《傭兵と壊れた世界》第百十五話:後夜祭

霊像襲撃事件の翌日。ナターシャ達は何食わぬ顔で後夜祭を楽しんでいた。無論、これは「私をさらって後夜祭に連れて行け」という天巫の要に応えるためである。決して遊んでいるわけではないのだ。

「俺とナターシャは親衛隊に顔がバレている。あまり目立つような行は避けてくれ。天巫様はどこに行きたいんだ?」

「アーノルフと會う前に服を買いたいんだ。良い店を知っているからついてきてよ」

「……その服じゃだめか?」

「男が會うのに戦闘服はないでしょ」

天巫は目立たないように傭兵の隊服を著ている。イヴァンは同意を求めるようにナターシャを見たが、同じく首を振られた。意外と似合っているのだがダメらしい。

天巫は慣れた様子で路地を抜けると、いかにも地元の住民しか知らないような街外れの店にった。

「ごめんくださーい、誰かいる?」

「あらお嬢ちゃん、久しぶりね」

「のんのん、お姉さん、今日の私は初めましてなの」

「ああ、なるほど。いらっしゃいお嬢さん、服をお求めかい?」

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店主と親しそうに話す天巫。傭兵二人は顔を見合わせる。これは普段から遊んでいるな、と。

ちなみに天巫は顔を隠していない。顔を隠すことがバレに繋がるからだ。

「みてみてナターシャ、ラスクでは袖のない服が流行っているの。こんなのはどうかな?」

「すごく似合っていますよ。ついでに耳飾りも買いましょう。どんなのが好きですか?」

「アーノルフはどんなのが好みだろう?」

「さあ、私は一度しか會ったことがないから分かりません」

「アーノルフに會ったの? いつ、どこで!?」

「ああ、いや、ちょっと、個人的な用事で出掛けたときに――」

「アーノルフと個人的に會った!?」

天巫の剣幕にナターシャは思わず後ずさる。

二人が買いに夢中になっている間、イヴァンは外で煙草を吸っていた。との買いには下手に口を挾まない、というのが彼の処世だ。災いれるべからず。ぷかぷかと白い煙が宙に溶けていく。

やがて著替えた二人が店から出てきた。

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「どうかしらイヴァン」

「ああ、二人ともよく似合っている……というか、お前も買ったのか」

「だってシザーランドにお灑落な仕立て屋がないんだもん。帰るうちに買っとかないと後悔するわ。どうせ金があっても使いきれないんだから」

「ちなみに、その金はどこから出るんだ?」

「そりゃあ紳士な男の懐からよ?」

紳士な男は煙をぷかぷか。銃を新調しようかと思っていたがし先になりそうだ。

それから三人は待ち合わせ場所である第三ミシェラ教會に向かった。主塔三階にあるため人通りがなく、萬が一バレたとしても騒ぎにならないからだ。

「ねえナターシャ、やっぱり一緒に來てよ」

「行けるわけないでしょう。我々はお尋ね者ですよ」

「そのわりには堂々としているじゃん?」

「誰かさんに連れ回されているせいです」

「ナターシャも楽しんでいたくせに」

待ち合わせの場所には既にアーノルフの姿があった。見慣れた軍服ではなく、仕立ての良い禮服を著ている。

「わああ、アーノルフは何を著ても似合うね……私の長がもうし高かったらよかったのに。ねえナターシャ、私変じゃないかな? もう一度整えてきたほうがいい?」

「いつまでも待たせたら可哀想ですよ。ほら、行きなさい」

愚図る天巫の背中を無理矢理押して、アーノルフのもとに向かわせた。彼は天巫が來ると知っているはずだが、大袈裟に驚いた様子を見せる。もしかすると天巫の私服姿にときめいたか。ナターシャは影で溫かく見守った。

「さて、俺たちも行くか」

「ようやく帰還?」

「いいや、その前にやることがあるだろう?」

無論、星天祭の食巡りである。

ナターシャが「一刻も早く街を出るべきじゃない?」と聞くと、イヴァンは堂々と「これも調査の一環だ。食生活から読み取れる報は存外多いのだ」と主張した。おおかた祭りを楽しみたいだけなのだろう。ナターシャは呆れつつも満更ではない様子で付き合った。

「俺は祭りが初めてなんだ」

「そうなの?」

「ジーナも俺も、ずっと戦いっぱなしだったからな。良いもんだ、祭りは。シザーランドとは違う活気がある」

「油斷しちゃダメよ。いつ親衛隊の追手に見つかるか分かんないんだから」

「そう思うなら今すぐ帰るか?」

ナターシャがふるふると否定した。彼の両手には名の串が握られている。

「私はヌークポウで何度か行ったことがあるけど、これほどの規模じゃなかったわ」

「何かが違えば、お前もこんな風に店で料理を出していたかもな」

「そうかもねえ。それはもう、私じゃないけどね」

右で左でちんどんかんどん。今日は星天祭の最終日。誰もが幸せそうに祭りを楽しんでいる。

ああ、とナターシャは理解した。なぜイヴァンが祭りにこだわったのか。それはミラノ水鏡世界が最後の旅路になるかもしれないからだろう。もちろん生きて帰るつもりだ。だが命危(あやう)し傭兵稼業。死と隣り合わせだからこそ今のうちに楽しまなければならないのである。

「來てよかったね」

二人は上機嫌で雑踏に消える。その姿は純粋に祭りを楽しむ旅人そのものであり、彼らをルーロの亡霊だと気付く者はいない。

「本當に行っちゃうの?」

後夜祭を堪能した傭兵二人は最後に孤児院へ向かった。別れの挨拶をするためだ。ちょうどシェルタが子供達の面倒をみている時間であり、ナターシャが訪れると子供達は蜘蛛の子のように散った。

「そうよシェルタ。私はもう傭兵だから」

「じゃあ私も――」

一緒に行く、とは言えない。影で子供達がみているから。

まだまだチビッ子なシェルタだが、彼はもう孤児院の年長者なのだ。シェルタがいなければ子供達の面倒をみる人がいなくなる。

ナターシャが子供達に視線を向けると、怯えて顔を引っ込められた。知らない子ばかりだ。移設された際に大規模なれ替わりがあったのだろう。ヌークポウにいた頃は腹を減らした子供達がよく集まってきたのだが、今は怖いお姉さん扱いである。

「変わったねえ」

「うん?」

世の移り変わりに一抹の寂しさをじながらナターシャは立ち上がる。長く居座ったら迷だろう。傭兵が出りしているとなれば孤児院に悪い噂が立つ。

またね、と告げて孤児院を出た。イヴァンが花壇を眺めている。まだ植えたばかりで花が咲いていないが、たくさんの芽が顔をだしていた。

「次に來たときには咲いているかもな」

「じゃあまた見に來ないといけないね」

時間は夕暮れ。塔の中なので夕日は見えないが、外壁の空気窓が順番に閉じていき、都市の明かりも一段階暗くなる。

明日の早朝に出発しよう。そう言って宿に向かおうとした時、二人の背中から聲をかけられた。

「もう行くのかい」

傭兵二人が振り返る。立っていたのはアーノルフ。天巫の姿はない。

「こんばんはアーノルフ。天巫と一緒じゃないの?」

「先に帰らせた。これ以上連れ回すとアメリアが発狂しそうだったからな」

イヴァンがいつでも銃を抜けるように手をそえている。アーノルフもまた警戒した様子だ。

「先に言っておくが謝はしない。貴様たちは襲撃者であり、傭兵だ」

「もちろん要らないわ。私たちの目的は果たせたし、あれは天巫が提示した対価よ」

「なら構わん。それで一つ提案なのだが、ナターシャも孤児院にらないか?」

イヴァンが銃を抜いた。そのふざけた口を撃ち抜いてやろう、と顔が言っている。ナターシャがすぐに銃を下ろさせたが、二人の間に剣呑な空気が流れた。

「おかしな話ではないと思うがね。君とシェルタは家族同然。しかも君は孤児院の出だ。家族のもとへ帰るのは自然な流れだろう?」

「寄宿舎の出よ」

「同じではないか」

「全然違うの。せっかくのおいだけどお斷りよ」

アーノルフが殘念そうに肩を落とす。なぜナターシャを勧するのか。イヴァンは不思議そうだったが、ナターシャには心當たりがある。

「ねえ、それって天巫のため?」

封晶ランプが影を落とした。夕暮れ時の孤児院前。祭りから帰る人々の聲が遠くで聞こえる。

「なぜ天巫の名が出るんだい?」

「だってここは、天巫様がいずれお世話になる場所でしょ? それで私は彼の護衛にしいってことじゃないの?」

アーノルフは意味ありげに笑みを深めながら続きを促した。

「天巫様が大好きな元帥殿は彼を自由にしたいと思った。それで邪魔な元老院の力を弱めて天巫を祭壇から引き離した。ローレンシアが侵略を繰り返したのも、天巫なしで戦えるぐらい國を強くするため。そしてこの孤児院は天巫が普通の暮らしを送るためのけ皿ってとこかしら」

イヴァンが「そうなのか?」と見てきたから「知らないわ」と返した。だって元帥様は話す気がなさそうだから。

「天巫の座を引きずり下ろす、か。アメリアが聞いたら何て言うかね」

「私の妄想はどうだった?」

語としては上等だ」

高評価らしい。ナターシャは肯定だとけ取った。

「あんたは世間話をしに來たのか? 元帥ってのは暇なんだな」

「傭兵はせっかちで困る。そう焦るとお目當ての足地にだって手が屆かんぞ」

「俺は無駄を嫌うだけだ」

「そのわりには隨分と楽しそうだったじゃないか」

祭りを、という意味だ。見られていたのかとイヴァンが顔を渋くする。

「ハハ、そんな顔をするな。天巫様が狙われたならば私もくさ。貴様たちのきは監視していた。もしも天巫様が怪我を負っていたらシザーランドとの全面戦爭だっただろう」

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」

「そりゃあ冗談じゃないからな」

アーノルフがくつくつと笑う。

「まあいい。私も第二〇小隊の目的には興味があったんだ。だからこれは、そうだな、世間話の延長だ」

彼は続ける。

「忘れ名荒野の大斷層は地上から目指してもたどり著けない。荒野の蜃気樓が道を迷わせる。だから君たちの國、シザーランドの地底から行くといい」

「シザーランドの地底?」

「そもそもシザーランドの峽谷は大斷層の一部だ。君たちが住む深い谷は忘れ名荒野を越えてローレンシアにまで続いている」

「その話、証拠はあるのか?」

「疑うなら原住民に聞けばいい。シザーランドには鷲飼いの狩人がいるだろう?」

イヴァンは頷いた。良くも悪くも二人の付き合いは長い。ずっと腹の探り合いをしてきたが故に、この報は信用できる。

「禮は言わんぞ。これは世間話なんだろう?」

「そうだ、ただの世間話。偶然通りすがった住民と旅人のな。だからここに傭兵も、元帥もいない。私も、君たちも、何も聞いていない。いいね?」

「ああ、いいぜ。孤児院のことも、元老院のことも知らない。だからお互いにこれ以上の干渉は無しだ」

イヴァンが薄く笑みを浮かべた。憎み憎まれの関係だが初めて手を組めた気がする。

今度こそお別れだ。立ち去る前に一言、ナターシャが忠告した。

「ねえ素敵な紳士さん。因果は巡るよ。清算の時に気を付けて」

封晶ランプがぽつぽつと消え、夕暮れから夜へ、街の雰囲気が切り替わる。闇に溶ける二人の亡霊。

「ご忠告どうも、お嬢さん。だが止まらんよ。星天教を司(つかさど)るこの國で、私は神なき時代をんでいるのだから」

男もまた夜に消える。彼の覇道も闇の中。

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