《傭兵と壊れた世界》第百十三話:最上階の祭壇にて
アーノルフとの會話で何度か耳にするうちに、興味をもって調べたことがある。
白金の悪魔。
朽ちた聖城での襲撃戦をきっかけに周知されるようになった第二〇小隊の狙撃手だ。悪魔と呼ばれる理由は戦した者の特徴的な話にあり、彼はどこから狙っているのかもわからぬ遠距離から特別なで狙ってくる。全が結晶化したローレンシア兵が何人も報告された。その容赦のない戦い方や、接敵した兵士の限りなく低い生還率から悪魔と稱されるようになった。
「大丈夫、巫つきは眠っているだけですよ。口のうるさい研究者が作った薬です」
天巫は鋭い目つきで睨む。警戒は當然。非力な天巫が実力で敵う相手ではない。だが渉するための力は持っている。なくとも、話し合いの意思があるからこそ彼は天巫を殘したのだから。
「祭壇に押し掛けてきた傭兵は初めてだよ。君の目的はなにかな?」
白金と白銀。唯一無二の二人が祭壇で見つめ合った。
「あなたに足地の場所を探してほしいのです」
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「足地?」
天巫は予想外の返答に困した。天巫の力を利用しようとする者はたくさん見てきたが、足地の場所を知るために襲撃する者は初めてだ。
「まさか、足地に古代の大量殺戮兵が?」
「いやあ、たぶん無いと思いますよ」
「では、ローレンシアを揺るがすが眠っていて、それを手にれるために?」
「そんなものがあるならし気になりますね」
ではなぜ足地を探すのだろうか。兵でないならば毒や薬の類いか。首都モスクに繋がるの抜け道か。もしくは、失われた太古の技を記したがあるのか。
悪魔が口許をやんわりと曲げて「天巫様は創造力がたくましいようです」と微笑んだ。
「騒な言葉が頭の中で飛びっているのでしょうが、我々はただ、綺麗な星空が見える足地を探しているだけなのです」
「そのために襲撃したと?」
「信じられませんか?」
ふわり、と嫌な気配がした。花弁が音もなく開くようにいつの間にか空気が張りつめている。誰かが尋常でない敵意を発しているのだ。
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「――信じられんな」
背後から聞こえた聲。それを認識した瞬間にナターシャは銃を構えながら振り返った。
目の前に拳。來る。回避は不可。銃をつかんだまま左手でけ流す。これはフェイクだ。次の膝蹴りが本命。今度は銃を捨ててけに回った。
「ぐっ……!」
が軽く宙に浮く。さらに敵は腰を落として拳を構えた。明らかに義手とわかる鋼の右手がみえる。今の勢でアレをけるのはまずい。
(マリー……!)
とっさに髪飾りの力を使った。マリーのように他人の重力を自由にることは不可能だが、相手のをほんのし軽くして重心をずらすことはできる。
覚悟を決めて両腕でけた。衝撃、はじかれるように飛ぶ。軽減してなおこの威力だ。ナターシャは両腕に響くジンジンとした鈍痛に顔を歪ませた。
「君が名無しの五人目(ジェーン・ドゥ)だったのか。天巫を狙うとわかっていたら孤児院で捕らえたのに、私としたことが失態だ」
アーノルフ元帥だ。彼は不可解な表で自分の右手を見つめた後、その鷹(たか)を彷彿させる瞳でナターシャを貫いた。重厚な殺気。孤児院で見せた和やかな顔とは異なるアーノルフの素顔だ。
普段は手袋で隠されていたが、彼の右手は義手である。大國特有の耐結晶技で作られており、その強度はソロモンの鋼鉄にも劣らない。
(まさか同じ考えをするとはね)
アーノルフは巫付きの裝を著ている。ナターシャと同じように巫つきの格好で隠れていたのだ。沢のある長い金髪と中的な顔立ちが違和を消失させた。いささか長が高いが、だと言われても信じるものは多いだろう。
「どうしてあなたは眠らないのかしら?」
「私は立場上、狙われることが多いから対策をしているのだ。特に毒や薬の類いは特別な調合をしたもの以外は効かない」
義手を何度か握りしめて異変がないことを確かめるアーノルフ。彼は右手だけでなく蔵の一部も化しており、たとえベルノアの睡眠薬を食らってものが彼を覚醒させる。
(祭壇で銃は使えないはず。天巫がいるから派手なきもできない。來るなら弾戦かしら)
ナイフを構えた。死人を出さないつもりだったがアーノルフ相手では話が別だ。先の攻防で彼の力量は把握した。向こうも殺す気でくるだろう。
「には優しくするべきよ元帥様」
「優しくすれば君は大人しく捕まってくれるかい?」
「それは無理ね」
両者、激突。
祭壇が風が吹き荒れる。二人の戦士による本気の戦いだ。アーノルフは母數の大きなローレンシア軍で頂點にのぼり詰めた化け。対してナターシャもイヴァン流の格闘にマリーの反重力を組み合わせた技を使い、銃を使わないという條件下であればイヴァンに匹敵する力を発揮できる。
「結局爭うことになるのね! こっちは平和的な解決をんでいるのに!」
「無茶な話だとわかっているだろう? 第二〇小隊との因縁は深い。言葉ひとつで信用できないほどにな!」
アーノルフの右腕は脅威だ。鋼の塊で毆られればナターシャの細腕は簡単に折れてしまうだろう。マリーの反重力がなければけ流すことすら不可能。ナターシャは防戦に徹しつつ反撃の機會をうかがった。
右、避ける。左は大丈夫。次はどこ。蹴りには反重力をのせた回し蹴りで対応。痛い。打ち合うたびに痛い。やはり狙撃のほうが楽だ。毆られた箇所がジンジンと痛む。
「天巫様、今のうちに退避を!」
「させないわ!」
ナターシャは一歩下がってから大きく跳躍し、アーノルフとの位置をれ替えた。ナターシャが祭壇のり口に立つような格好だ。
ナターシャがまともに戦えているのはの存在もあるが、それ以上に大きいのが戦いの中で磨いた視力の影響だ。見えた瞬間にく。脳で考えるのではなく、脊髄でかす。本能に染みついた回避行。
敵の拳を無意識にけ流す訓練はイヴァンに教えられた。そのために何度も地面を転がったが、ナターシャは諦めずに耐えた。當時は狙撃手が格闘を學ぶ意味が本當にあるのかと疑ったが、あの日の苦労があったから今戦えている。
「邪魔をしないでよ!」
「君が言うのか! 何度も私の邪魔をした、第二〇小隊の君が!」
「それは私がいない頃の第二〇小隊でしょうが!」
だが、長く打ち合えばどうしても覆すことのできない差が生まれる。男の格差だ。基本的に奇襲や搦手(からめて)を好むナターシャにとって正面での戦いは苦手であり、しかもナターシャの反撃はアーノルフの義手に防がれるため、無理に打ち込めばナターシャが傷を負いかねない。
不利な戦いだ。だが、退けない。階下でイヴァンが戦っているのだから。
「……」
天巫は惚(ほう)けたように見った。彼にとってアーノルフの戦う姿を見るのは初めてだ。ずっと塔の外側の話だった。命を燃やしてでも勝利を得んとする闘爭。武を磨いた者たちの戦いは見るものに恐怖以外のを與える。
やがて天巫は気付いた。両者の貌(かお)が同じなのだ。誰かの願いを背負って戦う者たちはかくも気高い。戦場でのみ描かれる蕓が存在する。それが武の拮抗。
「なぜ戦う!」
「夢のため! あなたは!?」
「夢のためだ! 奇遇だなァ!」
夢を追うためにすべてを投げうつ者たちは、たとえ敵同士であっても同じ視線に立っている。優しさで人は救えない。必要なのはいつだって力だ。世の理不盡に耐える神力と、世の理不盡を打ち砕く武力。その両方を手にした者だけが立つことを許される。
「私だって」
天巫は手をばした。両者から発せられる覇気の嵐に足を踏みれた。
「私だって……!」
アーノルフを知りたい。彼のことも知りたい。彼らの戦う理由を聞きたい。
それは天巫にとって初めての自分勝手な行だった。アーノルフの後ろに隠れていたほうが安全なのはわかっているが、彼はどうしても「知りたい」というを抑えられなかったのだ。守られるだけの存在ではアーノルフの隣に立てない。一歩踏み出す勇気こそ力。
「……!」
気付けば両者の間に割り込んでいた。前方にナターシャ、後方にアーノルフ。二人とも驚いている様子。そんな両者に天巫は毅然(きぜん)と答えた。
「あなたの要求をのみましょう」
「天巫様、なにを……!」
アーノルフがんだが天巫の意志は固い。
足地を探すだけならば簡単だ。問題は、その行為がローレンシアにどう影響を及ぼすか。ひいては國民を悲しませないか。つまり、自分の行は國への背信だと理解しているのだが――。
「その代わりに祭りの間だけ私をさらってよ。そしてあなたのことを聞かせて」
天巫は民よりも自分の気持ちを優先した。
(許してよアーノルフ。私は世間知らずでいたくないんだ)
天巫はまだアーノルフと同じ場所に立っていない。泥を被(こうむ)らなければ見えない世界がある。
だからこそナターシャの要求を飲み、彼のことをもっと知れば、アーノルフが考えていることが分かるかもしれない。同じ領域。同じ視界からアーノルフを見れば――。
たくさんの人に迷をかけるだろう。親衛隊が命を賭して守ろうとしてくれているのに、自分勝手な願いで彼の要求を飲もうとしているのだから、彼らに向ける顔がない。
だが後には引けないのだ。天巫は心の中で謝りながら悪魔と契約を結んだ。
年明けから投稿頻度が上がります。
良いお年を~!
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