、優しく、心からの笑顔が絵柄でもわかるほどじられた。
そして、二枚目の紙。
それは手紙だった。
汚れない様に、汚れを弾く高級な魔法紙が使われ、丁寧に折り畳まれた一枚の手紙。
その手紙の一番上段。
そこには、封筒には書かれていなかったこの手紙の宛先が書かれていた。
『レイン・デュク・ド・オリオン様へ』
その手紙の宛先は……俺だった。
『レイン・デュク・ド・オリオン様へ。
私はウィンガルド・ドュチェス・ウインドの妻、アイラ・ドュチェス・ウインドと申します。初めてのご挨拶がこの様な形となり、誠に申し訳ございません。貴殿のご活躍は夫より何度も聞かせていただきました。若干9歳と言う若さで英雄級である夫を吹き飛ばしたと。夫はあの日の戦爭より、家で何度もぼやいておりました。次に貴殿と戦えば死ぬかも知れないと。貴殿がこの手紙を読んでいると言うことは夫は貴殿の前で倒れ伏している事でしょう。恥を忍び、伏してお願いしたい事があります。もし、もしも夫が生きているのであれば、どうか見逃してはいただけないでしょうか。この様なお願いをする事は貴族として、ガルレアン帝國民として恥ずべき行為であると承知しております。この手紙が世に出ればウインド家の立場も危うくなるでしょう。ですが、夫さえ生きてくれれば私はそれで良いのです。家督のため、貧困層から貴族へと昇進させて下さった陛下への恩返しため、夫は死ぬかも知れない此度の戦爭に參加いたしました。帝都で陛下に此度の戦爭の一軍を任された日、帰れなくなるかも知れないと呟いていたのは今でも覚えております。もしも夫を見逃してくださるのならば、私は夫を説き、貴族を辭め、他國に亡命しポルネシア王國には二度と関わらないと誓います。ですからどうか、夫の命を助けてください。
アイラ・ドュチェス・ウインドより』
読み終えた俺は、手紙を靜かに畳む。
そして……。
「火種イグニッション」
汚れや多の衝撃には強い魔紙。だが、燃やせばちゃんと燃える。地面に僅かに立ち上る火に手紙を置く。
靜かに燃えていく手紙。紙に込められている魔力が魔法の火によって散っていく。淡く、儚い。
「レイン様!」
「魔導將!」
背後から聞こえてきた聲。
「レイン様……? 如何しましたか……?」
「えっ……?」
「頬に……」
ポタッポタッ……ポタポタポタ。
「あ、雨でしたか。し、失禮致しました。レイン様が泣いていらっしゃる様に見えまして……」
「私が泣くわけないじゃないですか」
俺は泣かない。ウィンガルドを殺したことに後悔などないから。この手紙を見ても俺の行は変わらない。
彼が幾ら家族をしていようと、そして家族にされていようと、俺は俺の家族を守るために盡くすと決めたのだから。
悪魔の証明 R2
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