《傭兵と壊れた世界》第百十二話:巡り會う金と銀

アメリア軍団長は撃、格闘、ともに優れた能力を有しているが、彼が軍団長の地位まで昇りつめたのは他に理由がある。

「敵は屋の二階、壁の裏だ! 撃ち抜けェ!」

最大の武に埋め込まれた「反シャルコー機構」という名のだ。

波長の合う人間と覚を共有し、位置報から視覚、さらにはの伝播を可能にする。共有された兵士は一時的に脳が活化し、あらゆる能力と天巫への忠誠心が向上する。アメリアが親衛隊を設立し、忠誠心の高い兵士を周りに集めているのは反シャルコー機構の同調度を高めるためだ。

集団を率いた際に極め高い戦闘能力を発揮するアメリアの力。それはルーロ戦爭においても無類の強さを見せ、こと戦爭においてイヴァンが最も戦いたくない相手だった。

「ちっ、見られたか。鬱陶しい力だ」

これだけの人數だ。全ての敵から隠れるのは不可能であり、一度でも視界にれば全員に報が共有される。

おまけに親衛隊は全員が天巫を敬しており、彼が狙われたという事実は兵士を激怒させた。他人の怒りがによって伝播し、怒りと怒りが同調して憤怒となり、ソロモンもかくやと言わんばかりの炎となって燃え上がるのだ。

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「殲滅しろ! 叩き潰せ! 我らが星天の威を知らしめるのだ!」

「吠えてろ狂信者!」

「姿を見せたなイヴァン! 私は退かんぞ。積年の屈辱を晴らしてみせよう!」

濁流のような報を処理しきるアメリアは異常。それに一人で対抗するイヴァンも規格外。

さらにいえば、これだけの人數で共有してようやく生まれる憤怒の炎を、たった一人で何年も燃やし続けるソロモンもまた化けである。

「なぜ天巫様を狙ったのかは知らんが、報いをけてもらうぞ!」

「星天だ天巫だとうるさい連中だ。軍人ならば寡黙に戦え!」

「言葉とは力だよ。ましてや傭兵が軍を語るとは笑止! シザーランドの犬には難しい話だ!」

包囲網を逆手にとって敵兵の中に潛り込み、斬って、毆って、撃ち抜く。敵兵を盾にし、銃弾をはじき、時にぜ、時に隠れ、言葉と銃弾が戦場を飛びった。イヴァンの目的は時間稼ぎだ。ナターシャが天巫から報を得るまでの間、アメリアの足止めをする。

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「數的有利を無駄にするな! 近寄らせずに包囲するんだ! 生死は問わん、絶対に逃すな!」

一発の銃弾が致命傷になり得るのだから苦しい戦いだ。普段は最前線で隊を守るソロモンがいる。ミシャの遊撃とナターシャの狙撃もある。それらの助力を無しにアメリアの親衛隊と戦うのは無謀に等しい。

「苦しい、が、不可能ではない」

イヴァンの武は思考力。合理的に狀況を判斷し、どこから狙われたら避けられないか、どこから崩せば敵の虛を突けるかを常に考え続ける。それを実踐できるから彼は第二〇小隊の隊長なのだ。

「久方ぶりの綱渡りだ。ひとつ、気合いをれようか」

イヴァンにほんのりと火が燈る。いつかの雨曬しで泣いたナターシャのように暗くて冷たい眼差し。だが沸々と湧き上がる闘志は死にかけのソレではない。

理不盡な戦いには慣れている。妹を失った彼はあの日から孤獨と戦い続けてきた。心折れかけたこと幾たびか。

天巫への敬はさぞ素晴らしいものだろう。國への忠誠。民を守る大義名分。世のため人のためにを捧げる。そんな綺麗事のために戦える人間が眩しくて仕方ない。

「追い詰めたぞイヴァン――」

アメリアは共有した視覚の中で信じられない景を見た。四方八方から群がるローレンシア兵を相手に、イヴァンは一人で捌き切っていた。市街地での突発的な戦いが戦を生み、敵同士の距離が近くなったことでイヴァンに有利な狀況を作ったのだ。

「命令がなければけぬ兵士など恐るに足らん。なあアメリア、お前も前線に出てきたらどうだ?」

彼は進むしかない。全全霊を賭して戦い続けた先で、ようやく妹と會うことができる。

故に抗い続けよう。いつかミラノの地に墓標を立てるまで。

天巫は手を引かれながら走った。かすことがない彼し走っただけでも息が切れる。他の巫つきも例外ではない。

ただ一人、白金の巫つきだけは余裕そうだ。走りにくい格好をしているはずなのに、まるで重力がなくなったように軽やかな足取りである。

「天巫様、地上階は危険です。念のために祭壇まで避難しましょう」

「アメリアたちは、大丈夫、かな」

「問題ありません。敵は一人です。親衛隊が遅れを取ることはないでしょう」

會話をしていると、巫つきの一人が力の限界を迎えてしまった。だが白金の巫つきは構わずに天巫の手を引く。

「君の手は、冷たいね」

「喋ると余計に疲れますよ。さあ、昇降機がみえました。私は他の巫つきを待ちますので、天巫様はお先に乗ってください」

言われるがままに昇降機に乗った。天巫は「ようやく休憩できる」と安堵した様子だ。し遅れて巫つきが追いついたが、數がまた一人減っている。

「あれ、一人ないよ?」

「天巫様の無事を伝えるために殘るそうです。我々だけで避難しましょう」

白金の巫つきが昇降機をかした。

ガタガタと揺られながら塔を登る。三人の巫つきと天巫様。地上から離れると銃聲が聞こえなくなった。

「なぜ君は疲れていないの?」

「鍛え方が違うのですよ」

「巫つきなのに?」

「ええ、巫つきは皆、天巫様をお守りするために日々鍛錬をしています」

白金の言葉に他の巫つきがぶんぶんと首を振った。彼はどうやら例外なようだ。

「アメリアが亡霊ってんでいたけど、もしかしてあれが噂の傭兵小隊かな?」

「さあ、どうでしょう。私も必死だったのでわかりません」

「イヴァンっていうのが傭兵の名前だと思うんだけど、君は知ってる?」

「知りませんね。ああでも、目的をそっちのけで観して、報収集だと言いながら出店をまわる食いしん坊なら知っていますよ」

「誰の話?」

「イヴァンです」

ガタン、ガタン。たまにキィーッと軋む音。

が顔を向けた。頭巾の端から白金の髪を揺らし、顔隠しの布で表を覆った巫つき。果たして彼は本當に味方だろうか。

「それにしても巫つきの裝は厄介ですね。特に首から口元を覆う布が息苦しくて嫌になります。そうまでして顔を隠したいのでしょうか」

天巫は答えない。他の巫つきもまた、戸うような雰囲気だ。

ガタン、ガタン。たまにキィーッ。

「さあ著きました」

最上階に到著だ。

そこはローレンシア唯一の祭壇。中央に円形の広場があり、周囲を囲むように星天教の像が並ぶ。さらに外側には半明の花が咲き誇り、天井には無數の星がガラス越しに煌めいていた。空気は清廉。どこからか水の流れる音がする。

天巫は昇降機から降りた。避難が功して喜ぶべきなのに、薄ら寒い風が背中をでてくる。

「今更だけど、わざわざ祭壇まで逃げなくても良かったんじゃないかな?」

天巫が振り返る。なんとなく、嫌な予がしたから。ちょうど同じタイミングで二人の巫つきが地面に倒れた。下手人は言うまでもない。

白金の巫つきが針のようなものを持っており、先端から明のが滴っている。あれはまさか毒だろうか。いや、それよりも――。

「ここじゃないと駄目なんです。祈りは最上階でなければ屆きませんから」

「君、巫つきじゃないね?」

は顔隠しの布と頭巾をいだ。きめ細やかな髪がふわりと浮き上がり、青い水晶のような瞳があらわになる。

「初めまして、紹介に預かりました、第二〇小隊のナターシャです」

白拳銃を構えたが名乗る。

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