《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》ライカの大粛清(決行前夜)

「さっさと死ねよ」

床に投げ転がした自殺用の短剣の刃に、炎が反している。

あれほどおそろしかった祖父は、まるで鼠か何かのように床にうずくまり、おそるおそるルティーヤを見あげた。

「死ねって言ってるんだよ。こうなったのは自分の責任だろ」

「お、おま、……お前、こんなときに、何を」

「負けたんだよ、ヴィッセル皇太子は。帝都じゃフェアラート公縁の貴族は斬首されて首を吊されてるんだってさ。ライカの関係者も例外じゃない。この提案は一杯の孫なりの優しさだよ、お祖父様」

ばきり、と建が焼け落ちる音がして、視線をかした。真夜中だというのに外から燈りが絶えることはない。

ライカ大公國総督府。宮殿中に放たれた火のせいだ。

「早くすれば? 焼け死ぬよりは楽でしょ」

「お、お前は何を……っ冗談を言っておる場合か! いいから、儂を早く運べ、お前は竜に乗れる。だから儂を助け――ッ!」

嘆息して、腰からさげた剣を引き抜き、そのまま祖父の太を刺し貫いた。汚い悲鳴があがった。

「僕がわざわざ戻ったのは、あんたの慘めな死に様を見るためだよ」

「ば、罰當たり、がっ……誰が、育ててやったと……っ!

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「お前に育てられたおかげでこうなったんだよ、よかったね」

鼻で笑い、通りすぎようとする。待て、と言う聲と一緒に足首をつかまれたが、すぐに蹴り返した。枯れ木のような老人のは簡単に転がる。

「ま、待て。ルティーヤ、立てない」

無視してまだ無事な出り口へと向かう。背中から吹きこんでくる風の方向は、いずれこの部屋にも火を運ぶだろう。

「ルティーヤ、待て。待ってくれ、待ってくれ頼む! う、けないんだ。このままだと死ぬ、捨てないでくれ!」

出口の取っ手に手をかけたまま、振り向いた。

「ずっと、そういうふうにあんたが、僕に期待し直すのをずっと待ってたよ」

「ルティーヤ……」

「見捨ててやったらどんな顔をするかって、それだけが楽しみだった」

一縷のみをつかんだ祖父の目から、が消える。すぐさま憤怒に染まっていく表と罵聲まじりの懇願に、笑いが止まらない。

ルティーヤは芋蟲のように這う祖父の姿を見つめながら、ついに炎が吹きこんできた部屋の扉を閉めた。

ライカ大公焼死、という新聞が島に屆いたのは翌日の夕方だった。帝都が竜帝に取り返され、その軍勢が迫ってくる前の自殺か、あるいは、ライカ大公の死をもってフェアラート公と通じた責任を有耶無耶にさせるための暗殺と見立ててあった。

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だが皆が考えることは同じだ。

――これで、ライカは竜帝の粛清を免れるかもしれない。

最初からラーヴェ帝國に逆らうなんて無理だと思ったんだ、俺は反対した、とにもかくにもよかった――つい數か月前まで真逆のことをんでいたくせに、大人の手のひらを返しようは淺ましい。

「ノイトラール竜騎士団がくるって?」

「もう対岸まできてるって話だ。ルティーヤ・テオス・ラーヴェがここで助けを待ってることは伝えてあるし、騒の後始末だろうな。また何人か引っ張られるんだろ」

「これでいよいよルティーヤがライカ大公だな」

乾杯、と誰からともなく聲があがった。暗くなる前に組み立てた焚き火から、ぱきりと燃え落ちる音がする。

既に廃墟と化した元ラ=バイア士學校跡には、ラーヴェ帝國軍に殺された生徒たちの幽霊が出るとかいう噂が絶えず、人気もない。雪が降りそうなこの寒さではなおさらだ。

だが、各地に散らばって散々ラーヴェ帝國との戦爭を煽り、暗躍してきた同級生たちとの會合には、もってこいの場所だった。

各自適當に食べや飲みを持ち寄って、焚き火を囲めば、まるで學園祭の終わりのようだった。鼠と呼ばれた蒼竜學級が、キャンプファイアーなんて參加できるわけもなかったが。

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「ここまで長かったな」

「學校ぶっ潰してやってから二年くらいか」

「で、ルティーヤ、どうするんだこれから」

「もちろん、ラーヴェ帝國の偉大なハディスおにいさまに助けを求めて、ライカを差し出すさ」

誰かが炙った焼き魚の串を取って、ルティーヤは笑う。

「獨立派――反ラーヴェ派のアジトは全部把握済み。資金源だってわかってる。力及ばず祖父の暴走を止められなかった弟の、葛藤に満ちた報提供だ。せいぜい、信頼してもらうさ」

正しく信頼できる報だ。

反ラーヴェを煽り、祖父がフェアラート公と組むよう畫策し、帝都ラーエルムに攻めこむよう世論をかしてきたのは、他ならぬルティーヤたちなのだから。

「あー、正義だなんだスカしてた奴が、やあっと消えてくれんのか」

「ついでにこっちの邪魔してきてた奴も消しちゃってよ、めっちゃうざかった~」

「そういやルティーヤに々教えてくれた兄貴は行方不明って聞いたけど、マジなのか」

「ああ、マイナード兄上か。死んだんでしょ、あれは」

ノイトラールが取り戻されたあと、戦場に姿を見せなくなってもう半年近くだ。どちら側に殺されたのかはともかく、生きているとはとても思えなかった。本人も、いつ殺されるかだけだとよく言っていた。

「あれだけ目立ったことやれば、そうなるよ」

「ほんとにクレイトスとラーヴェが戦爭してるんだもんなあ……」

「……私、今ならライカはラーヴェに勝てるかもってちょっと思ったんだよね。でも、ルティーヤの言うこと聞いてよかった」

レールザッツ領からとって返した竜帝は、最初帝都ラーエルムへ戻るため大河の大橋で大軍による足止めをくらっていた。そこで竜帝不利とみたのか、各地で竜帝への不満を募らせていた輩達の軍勢に背後をつかれ挾み撃ちにされた。

しかし、竜が人間を攻撃しだしたことで、あっという間に形勢は逆転した。

竜が竜帝を前にかなくなるという噂はずっとあった。実際、偽帝騒時に竜が人間の命令をまったくきかなくなっている。用心深く竜を使わない軍も多かったらしいが、竜が襲いにくるとなれば話は別だ。

竜帝は堂々とひとりで、大軍が囲む帝都ラーエルムを焼き払い、帝城に竜で舞い降りた。

偽帝騒に続く、二度目の、たったひとりでの帝都制圧だ。

そして、皇太子ヴィッセルの首を討ち取ったという。

「竜神の加護をける竜帝を倒せるとしたら、神だけなんだってさ」

ほんのわずかな間、言葉をわしただけの異母兄からのけ売りだ。馬鹿らしいと思うが、天剣の力は本だ。用心するにこしたことはない。

「僕らはせいぜい、そのおこぼれを吸うくらいしかできないよ。不相応なことをしたって、無駄死にするだけさ。マイナード兄上はその辺を見誤ったんだ。なんでか知らないけど」

権力に目がくらんだのかなんなのか。いずれにせよ愚かな振る舞いだ。自分は同じことはしない。

「今から僕はせいぜい、ハディス兄上に取りるよ。それでラーヴェ帝國も、ライカみたいにしてやるんだ」

権力もいらない。

正義もいらない。

ただ面白いだけでいい。

えらそうに、上から目線で、自分こそが正しいと聲高にぶ連中が、無様に地べたを這いつくばる様を見るのは何度見ても爽快だ。

自分たちを鼠だ、出來損ないだと見下し、馬鹿にしてきた連中が、騙されたわかったときのあの顔ときたら!

「まずはうまいことラーヴェに移しないとなー。目指すは帝都か?」

「そうだね。とりあえず一年くらいはおとなしくしておいて――」

「はいはいはーい、みんな注目!」

手を叩いて皆の視線を集めたのは、相変わらず真面目なまとめ役の子だ。

「実は、アイシャに赤ちゃんができました!」

「はっ!?」

真っ先に反応したのが、半年前に式を挙げたばかりとはいえ、夫本人なのはどうなのか。

「いやなんでお前が聞いてないんだよ!」

「は、初めて聞いたし――え、聞き間違い?」

祝辭より先に出た突っこみと、あまりの揺ぶりに、皆が笑い始める。

「笑うなよ! まじか、マジなの?」

「おめでとーおとうさーん」

「そういやアミルも婚約したんだっけ?」

「ぼ、ぼぼぼぼぼぼ僕は、本國貴族との、政略結婚で」

「焦るな焦るな、お前がめろめろなのばれてるから」

「とりあえず一段落したし、しばらくライカ出の人間はおとなしくしといたほうがいいと思うんだ。しだけお休みにするのはどうかな」

、という聲があがった。おめでとう、という言葉も。アイシャは嬉しそうに笑っているが、夫のほうはまだ目を白黒させていて、それもまた笑いをう。

慨深く、ルティーヤはつぶやいた。

「……あの騒ぎから二年だもんな。親になる奴も出てくるか」

「ルティーヤも本國でそういう話、出てくるんじゃないのか」

そうかもしれない。ルティーヤももう、十六歳だ。案外、ラーヴェ帝國にいけばそういう駒として配置されるかもしれない。

何せ皇帝ハディスにとって、ルティーヤはもう、唯一殘ったきょうだいだ。

「そうだな、だったら今度連絡とるとしても、半年くらいはあけて――」

どぉん、とまるで大砲に撃たれたような音が海の向こうから聞こえた。

ラ=バイア士學校は島の中でも高臺に建っている。立ち上がって、半壊した壁の向こうを見ると、すぐさま原因はわかった。

海の向こうだ。斷続的ににぶい音が聞こえる。何より明るい。――本島が、燃えているのだ。

「……また暴か?」

「かもね」

ライカ大公の不審死に脅えた輩か、市民の暴走か。それとも殘っていたフェアラート公の殘黨たちが、最後の攻勢に出たか。どれもあり得ることだ。ルティーヤたちには関係ないけれど。

「早めにライカ、出たほうがいいかもね」

「そうだな、隠した船が見つかる前にこう。今夜はこれで解散――」

気分のいい別れを引き裂くように、あるいは裁くように、突然空が銀に輝いた。

驚いて振り仰いだ暗闇に、星を結んでいくような銀の魔力が奔る。魔法陣かと一瞬構えたが、とてもすべてを読み取れない、緻に紡がれた模様だ。まばゆく、で世界中を搦め捕るようにすさまじい速度で空に紡がれていく。

流星群みたいだ。

だがまばたいた瞬間に、幻のように消えてしまった。まるで願いを葉えて、燃え盡きたように。

「なん……だ、今の」

「さあ……」

いと靜寂を、また発音が破った。今度は近くだ。慌てて音がしたほうへと振り向く。

港が燃えていた。ルティーヤたちがいる、この島の港だ。船が燃やされている。

本島の騒ぎに発された輩がいるのかもしれない。ルティーヤは舌打ちした。

竜が使えない今、船は島から出る唯一の手段だ。暴に巻きこまれて失うわけにはいかない。

「出発は今からだ、船は島の裏側だったよな?」

「ああ、港には置いてないから無事だろう」

「さっさとライカから離れたほうがいいかもしれない。僕は最悪、朝までやりすごせばラーヴェ帝國軍に逃げ込めるけど、さすがに全員はつれていけな――」

もう一度、今度は別方向から発が起きた。思ったより大事になるのかもしれないと気を引き締めたとき、ざあっと風と一緒に大きな影が上空を飛んでいく。

大きく燃え上がる焚き火の炎に照らされたのは、竜だった。ルティーヤは息を呑む。

緑竜を先頭にして飛ぶ竜たちの上に、人間が乗っている。ちらと見えたのは、ノイトラール竜騎士団の腕章。

既に対岸にいると聞いていた。だが、どうしてこんな夜間に――ぞわっと嫌な予が背筋をかけあがった。

「――逃げろ!」

ぶと同時に、上空から竜の炎が吐かれた。

壁まで焼き焦がすその炎が、焚き火と混ざり、一気に燃え上がる。あがった悲鳴に負けないよう、ルティーヤは上空にぶ。

「待て、僕はルティーヤ・テオス・ラーヴェ! 竜帝の弟だ! ここにいるのは民間人だぞ、反軍じゃな――」

誰かが竜の上から飛びおりてきてそのまま、武も持っていない仲間を槍で突き刺した。しぶきをあげて倒れたのは、先ほど妻の懐妊に目を白黒させていた仲間だ。

つんざくような悲鳴があがった。

「な、なんでノイトラール竜騎士団が!?」

「いいから逃げろ、早く!」

「お、前――!」

「ルティーヤ、待て!」

剣を抜いて飛びかかろうとしたルティーヤの肩を、副級長がつかんだ。振り払おうとしたルティーヤの耳に、たったひとりで上空から飛び降りてきた青年がつぶやく。

「逃がすか、鼠どもが」

聞き覚えのある聲だった。聲変わりしてすっかり低くなっていたけれど、なぜだか確信のほうが先にあった。

(まさか、噓だろ)

死んだはずだ。

なのに相手は、悲痛なびにためらう様子もなく、再び槍を振り上げた。仲間が構えるより先に腹を刺し貫かれ、蹴り飛ばされる。逃げようとする者の背中もためらわず一閃し、振り向きざまにようやく、その顔があらわになる。

その青年は、記憶とまったく違う姿をしていた。背がびて、格も違う。溫和だった面差しは昏く、さわやかだった目元には隈ができている。まったく別人に見えた。同じなのは髪と目のくらいか。

その目も片方、眼帯で隠している。なのに、かすれた聲で名前を呼んでしまう。

「ノイン、か……?」

「覚えててくれて嬉しいよ」

噓だ、と首を橫に振る。

なぜなら、二年前、ラ=バイア士學校は反分子を育てているとラーヴェ帝國軍に強襲され、崩壊した。生徒たちを守ろうと最後まで抵抗した金竜學級の學級長は、まみれになって、それでも剣を捨てずに、最後は片眼を短剣で貫かれ、海に墜ちた。間違いない、この目で見た。

(生きてる、わけが)

その短剣を振りかぶったのは、驚愕と失の海に沈めてやったのは、他でもない自分なのだから。

「さがしたよ、ルティーヤ」

自分だって背がびた。外見は変わったはずだ。

けれど相手は迷わず、こちらを見據える。

「殺してやる」

金竜學級の學級長は、殘った片眼にルティーヤを映して、獲を見つけた獣のように嗤った。

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