《傭兵と壊れた世界》第百二十話:破門された灰被り
狩人は歴史と伝統を重んじる集団だ。悪くいえば閉鎖的で排他的。彼らが傭兵と共存できているのは暗黒街という緩衝地帯のおかげである。つまり集落で問題を起こすと厄介なことになる。なくともラトリエ団長から睨まれるのは間違いない。
はたして第二〇小隊の暴走を抑えられるだろうか。
答えは否。
リンベルは早々に諦めると「寄りたい場所がある」と言って第二〇小隊とは別行をとった。手綱を握れぬ狂犬達は自由にさせるのが賢明だ。今ごろ彼らはやんややんやと騒ぎながら集落の市場にでも向かっているのだろう。
「まったく、あいつら好き勝手にやりやがって。里長に睨まれるのは私だっつの」
リンベルは古びた小さな家の前で立ち止まった。扉の向こうから火薬の匂いがする。ここは彼が集落で気が休まる唯一の場所だ。
彼は迷う。いきなり來たら迷だろうか。會ったら嫌な顔をされるだろうか。扉を叩こうと手をあげて、やっぱり止めようかと下ろして、でもここまで來たらと手をあげて――。
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「らないの?」
「うわぁっ!」
リンベルの肩が大きく跳ねた。振り返ると、何食わぬ顔でナターシャが立っている。
「ナターシャ!? い、いくら私が大好きだからってあとをつけるのは良くないぜ!」
「人聞きが悪い。たまたま見かけたの。恥ずかしがっていないで早くろうよ」
「う、うるさい。家があっているか不安になっただけだ」
リンベルは誤魔化すように扉を開けた。買って知ったる家だ、いまさらノックは要らないだろう。開けたとたんに濃厚な火薬の匂いと溶鉄場を思い起こさせる熱気に襲われた。
リンベルのにつんと込み上げるものがある。子供の頃に數えきれないほど訪れた家。よくわからないガラクタの山も、整備士になった今ならばの殘骸だと理解できる。
「私もっていいの?」
「ここまで來たんだ。いまさらだろ。たまにが転がっているから踏まないように注意してくれ」
「まるでリンベルの店みたいね」
「私の店はここまで散らかっていないぞ?」
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いい勝負である。
人の気配がするのは工房だ。封晶ランプをかかげながら暗い屋を進んだ。
工房には男が座っていた。り口からは彼の大きな背中しか見えない。熱心にの整備をしているようだ。二人が工房にっても反応がないためリンベルが聲をかけた。
「おーい戦士長、私だ。帰ったぜ」
戦士長と呼ばれた狩人が振り返った。「戦士長」という呼び名とは裏腹に、タレ目が穏やかな印象を與える男だ。
「破門者が集落を出歩くのはやめなさい。お前のことを知っている者がいたらどうするのだ。いくら私とて守るのは難しいぞ」
「帰って早々に説教はやめてくれ。他に言うことがあるだろ? 綺麗になったねとかさ」
「……変わってないな」
「それは格がって意味だよな?」
戦士長は緩く笑って流した。つまり見た目も中も長していない、というわけだ。リンベルの心境は穏やかでない。
「そちらは……ああ、君か。久しぶりだな」
「申し訳ないけど、どこかで會ったかしら?」
「そうか、あの時は仮面を被っていたから気付かなくても仕方がないか。何年前になるかな、君に腕の良い整備士を紹介した狩人だ」
ナターシャがぽんっと手を叩く。初任務のあとにリンベルと再會した日のことだ。
「ナナトのお師匠さん」
「そうだ、あの馬鹿弟子のな」
「馬鹿弟子」
ナターシャはなんとなく集落でのナナトの立ち位置を察した。ナナトはどこにいってもナナトである。
「さて、改めて自己紹介をしておこう。鷲飼いの狩人所屬、戦士長のラバマンだ」
「第二〇小隊のナターシャよ」
ラバマンは第二〇小隊の名を聞いて驚いた。かの小隊の名は狩人の間でも有名だ。曰く、數多の足地を踏破した凄腕集団であり、団長のお抱えとしてどんな任務でもけ持つと。
「まさか君のような可らしいが亡霊と恐れられる小隊にるとは思わなかった。歳をとるとわからんものだな」
「可らしいどころか狂犬だぜ。それにこいつはもうお姫様だ。手を出すなよ」
「大人をからかうんじゃない」
「私はお姫様じゃないわ」
ナターシャがを尖らせる。驚かせた仕返しのつもりか。
「そういうことなら二人を歓迎したいんだが、ちょいと急ぎの仕事がっているんだ。整備の依頼が終わったから屆けないといけない」
「歓迎なんて大袈裟だな。どうせ明日には出発するってのに」
「なおさら急いで準備をしないといけないな。貴重な時間がなくなってしまう」
ラバマンはあっという間に荷造りをしてから「家番は任せたぞ」と出て行ってしまった。
「親子、じゃないよね?」
「私にはダキアって名前の馴染みがいた。ここは彼の家だ。まあ座れよ」
リンベルが我が顔で茶を出してくれた。落ち蛍ので育つ特別な茶葉。集落の特産品らしい。
「やけに知りだと思ったらここで育ったからなのね。銃に、よくわからないガラクタまであなたの店にそっくりだわ」
「整備のあれこれはラバマンに教わった。まあ師匠みたいなもんだ。それとガラクタって言うな、あれらも磨けばるかもしれないんだぞ」
「ふーん、じゃあナナトの姉弟子ね」
「そう言われると否定したいな」
リンベルは適當なガラクタを椅子代わりにして座った。ナターシャと向かい合わせ。だがテーブルに肩肘をついてを橫に向けている。
ナターシャはちらりと視線を向けた。伏せ目がちに茶をすする友人の橫顔。口を開けば臺無しになってしまうが、黙っていると端正な顔立ちをしている。灰被らせておくには勿ないぐらいだ。
「せっかくだから話しておきたいんだが、谷底からミラノを目指すんだよな?」
「そうよ。シザーランドの渓谷が深いのは知っていたけど、まさか足地に繋がっているとはね。リンベルは知っていたの?」
「私は破門されただ。についてなら相談に乗れるが渓谷については詳しくない。だが――」
シザーランドはそもそも狩人の土地だ。必然的に渓谷に関する報は彼らが有しているため、傭兵にとって謎多き土地である。
「谷底には神様が住んでいる」
「はい?」
「神だよ、土地神様なんて呼ばれているが、とにかくヤバイのがいるんだ」
「お伽(とぎ)話?」
「いんや、これが事実だったりする。本の神かどうかは知らないが、化けがいるのは確かだ。で、狩人はそんな土地神様を怒らせないために供を捧げている」
あー、と(うめ)くような聲をあげた。リンベルが何を話しているのかを察したからだ。
「それ、くそ悪い話だったり?」
「するね。大丈夫、よくある話だ」
よくあってたまるか。ナターシャが口を曲げる。
「察しのとおり供は人だ。狩人としての績が悪い者や罪人が選ばれる。たまに不自然な人選があるときはだいたいが上層部の権力爭いに負けた奴だ」
「嫌だわ。狩人ってもっと誇り高い民族だと思っていたのに」
「人間なんてみんな同じだろ。新しい風をれないから腐るんだ。そんである日、供にダキアが選ばれた」
ダキア。リンベルの馴染みであり、戦士長ラバマンの娘。
リンベルは変わらず橫を向いている。し下向きな視線の先には小さな作業臺。
「私はダキアを返せって里長に泣きついた。なんで渡したんだってラバマンを責めた。しまいにゃ、化け退治のために一人で飛び出した。谷底に下りて、船を勝手に使って……船の整備を手伝ったことがあったから、流れにそって川を下るだけならなんとかなった。さすがにあん時はラバマンにも怒られたな」
「化けはいたの?」
「いんや、私がダキアや化けを見つけるよりも、集落の追手に捕まるほうが早かったんだ。土地神様に無禮を働くつもりか、って無理やり連れ戻された。ラバマンが々とかばってくれたんだけど、結局私は狩人を破門にされたよ」
そこまで言ってようやくリンベルが正面を向いた。滅多にみれない真剣な表だ。
「回りくどい言い方になったが、私もミラノに連れて行ってほしい。ケリをつけたいんだ」
「敵討ちをするつもり?」
「あわよくば、だけどな。ダキアが最期に見た谷底の奧を私も見たいんだ」
連れていくのは問題ないが、足地の化けに挑むのは話が別だ。ナターシャは仕事をするときの顔になった。これは個人の問題ではない。
「そうね、大前提として、私は隊長じゃないから決定権がない。イヴァンが駄目だと言ったら私は擁護できないわ。それと第二〇小隊が化け退治に協力する、というのも確約できない。化けとやらがミラノへの道を阻むなら排除するけど、そうじゃないなら危険は回避するべきだもの。間違いなく狩人を敵にまわす行為だしね」
「まあ、そうなるよな」
リンベルは腕を組んで天井を見上げた。続けて大きく息を吸う。彼も無茶な頼みをしているのは理解しているのだ。彼は顔こそ広いが協力を頼める相手はない。破門者という烙印が邪魔をする。第二〇小隊に斷られたら行くあてがないだろう。
「わかった、これは私の問題だ。自分でどうにか――」
「だから、土地神とやらの姿を見てから考えましょう」
リンベルが期待するように顔を上げた。落膽していた表が噓のように華やぐ。
「まずは戦ってみないとわからないもん。やるだけやって、無理そうならミラノに直行するってことでどう?」
もちろん第二〇小隊の目的が最優先であるが、他ならぬリンベルの頼みであれば話が別だ。今まで數えきれないほど世話になったのに恩を返さないというのは仁義に反する。ナターシャから頼めばイヴァンも頷いてくれるだろう。
「十分だ。話のできる神様であることを願おう」
「そのときは問い詰めてやりましょう。どうして世界を放ったらかしにしたのかって」
「どうせ無駄だろ。地下の引きこもりに世の勢はわからんさ」
「神様もあてにならないわね」
罰當たりな軽口を言い合いながら二人はカップを掲げた。神も銃聲に怯える時代だ。祈るよりも武を持て。願いは自らの手で葉えよう。勢いよく飲み干した後、二人は明日の出発に向けて整備を始めた。
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