《【書籍化】勇者パーティで荷持ちだった戦闘力ゼロの商人 = 俺。ついに追放されたので、地道に商人したいと思います。》49 クラリスの闘技大會②
「なっ……」
クラリスはバージェスの言葉の意味が理解できず、しばらく固まっていた。
「どうした? 怖気づいて逃げるのか? 逃げるって言うんなら、今の話はなかったことにしてやるぞ」
「舐めんなよッ‼」
そう言って、クラリスは再度木剣を構えた。
「本當に、それでいいんだな?」
「ああ……」
「そんなんだから、『向いてない』って言ってんだ……」
バージェスの、そんな最後の呟きは……
クラリスには聞こえていなかった。
引くべきところで引くことができない奴は、早死にする。
そんな奴らを、バージェスはこれまでに何人も見てきた。
無鉄砲に勇み。
「仲間のためだ」と聲高にびながら。
結局は何一つとしてし遂げられないままに短い人生を終えていく。
クラリスには、そんなふうになってほしくなかった。
いや……
そうじゃない。
バージェス自が……
クラリスが安否不明だと聞かされた瞬間のあの地面がぐらつくような覚を、もう二度と味わいたくなかったのだった。
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聖騎士として、數々の騎士たちを死地に送り込み。
自もいくつもの凄慘な戦場を経験してきた。
「そんな俺が、いまさら何言ってんだって話だけどな……」
「?」
「いや、なんでもない。お前がその気なら、全力でぶちのめさせてもらうぜ、クラリス」
「ああ、むところだよッ! バージェスッ!」
そうして二人は武を構え、互いに間合いの外で睨み合った。
→→→→→
「ちょっと待って……」
そう言って、クラリスは『印』を首から外してそれをもぞもぞと服の中にれ込んだ。
「下著の中に隠してやった。……取れるもんなら取ってみろ」
「……」
いつものバージェスならば、顔を赤くして慌てふためくであろうところなのだが……
今日のバージェスは、眉一つかさずに剣を構え続けていた。
ああ、やっぱり本気なんだな。
クラリスは、そうじた。
本気の本気で、私に冒険者をやめさせようとしている。
それがわかったら、思わず口元が緩みそうになった。
「じゃあ、行くぞッ‼」
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最初に仕掛けたのはクラリスだった。
左手の短い木刀をバージェスに向かって投げつけ、そのまま一気に距離を詰めていく。
だが、その突進はバージェスの木剣によって防がれた。
そしてその直後、バージェスの凄まじいカウンター突きがクラリスの腹に突き刺さった。
「ぐぅぅっ‼︎」
クラリスがを引きながら悶絶した。
「うわっ、ひでぇ。なんだあの大男?」
「知らねぇのか? バージェスだよ。商人アルバスの護衛で……例の騒じゃ、黒い翼の魔獣使いが集めてた魔獣の半分を、あいつが一人で斬り殺したっていう話だ。いまや世間じゃ『百獣殺し』なんて呼ばれてる」
「あいつが噂の……」
「そんな奴に狙われるとは……『キマイラ喰い』のねぇちゃんもついてねぇな」
「ん? でも、『キマイラ喰い』と『百獣殺し』って、つまりは一緒に黒い翼の魔獣を倒した仲間なんじゃないのか? ……なんでその二人がやりあってんだ?」
「さぁ、めか……癡話喧嘩じゃねえか?」
そんな噂話をよそにして、悶絶しているクラリスにバージェスが悠々と歩み寄った。
「まだ続けるってんなら、こんなもんじゃ済まさねぇぞ? さっさと負けを認めて『印』を……」
「うらぁっ‼」
そんな気合いの聲とともにクラリスが跳ね起き、バージェスののど元に向けて突きを放った。
「……甘ぇよ」
バージェスは、不意打ちで放たれたそれを首をひねって軽くかわしす。
「甘いのはどっちだよっ‼︎」
剣を突き出したクラリスが、手首を返して剣先をひねった。
その瞬間。
木剣の先端に不自然につけられていた裝飾がバージェスの『印』の紐に引っかかり、それを手前に引き寄せていく。
「よしっ‼」
だが……
クラリスの木剣はバージェスに素手で摑まれて止められた。
バージェスの太い腕でがっちりと摑まれて、ピクリともかせなくなってしまった。
「‼︎」
「だれが甘いって?」
そして、クラリスはバージェスの蹴りを食らって後ろに吹っ飛んだ。
「くっ……そっ……」
よろよろと起き上がるクラリスに向かって、バージェスが木剣を投げ返した。
「まだやるのか?」
「……もちろん」
二人が、再び剣を構えて対峙した。
バージェスの全からは、クラリスが今まで一度もじたことのないような凄まじい威圧が放たれている。
それを全でけながら……
クラリスは思わず笑っていた。
「あ……ははは。ふふふ……」
「?」
ああ、うれしいなぁ……。
それが、素直な想だった。
いつもずっと前を歩いていた人が、今は全力で自分(クラリス)の方を向いている。
全力で自分(クラリス)と向き合ってくれている。
本気で自分(クラリス)を心配して……
本気で自分(クラリス)に冒険者を止めさせようとしている。
だから……
クラリスは今、それがとてつもなくうれしくて……
とてつもなく幸せな気持ちだった。
『はじめて認められた』
そんな気さえしていた。
「……」
「……」
どちらからともなく前に飛び出して、打ち合った。
バージェスの武は、ミトラ特製の木製の大剣だ。
いつも背負っている『魔龍バルジの大剣』の形狀を模している。
対してクラリスの武は、『水鏡剣シズラシア』を模して、同じくミトラが作った木製の剣だ。
クラリスの裝備は、その木剣シズラシアが二本に、木製短刀が二本に、木製のナイフが十本だ。
最初の打ち合いの後、クラリスが下がりながら投げナイフを放った。
それをバージェスが大剣でガードして防ぐ。
クラリスは、大剣でバージェスから死角になった場所に回り込みながら、連続して投げナイフを放つ。
だが、それも全て撃ち落されてしまう。
クラリスはそのまま接近し、両手に持った二本の木剣シズラシアでの連続攻撃を放った。
左右の剣がまるで別々の生きのように上下左右からバージェスに向かっていく。
その間にも、次々と投げナイフが飛ぶ。
クラリスの、凄まじいまでの猛攻だった。
「なんだよあれ……」
「『キマイラ喰い』……やっぱりとんでもねぇなっ‼︎」
だが、それすらもすべてバージェスに防がれていた。
バージェスの蹴りがクラリスのみぞおちを捉え、蹴り飛ばされたクラリスがきながら倒れこんだ。
そんなクラリスには近づかず、バージェスは再び大剣を構え直した。
「まだやるつもりがあるなら、さっさと立て。今……俺の蹴りが當たる瞬間に鉄壁スキルでガードしただろ?」
それを聞いたクラリスは、くのをやめてすくっと起きて立ち上がった。
「なんだよ。また不意打ち狙ってたのに……」
「……スキルの使用は反則だぞ」
「あんたと私じゃ、そのくらいのハンデがあってもいいだろ?」
「……勝手にしろ」
そう勝手にすればいい。
たとえ鉄壁スキルを使おうが、俊足スキルを使おうが……
支援魔を使おうが、武を何本使おうが……
それを遙かに超える戦闘力の差が、そこには存在している。
「お前が、用で戦いが巧いのは知ってる。それだけは認めてやる。だけどな、それだけで生き殘れるほどこの世界は甘くねーんだよ」
「なんだよそれ? 説教か?」
「……引き際をわきまえない奴は長生きできねぇ。お前がルードキマイラに勝てたのはたまたまだ。普通に考えれば勝てるような相手じゃない。だからこそ、お前はあそこでルードキマイラに挑むべきじゃなかった」
「だから、私は冒険者に向いてないっていうのか?」
「ああ……そうだっ!」
そう言いながら、バージェスが大剣を振るった。
クラリスが下がりながらそれをいなす。
そして、再び睨み合った。
「あの時はあれが、パーティー全員で生き殘るための唯一の方法だったんだ」
「本當なら全滅していた。たまたま勝てたから、たまたま生き殘れただけだ」
「……勝ち目はあった」
「見込みが甘い」
「じゃあ、ここであんたに勝って証明してやる。私は、あんたにだって勝てると思って挑んでるんだからな」
「……」
もはや、言葉は不要とばかりにバージェスが剣を構えた。
応じて、クラリスも右手のシズラシアをバージェスに向かって突き出した。
そして、左手のシズラシアを逆手に持ち、刀を背中に隠しながら構えた。
そしてクラリスは、その構えのままじりじりとバージェスに近づいていった。
「今度は何を狙ってる?」
「さぁな……あんたに勝つこと、かな?」
クラリスがバージェスにとびかかる……と見せかけて左手の木剣シズラシアを投げつけた。
「俊足発(ダッシュ)ッ‼︎」
先に投げた木剣シズラシアに追いつく勢いで、俊足スキルを発したクラリスがバージェスに向かっていく。
そしてクラリスは、跳躍して木剣シズラシアをバージェスの頭上に振り下ろした。
タイミング的に、クラリスのその二つの攻撃を二作でけることは不可能だ。
バージェスは、構えていた木大剣を跳ね上げながら投擲されたシズラシアを弾き飛ばした。
そしてそのまま、クラリスが振り下ろしている二本目のシズラシアに大剣を當てに行った。
クラリスの一撃を剣でけたら……
次は空中できが取れないクラリスのをつかむ。
そうしたら地面に叩きつけ、押さえつけて『印』を奪う。
クラリスが何手先までの攻撃を用意していようが、一度摑んでしまえば関係なかった。
格差を考えたら、それでもう終わりだ。
……下著の中だろうと関係ない。
無理やりに奪い取ってやる。
いい加減決著をつけたがっているバージェスは、そんな流れを思い描いていた。
バージェスの木大剣に向けて、クラリスの木剣シズラシアが振り降ろされていく。
互いの視線が差する中……
「鉄壁発(ガード)……」
クラリスが鉄壁スキルを発した。
→→→→→
剣を持つクラリスの両手が、鉄壁スキルの闘気に覆われる。
そして、インパクトの瞬間……
クラリスの手で発していた鉄壁スキルが、一気に剣を伝って立ち登っていき、木剣シズラシアが瞬時にして鉄壁の闘気を纏ったのだった。
「なっ⁉」
バージェスには、攻撃をけた手ごたえがほとんどなかった。
それは、それほどの鋭さだった。
クラリスの闘気を纏った木剣シズラシアは。
まるで空気でも斬るかのような手応えで、バージェスの木大剣を元から真っ二つに両斷したのだった。
バージェスが『武を破壊された』という狀況を把握するまでの一瞬。
その一瞬で、クラリスは闘気剣を解除した木剣をそのまま振り下ろし、バージェスの首筋の『印』を叩き落とした。
そしてクラリスは、落下していく『印』に向けて空中に展開した魔障壁(プロテクション)を足場にして飛び込んでいった。
それに気づいたバージェスも、叩き落とされた『印』に向けて手をばす。
クラリスの手と、バージェスの手がほぼ同時に『印』にれた。
スローモーションのようになった世界の中で、クラリスとバージェスの視線が差する。
『クラリス。お前……はじめから武破壊(これ)を狙ってたのかよ?』
『言っただろ? 勝てるつもりで挑んでるって……』
『……』
『こんなこともあろうかと……、このスキルのことあんたに言わないでおいて良かったよ』
「俺の負け、か……」
そして……
地面にり込んだクラリスの手の中には、バージェスの『印』が握りしめられていた。
「どうだ、とったぞ! とってやったぞ! バージェスに……勝ったぞ!」
クラリスがそうぶと同時に、周囲は歓聲に包まれた。
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