《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》13
「どうしたの? 逃げないのかい?」
エインズはそれを何もせずにこりとリディアに微笑みかけるだけ。
「っ!」
數拍遅れて思考が戻ったリディアは飛び退いてエインズから距離を取った。
「舐めてくれるじゃないか。なるほど、どういうわけかあたしの魔のタイミングが分かるらしいな。だけど、跳ぶだけの能じゃないんでね!」
リディアは目だけをかし、書斎の中を再度確認する。
彼の魔のトリガーになるものの確認。
書斎から青々とした木々を覗ける窓もいまは、暗闇を映しエインズやリディアらを映す鏡と化している。
(これがまず一つ)
書斎の天井から吊るされた室燈。リーザロッテの部屋にあったものに比べ隨分と質素なものではあるが裝飾がなされている。
(これは使えるか……?)
とりあえずこれも候補にいれておこうとリディアは室燈の位置を確認しておく。
書斎に並ぶ調度品も確認するが、魔のトリガーになりそうなものは見當たらなかった。
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「……辺境の領主程度では期待しすぎか」
思わずぼやくリディア。
リディアは服の側から針を一本取り出して構えた。人差し指と親指の二本で持ち、指の間で転がしながら遊ぶ。
「それじゃ、気を取り直していかせてもらうよ!」
リディアはをかがめて前に飛び出す。
「えっ?」
驚きの聲を上げたのはエインズではなくソフィア。これまで瞬間移を続けてきた彼がここにきて正面から突進をしかけてきたことに驚いたのだ。
「針による刺突。でもどうして突進? 二度防がれただけで、魔でフェイントをかけながら死角から攻撃した方が有効ではないのか?」
相対するエインズに一切の驚きはない。
その魔眼が驚く必要はないと眼の持ち主にささやきかける。
「次は何をしてくるのかな?」
焦りを浮かべる様子もないエインズを前に、リディアは駆けながら針を持った手を後ろに回す。
リディアの背後には鏡と化した書斎の窓。
「限定解除『鏡通り』」
リディアは後ろ手で針を指ではじく。
弾いた瞬間にトリガーは引かれ、魔が発現する。
(狙いは……)
狙いを定めながらリディアは速やかに背中に仕込んでいた針を取り出して、駆けながらエインズに見せつけるように橫に構えて持つ。
あたかもずっと針を持っていたと言わんばかりにわざとらしく。
懐までったリディアは持っていた針でエインズの左太もも目掛けて刺突する。
「安直だね」
銀に輝く針をバックステップで避けるエインズだが、その視線は下に向けられる。
それなりの速さで突進をしかけてきたリディアだったが、エインズが避けられないほどでもない。一般的に、魔法士を相手にした最善策は接近戦へと持ち込むことだがそれはエインズには有効打とはならない。
剣を會得しているエインズは接近戦の対応も剣王以上の技量を持っている。リディアのこの程度の刺突など攻撃ともじない程だ。
「安直なのはお前だ馬鹿」
リディアの聲、視線を下に向けられたエインズの右方から勢いよく放たれる針。
リディアの魔による鏡と化した窓をトリガーとした通り道を抜け現実世界に再び放たれた針。
それはトリガーとされた窓が映す景に限定して、自在にの移を可能としたリディアの魔。
もちろん窓を覗き込む角度によって映す景は違うが、條件となるのはリディアが視認した時のもの。
よって今、窓に設定されている景の範囲は先ほどリディアが書斎を見回しトリガーを探していた時に設定されたもの。
エインズのこめかみを貫かんと走る銀針は完全にエインズの死角からの攻撃。加えてリディアによる視線導、針の所在確認も既になされている。
つまりこれは完全なる不意からの一撃。
リディアの自の瞬間移による攻撃も、攻撃の雰囲気をみせてしまえば相手に警戒心を持たれるのは必至。死角からの攻撃も警戒していれば技量を持つ者ならば対処可能だろう。
だが不意の一撃は、その攻撃に対して警戒を持たせることもさせない。攻撃の可能を認識させない。非認識からの攻撃こそが不意の一撃となりえるのだ。
能ある鷹は爪を隠す。
リディアの分かりやすいき方はこの不意の一撃を放つための下準備だったのだ。
(これで終わりだろうが、念には念をれておくか)
刺突を躱されたリディアは今、室燈の下に立っていた。
上を見上げ、近くからトリガーの可不可を確認する。
そしてそのままエインズの顔の右にし外したところに投擲した。當たりかねない方向に投げてしまうとすでに橫から飛んできている針の線から外れた回避行を取ってしまうかもしれない。
それを避けながらも二の矢をセット。
リディアは今度、室燈のアームや飾りの反をトリガーに魔を発現させる。
エインズに回避行を取られることもなく顔の橫を飛んで行った針はそのまま魔のパスに溶け込んだ。
直後、銀針はエインズの側頭部を貫いた。
「二の矢、要らなかったな」
「何が要らないの?」
エインズのこめかみを貫いたかに見えた針だったが、當たる直前にエインズは針の姿を確認することもなく回避行を取っていた。
すんでのところで空を切った針はエインズの顔の前を過ぎていき、書斎の壁に突き刺さった。
「ど、どうして!?」
リディアは思わず聲を裏返らせた。
彼の自信があった不意の一撃が、視認されることもなく回避されたことに驚きを隠せない。
「僕の眼はよく見えるんだ」
「なにを……」
リディアは懐にったところからエインズの瞳を見つめる。
そこでやっと彼は気づいた。エインズの右目、その瞳のが変化していることに。この変化は不自然なもの、彼の口ぶりからして魔法か魔によるものだと。
魔による攻撃にも対応したところを見るに、この紅い瞳は魔によるものだとリディアは理解した。
(右腕だけじゃ、なかったのか……)
ルベルメルから聞いていた話とは違う。右腕の話ばかりでその能力も聞いていたところ大したことはなかった。
話が全然違う。
(不意の一撃すら看破するその瞳の方が、なんでも手に出來る右腕よりも脅威じゃないか)
だとするならば——。
「……次は、上かな?」
「っつ!?」
エインズの呟きで、一瞬にしてリディアは汗が噴き出た。
看破されている。パスの中にいる針ですらすでにエインズは確認していた。
だが、
(まだだ。こいつはまだあたしの魔がただの瞬間移としか認識していないはず)
針の筵にしてやる。
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