《傭兵と壊れた世界》第百十七話:幕間 大志を掲げた醫師団

醫療に長(た)けた國があった。だが技力がない。他國から領土を奪うような力もも持っていない。そんな國が百年戦爭の終結後、結晶にのまれて國土を失ったのは至極當然な結末だった。醫學だけで生き殘れる時代は終わったのだ。

軍醫だったソロモンは故國が滅亡した後、同じく軍醫の夫と醫師団を結した。世界勢が過激化する中でしでも多くの人を救うために、同胞を集めて各國を巡った。時には濡れた手で謝をされ、時には流れ弾で仲間を失いながらも、醫師団は足を止めずに國を渡り続けた。

「醫師団といっても小さな組織です。大抵の設備は戦爭で失われてしまったので、救える命に限りがありました。無償で奉仕をしていたら私たちが飢えてしまうので、対価を払えない者は後回しです。取捨選択の日々……人を救うために治療をしているのか、それとも自分が生きるために治療をしているのか、私も、夫も、誰もが分からなくなっていました」

たまに「話がある」と言われて全員が集められることがあったが、大抵が悪い知らせだ。支払い前の患者に逃げられた程度ならば可いほうである。強盜や敵襲、同胞の死。酷いときは結晶化した味方の処理をしたこともある。自分たちを守るために醫師団も武裝をするようになり、右手に薬を、左手に銃を持った彼らは「醫師様」ではなく「命の選別者」と呼ばれるようになった。

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「救援要請をければどんな戦地にだって足を運びました。今にして思えばそれが間違いだったのでしょう。ローレンシアと戦爭中のとある國に訪れた時、醫師団は世の地獄の一端を見ました。民が自國の軍と戦っていたのです」

侵略をけて政がぼろぼろになったのだろう。味方であるはずの軍人が街の住民を襲い、犯し、奪っていた。そして住民もまた反旗を翻(ひるがえ)さんと決起し、民と軍が、軍とローレンシアが爭う、三つ(どもえ)の戦場になっていた。

「我々は関わるべきではなかったのです。ある日、同僚がローレンシア軍の捕虜を治療しようとすると、軍人と間違えられて民に殺されました。またある者は民を説得しようとして怒りを買い、磔(はりつけ)にされて朝日を迎えました。それでも、私たちは醫師であり続けようとした。敵味方を問わずの人命救助こそが、醫師団の存在意義でしたから」

板挾みというのは辛い立場だ。軍に協力すれば民から反を買って食料を売ってもらえず、民に寄り添えば軍の厳しい弾圧をける。特に醫師団のリーダーであるソロモン夫妻は激しい非難をうけた。

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恫喝に近い無茶な要求。拷問をける捕虜の治療。結晶化が始まった患者の始末。焼け落ちた家屋の中で我が子を抱き、治してくれと懇願する母親。そんな彼の聲に耳を塞いでパンを買い、痩せこけた子供たちの前で食らう。腹が減っているのに食事がを通らず、水で無理やり飲み込んで、さあ仕事。

逃げることは出來ない。貴重な醫師団を、軍が、民が逃がしてくれない。もっと早く他の地に移るべきだった。

敵は誰だ? 軍か? 結晶か? ローレンシアか? 尊厳と人命は比べるに足るか?

奉仕せよ、奉仕せよ。

助けてくれと言われてもあなたは手遅れですよ。この子は何だって? 夜中に駆り出されて帰れずに結晶化した後輩です。彼の死を無駄にしないために、治療法がないか今から試すのです。人でなし? 面白い冗談だ。

助けてくれ、治してくれ。正気を保つために知らんぷり。醫師が狂ったら誰も助からん。

奉仕せよ、奉仕せよ。

「次第にローレンシアの攻撃が激しくなりました。拠點は次々に壊滅し、醫師団が駐在する拠點を攻められるのも時間の問題となりました。それでも逃げられない。我々は非力でしたので」

再三にわたる出國の申しれは卻下された。軍は「機報が洩する危険があるため認められない」と説明したが、つまるところ、で人手不足に陥(おちい)った彼らは醫師団を手放したくなかったのだ。大國という共通の敵が目の前に迫ったことで、軍と民はようやく手を取り合った。協力して醫師団を監視するほどに仲を深めた。

「そして彼が、ホルクスが現れた。彼は容赦なく拠點を焼き払いました。他國に対する見せしめの意味もあったのでしょう。大國の軍事力によって、拠點はあっという間に火の海です」

イサークという歯止め役(ストッパー)がまだいなかった頃、ホルクスの戦い方は苛烈の一言に盡きた。戦場で散ることが戦士の譽(ほま)れだといわんばかりに攻める、攻める。

民間人への発砲は止だ。國との間で取り決められたルールであり、いかに大國といえども破れば他國から非難される。だが全部焼いてしまえば分からんだろうとホルクスは考えた。

「醫師団は混に乗じて出しようとしました。ですが運が悪い。逃げた先でホルクス部隊と鉢合わせをし、彼らは軍用の機船ではないと理解しながらも撃ってきました」

醫師団の薄い船では耐えられない。蜂の巣にされる仲間たち。

「夫は抱き締めてくれました。燃える船で、私を守ろうと。人(・)の(・)筋(・)(・)は(・)背(・)中(・)よ(・)り(・)も(・)お(・)腹(・)の(・)方(・)が(・)強(・)い(・)、というのはご存じでしょうか?」

燃える船に取り殘されたソロモン夫妻。機船の腳が破壊されて大きく揺れた。抱き締める力がよりいっそう強くなる。

「筋は燃えると凝固します。すると、どうなるでしょう? 収する力がより強いお腹の方へ、赤子のように丸まるのです。夫の腕は、私を逃さないための檻に変わりました」

燃える夫。肺を焼く熱気。離してくれ、とを押しても、背中から撃ち抜かれた夫は既に息をしていない。

「私は逃げようともがいた。だけど非力なでは夫の腕を外せない。私は、する人に抱かれながら燃えた。腳をバタつかせて、何度も夫を叩いて……船の力源が破壊されたのは幸運でした。発の衝撃で投げ出された私は意識を失った」

大破した機船の殘骸に埋もれて見つかったソロモン。その慘狀は生きていることが奇跡といえるほど。

「目覚めたとき、私は第二〇小隊の船にいました。投げ出されてもなお、夫は私の足にしがみついて離さなかったそうですよ? だから私の両足は丸焦げ。中途半端に投げ出されたせいで左腕も結晶化。ベルノアがいなければ確実に死んでいたでしょう」

命を取り留めたが重傷に変わりない。肺を焼かれたため息を吸うだけで激痛が走り、失われた手足の幻肢痛が晝夜を問わず苦しめる。

間近で燃える夫の姿。戦爭によるPTSD。睡眠薬で無理やり眠り、痛み止めを打っても完全には消えず、生と死の境目をふらふらと行き來する日々。

は何かに頼らねば生きられなかった。復讐が拠(よ)り所になった。心を燃やし続けるためにソロモンは止まらない。容赦もしない。

命を救う醫師から、命を奪う傭兵へ、炎を宿したは鋼鉄を纏(まと)う。

軍と民とローレンシア、どれが悪いかと問われても彼はわからない。だが軍と民は國もろとも滅ぼされた。ならばあの地獄を作り上げた男、ホルクスを討つことを自らの最終地點にしよう。

故(ゆえ)に、あと一歩のところで止められたソロモンの無念は計り知れないだろう。ユーリイの命令に従った理由は二つ。一つはルーロ戦爭時代の戦友だから。そしてもう一つは、ミラノ水鏡世界にたどり著く前だから。命令を無視して強引に突撃すればホルクスと戦えただろうが、第二〇小隊の悲願が葉う前に命をなげうつことは出來なかったのだ。

ナターシャは無言で話を聞いた。すっかり靜まり返ってしまった留置所。窓から差し込む夕日が彼を赤く染める。

「私が焼夷砲を使うのは、を焼かれる苦しみを彼らにも味わってほしいだけなのです」

鋼鉄の乙は冷めやらぬ炎を抱く。

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