《傭兵と壊れた世界》第百十九話:狩人の集落
出立(しゅったつ)を決めた第二〇小隊は、飲んだくれ橫丁で酔っぱらいどもに挨拶をし、溶鉄場で親方たちに親指を立て、暗黒街の貧民に警戒をしながら谷を下りた。案人はリンベルだ。彼は集落を追放されたであるため、案を頼んで大丈夫かと心配したが、本人曰(いわ)く問題ないらしい。
暗黒街を抜けると谷の雰囲気が変わった。人の手がらない自然かな大渓谷だ。を放つ落ち蛍の花がそこかしこで咲いているため封晶ランプがなくとも歩ける。富な種類の植と見たことのない原生生たち。シザーランドの食生活を支える地下の楽園が広がっていた。
ここに訪れるのは初めてだ。ナターシャは目を輝かせながらリンベルに尋ねた。
「どうして地下なのに自然がかなのかしら?」
「神の力が地下にいくほど濃いからさ。人間のは重いんだ」
「神ってなんなの?」
「さあな。文明崩壊以前は神が燃料だった。それよりも前は神が武だった。魔法のような力をる人間もいたそうだ。でも全部結晶にのまれちまったよ。手がかりはなんにも無し。だから神さ」
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リンベルが語った容も狩人の言い伝えの一部だそうだ。つまり自信満々に答える彼もよくわかっていないのだ。二人の後ろに第二〇小隊の面々が続く。幻想的な地下窟に対する反応は様々である。
「鎧が引っ掛かって歩きづらいです。ああ、いっそのこと焼き払ってしまいましょうか」
「おーうソロモン、騒なことを言わんでくれ。そんなことをしたら俺たちは仲良く蒸し焼きだぜ」
「この苦しみがベルノアには分からないでしょう。鎧のなかに蟲がったときの寒気を想像できますか?」
「げばいいだろ」
「焼きますよ?」
本當に焼夷砲を向けてきたため、ベルノアが「降參」と両手を上げた。
「……ベルノアは気遣いが足りない」
「おいおい、今のは俺が正しかっただろ! じゃあなんだ? どうぞ焼いてください、地下は寒いから丁度良いですね、とでも言えばいいか!?」
「靜かにしろベルノア。お前が悪いってことにしておけ、そうすれば大が丸くおさまる。なくとも隊長の俺は気が楽だ」
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「おーうおうおう最後に本音が出たな隊長様よ、不平等な扱いは隊員間の軋轢を生むんだぜ。お前は隊長失格だ。俺が代わりになってやる」
「そうしたら第二〇小隊は解散だな」
「道がある」というよりも「人が通った跡がある」が正しいだろう。いわば獣道。ソロモンにはし厳しい道のりだ。
「んー、狩人って排他的なんだよね。ベルノア(あれ)を連れていって失禮にならないかしら?」
「聞こえているぞこら」
「狩人(うち)も大概、頭がおかしな連中だからなあ。似た者同士で仲良くなるだろ」
「聞こえているぞ」
足を踏み外せば奈落にまっさかさまの道のりだが、ベルノアが騒々しいことを除けば特に問題ない。足地のように襲いかかってくる生きがいないのは楽だ。足場さえ注意しておけば大丈夫だろう。
落ち蛍の群生地。地下の湧き水。ツバメの巣で雛鳥が鳴いている。
崖の近辺はたまに結晶がみられた。シザーランドから落とされた結晶が積もっているのだろう。小さな塊のため防護マスクは不要だ。第二〇小隊は危うげなく進む。
やがて晝か夜かわからなくなり始めた頃、自然に囲まれた集落がみえた。鷲飼いの狩人が住む隠れ里だ。
○
峽谷といっても左右の崖が切り離されているわけではない。崩壊を免れた足場が峽谷の各所に存在しており、両岸を繋ぐ橋のような役割を擔っている。「浮き橋」と呼ばれる天然の足場だ。
狩人の集落は巨大な浮き橋の上にあった。最初、自然かな窟を抜けて集落を見たとき、ナターシャは峽谷の「底」に著いたのかと錯覚した。それほどに広い。でこぼことした起伏の激しい土地に木製の家屋が立ち並び、子供たちが屋を伝って走り回っている。明かりの上には放し飼いの油鷲が一羽、二羽。大きな羽を広げてナターシャたちを威嚇した。
「先に言っとくが第二〇小隊(あんたら)は警戒されている。傭兵が來るだけでも珍しいのに、ルーロの亡霊となればみんな大騒ぎだ。大人しくしておけよ」
忠告するリンベル。だが返事がない。嫌な予をしながら振り返った。
「はぁーっ、集落の上を覆っているのは植なのか。もしかして結晶に耐があるのか? おーいあんた、そうそう、そこの狩人の兄ちゃん、ちょいとあの馬鹿でかい植を採ってきてくれないか? え? 貴重なものだから駄目? そう言わずに――」
リンベルは跳ねるような勢いで研究者(ばか)のもとへ走っていくと、勢いのままに頭を叩いた。
「大人しくって意味がベルノアにはわからねえのか?」
「まだ何もしてないだろ! それに俺だけじゃないぞ!」
目立っているのはベルノアだけではなかった。
ミシャは道中で捕まえた闇鼠をぷらぷらと揺らしながら、街燈にとまる油鷲に餌をあげようとしている。目は爛々。油鷲のらかそうな頭をでたいのだろう。
イヴァンはいつの間にか地鶏を挾んだパンを買っており、ナターシャと並んで味しそうに食べている。「隊員をまとめるのはお前の仕事だろ」とリンベルはびたい。
ソロモンは不だ。それが余計に威圧を與え、周囲の子供が逃げていった。
リンベルは思い出した。足地を好んでまわる変わり者集団に、常識を求めても無駄なのだ。
「なあベルノア、お前らって協調が無いのによく生き殘れたな?」
「俺様がうまくまとめているんだよ。ほら、頭がいいからさ。俺様って実は苦労人みたいな?」
「やっぱり案役をおりてもいいか?」
「ここまで來てそれはないぜ羽無しィ」
集落の人間は基本的に狩人の裝束を著ている。故に、傭兵服を著た第二〇小隊と、だぼだぼな作業服のリンベルは非常に浮いている。
「まあ大目にみてくれよ。俺たちは戦いっぱなしだったからさ、ようやくミラノ水鏡世界を目指すことができて気が緩んでいるんだ。俺だって狩人に歓迎されないのはわかってらあ。でもよ――」
ベルノアがにへらと笑う。いつもの張り倒したくなるような顔だ。
「はしゃいだっていいだろ。いつが最後かわからねえんだ」
ベルノアは言こそアレだが歴の長い傭兵だ。だからこそ終わりの気配がじられる。傭兵としては異常なほどに生き殘り続けた第二〇小隊が、なくとも今のままではいられなくなる予。
目指す場所や戦う理由が人それぞれ違うのだ。ベルノアは研究が全てであり、自らの道に終わりはない。ミシャも第二〇小隊がある限り変わらないだろう。
だが他は? 終わりを見據えた者達はどこへ往く?
ミラノか、その次か。誰が果たし、誰が殘る。
「お前も他人事じゃないぜリンベル。特に臭え。てめえからはプンプンと匂う」
「最低だな」
「ちげーよ、そういう意味じゃねえ。運命なんて曖昧なものを信じたくないが、やっぱりあるんだ。お前が第二〇小隊と関わったのは運命。別れるとしたらそれもまた運命。気をつけねえと、くるときは一瞬だぜ」
「難しい話はよしてくれ、私は哲學者じゃなくてジャンク屋だ」
「俺だって研究者だ」
リンベルは振り回されているような気がして若干の苛立ちをおぼえた。
「私のことは気にするな。世界そのものがジャンクになったんだ。運命だってあてにならねえよ。大丈夫、大丈夫。私はジャンクに詳しいんだ」
そう言ってリンベルは他の隊員のもとに走っていく。なおも楽しそうに話すと隊長。油鷲に逃げられてしょぼくれる赤。怖いもの知らずの子供たちに絡まれる鋼鉄の乙。それらの景にベルノアは穏やかな眼差しを向ける。
「お兄ちゃんが変な顔をしてるー」
「やかましいコワッパ!」
ベルノアの怒鳴り聲が集落に響いた。
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