室燈をトリガーにした魔パスを抜けて飛び出した針は十數本。アームや裝飾、針の姿を映したトリガーの數は十數個あった。

そのどれもから同じ一本の銀針を出したのだ。それによって分したように増えた針。

針の雨がエインズを襲った。

「へえ！　これは驚いた！」

エインズ自も一本の針に対する回避行を考えていたようで防魔法を使うことを考えていなかったようだ。

生の回避行では限界がある。

「っ！」

間近で見ていたリディアでも驚くエインズの優れた足さばきだったが、それでも數本エインズの頬を掠めていった。

「……まじかよ。これでかすり傷程度かよ」

バックステップでエインズから距離を取ったリディアは額を流れる汗を袖で拭って愚癡をこぼした。

「エインズ様！」

頬から出したエインズを見て、慌てて駆け寄ろうとするソフィア。

「大丈夫だよ、ソフィア。いま僕はすごく楽しい」

「エインズ様……」

ソフィアが覗いたエインズの橫顔は本當に満面の笑みだった。

頬から垂れるを気にすることもなく、心の底からリディアとの対峙を楽しんでいるようだった。

「楽しいかい。そりゃよかった」

「あんまり期待していなかったけど、君の魔は本當に楽しい。本當に魔師どうしの戦闘ってじだよ」

手を広げ語るエインズの聲は嬉々としたもの。

打って変わってリディアの表はい。

「つってもお前は右腕を見せてねえ、見せてくれたらあたしはもっと楽しいがな」

エインズは「ふむ……」と顎に手をやりし考えた後、口を開いた。

「そうだね、そこまで見たいのなら見せてあげよう。なにせ今は魔師どうしの決闘なのだから、それ相応の魔を見せないとね」

「いや、べつに決闘のつもりじゃ——」

リディアの言葉を待たずにエインズは紡ぐ。

それはリディアが耳にしたことのない言葉。

「——不完全解除『萬能なる右腕』」

「「えっ？」」

一つはリディアのもの。そしてもう一つはソフィアによるもの。

ソフィアも知らない、限定解除のその先にある魔の在り方。

「なんだ、君はまだ至っていないのかい？　なら、勉強していくがいいよ。魔の第二段階、不完全解除を」

リディアの瞠目した表、これだけで彼が魔師として歩んできた歴史が淺いことを語っている。

魔師として生きていれば、自が不完全解除に至っていなくとも至った人間と対峙することもあるだろう、リディアにはそれがない。

加えて、先述リーザロッテと対峙したと自分で言っていたリディアが彼から魔の第二形態を見せてもらえていない點、これだけでリディアの評価というものが知れる。

（不完全解除……？　聞いたこともない。魔の第二段階、ってことはあたしの魔はまだ完されたものじゃない？）

自信に満ちたエインズを前にリディアは戦慄した。

この世界において魔師というものは珍しい存在のようで、リディアは自の他に魔を扱う者とこれまで會ってこなかった。

だからこそリーザロッテと対峙するまでは他者と比べ自の絶対の優位を疑わなかったし、結果もその通りになってきた。

魔と対峙して、自分と同等の存在がいることにし揺してしまったリディアだが、とはいえ魔が特別なだけで、他に魔師が存在したとしても自分の魔の優位は揺るがないと信じていた。

「だ、だが知っているぜ？　お前の右腕の魔は何かを奪うだけの魔なんだろう？」

「……」

不敵に笑うだけのエインズ。

「あたしから何を奪う？　この銀針か？　それでどうやってあたしを攻撃するつもりだ？」

自分でも喋りすぎだとリディアは理解していた。

焦りを隠そうと無駄に口がまわってしまう。聲が微かに震える。

ルベルメルからの報告をけたリディアだが、エインズの言うことが本當ならば彼が見た右腕の魔は第一形態の魔。

「奪う」のその先を、第二形態の魔をルベルメルもリディアも知らない。

つまり空回りしたようにリディアの口から発せられた指摘も的をていない可能すらあるのだ。

書斎にある燭臺の火が揺らめき、室燈の明りがエインズの右腕を照らす。

空だった右腕に半明な手首から先が現れる。

半明な手にはうっすらと管らしき管が指の先端まで通っているのが分かる。不気味さを帯びているものの、それが人間の手を模していることはリディアでも分かった。

だが、決定的に人外の手と認識してしまうのには、その存在が確定していないような半明さと管の中を赤いが流れていない二點がリディアにこれが魔だと認識させる。

（……けない）

リディアはけない。

魔を使えば設定したトリガーを引いて自在に移できるはずの彼が一切けない。いた先にあの右腕がどうリディアに襲い掛かるのか想像もできないからだ。

エインズはゆっくりと右肩に留めてある白手袋を左手で摑み、右手に嵌めた。

右手を何度か開閉させて合を確かめて頷くエインズ。

エインズの戦闘態勢が整ったと認識したリディアは思わず後ずさった。

「……疑似解除『強奪による慈(エナジードレイン)』」

ガクリ、と僅かだが力が抜けていく覚がリディアにあった。

直後、リディアがエインズの頬につけたはずの傷が癒されていく。それはポーションの治癒速度を凌駕して、元から傷などなかったとばかりに痕を殘さずあっという間に消し去る。

「それはリート年の魔！？」

リディアは思わずエインズの従者を見てしまう。

（あの治癒は魔なのか？　というかあの剣士、変なことを。あれは他者が使っていた魔だと？）

リディアは後先を考えずに、とりあえず持っていた針を真っすぐエインズに投げた。

攻め方を考えていないリディアの投擲は、魔のパスを通ることなくただただエインズの顔目掛けて飛ぶ。

「ふふっ」

これをエインズが避けられないわけがない。だが、彼はそれを分かっていて僅かに顔を橫に傾けるのみ。

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『隻眼・隻腕・隻腳の魔師２～森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに～』

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