《傭兵と壊れた世界》第百二十一話:シザーランドの谷底
出立の朝。ナターシャ達は今にも落ちそうな昇降機に揺られながら渓谷を下りた。
谷底に繋がる昇降機は集落のはずれにあり、本來ならば外の者は利用できない。第二〇小隊が許可されたのはひとえに彼らの名聲とラトリエ団長の印書があるおかげだ。三つの昇降機を乗りつぐと谷底に到著した。
「ここがシザーランドの底か。総員、防護マスクを付けておけ」
イヴァンが地面に降り立って命令した。
まず目にるのは大きな川だ。川幅の広さは機船が余裕ですれ違えるほど。大陸各地で降った雨水が地下水となって流れ込んでおり、この川をのぼるとナバイア水沒原に繋がるらしい。
川の周囲には結晶屑が降り積もっていた。シザーランドの住人が落とした結晶屑が長い年月をかけて谷底を覆ったのだ。足地もかくやというほどの銀世界。
「あちこちで何かっているわね。落ち蛍かしら?」
「それだけじゃないな。川底もっている。おそらく生きだろう」
イヴァンが指し示したとおり、川底に無數のる生きが見える。あれはイソギンチャクだ。落ち蛍のように淡いを放ちながらゆらゆらと揺れている。彼らのおかげで谷底は思っていたほど暗くない。
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「あなた達が第二〇小隊ですね。私は祭司を務めるマクミリアです。ついてきてください」
狩人のが進み出た。今回の旅は第二〇小隊だけではない。「お目付け役」として小隊規模の狩人が三つ、同行することになっている。船に案するのは隊長の一人、マクミリア祭司だ。狩人の行事は彼が執りおこなっており、供の選定も彼の擔當らしい。
マクミリアは言葉こそ丁寧であるが、隠しきれない敵意が瞳からじられた。狩人の中でも排他的な考えの強い人間なのだろう。彼らも一枚巖ではないというわけだ。
すでに不穏な気配を漂わせながらもイヴァン達は船に向かう。第二〇小隊が乗る中型船が一隻。そして各狩人隊が乗る小型船が三隻。
「くれぐれも土地神様を刺激されないようにお願いします。くれぐれも、頼みましたよ」
「二回も言わなくたってわかるさ祭司殿。むしろあんた達の方が三隻も船を出して警戒されないかと不安だ」
「ふん、私たちは日頃から土地神様に謝しておりますゆえ、そのような心配は必要ありません。野蠻なあなた方とは違います」
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ベルノアが皮げに笑った。それを見たマクミリア祭司が怪訝な表を浮かべる。
「そこの傭兵、なにを笑っているのです」
「いやあ、ちょいと疑問に思っただけだぜ」
「疑問?」
「ああ。土地神様とやらを崇拝しているのになーんで立派な船があるんだかねえ。しかも完全武裝ときた。隨分と用意がいいじゃねえか」
「……なにが言いたいのです」
「わかってんだろ嬢さんよ。土地神とやらが怖いから武裝船があるんだろ? もしもの場合は土地神を討つためか?」
「なっ! 違います! 傭兵はすぐに爭い事と結びつける。これあくまでも念のために用意された――」
「何に対して念をおいているのかねえ」
「不敬です! 不快です!」
言い爭う両者に半目を向けるイヴァン。彼の中でマクミリア祭司は「面倒な相手」という認識が固まった。
「先が思いやられるわ」
ナターシャは靜かに移してラバマン戦士長を探す。彼はし離れた場所で他の狩人と話していた。
「戦士長、あなたも同行するのね」
「おやナターシャ。里長から直々の命令なんだ。まあ私としてもリンベルが無茶をしないか心配だったから丁度よかった」
「足地に向かうのは初めて?」
「ああ、むしろ足地に何度も足を運ぶのは君達ぐらいだ」
なるほど、とナターシャは頷く。マクミリア祭司は正直なところ邪魔でしかないが、戦士隊は戦力として期待できそうだ。もっとも、聖代行のような存在が現れたら話が別だが。
ナターシャは隣の男に目を向けた。ふっくらとしたつきをしており、狩人にしては珍しく殺気だった雰囲気がない。
「初めましてお嬢さん、僕はボルドゥ學士。主に渓谷の環境調査をおこなっているよ。今回の遠征はまたとない機會だから楽しみにしているんだ」
「第二〇小隊所屬のナターシャよ。學士ってことはうちの研究者と気が合うかもね」
「ああ、研究者ベルノアの噂なら耳にしているよ。結晶の謎を解明するために危険な足地へ足を運ぶ、勇敢で高明な研究者らしいじゃないか。ぜひ話を聞いていみたいんだが、彼はどこにいるんだい?」
「勇敢で高明」
ナターシャは頭に疑問符を浮かべながら、今もマクミリア祭司を言い爭う男を指差した。
ボルドゥの表が固まる。その固まった笑顔のまま再度ナターシャに問う。
「……どこに、いるんだい?」
「マクミリア祭司と罵り合っている聲がうるさい男」
「なんてことだ……!」
どうやらベルノアの態度は頭を抱えられるほどのものらしい。
外部の人間にとって第二〇小隊は謎の集団だ。一癖どころか十癖くらいありそうな者達の集まりであり、裏仕事を引きけることも多く、しかも人嫌いが激しいため他人と関わりをもたない。そのためよく知らずに幻想をいだくボルドゥのような者が現れる。
「崇高なる結晶の學士がよもや、あのような……」
「崇高なる結晶の學士」
およおよと泣き崩れる學士を放置してラバマンに向き直る。
「出発したら別々の船になるんだし、今のうちにリンベルと話してきたら?」
「そうしたいのだが、私も戦士長になると仕事が多くてな。積み荷の運搬と設備の點検、出航準備に各隊長との打ち合わせ……」
「そんなの部下に押し付けなさいな。會えるうちに會っておくの。次に降りるときは足地よ?」
年下のに言いくるめられたラバマンは「ぐぬぅ」と押し黙る。結局、彼は言われたとおりにリンベルを探しに向かった。義理とはいえ親子のような関係だ。せっかく再會したのにほとんど話せないままというのは可そうだろう。
「真面目な男だろう、彼。戦士長にだって本當はなりたくなかったのさ。でも押し付けられて渋々引きけた。そんなだから足地に向かう羽目になるんだ」
ボルドゥの瞳に浮かぶのは憐憫の。それだけで二人の関係がけて見える。ついでにボルドゥは常識のある學士なようでナターシャは安心した。
「足地に向いていないわ」
「そうだ、向いていない。けれど必要があれば危険な場所でも向かうのが戦士長だ。今回のように、外部の人間が聖域に向かうとなれば同行するのが義務なのさ」
「遠回しに私たちのことを非難している?」
「非難しているし、謝もしているよ。僕個人としては探求がかき立てられるからね」
そう言われてもミラノには必ずいく。必ずだ。ようやく第二〇小隊の悲願が葉えられる。亡き友人達の墓を立てられる。
人は張りな生きだ。
願いを葉えたい。大切な人は安全な場所で暮らしてほしい。友人の手助けをしたい。仲間に生きて帰ってほしい。
すべてをむから失ってしまう。二本の腕は想像以上に短いものだ。あれもこれも摑もうとして落する人間をヌークポウで何度も見た。
金とと男と。復讐心や探求。たくさん殺した。たくさん失った。騙され、奪われ、親の溫もりも知らぬまま育った。知らぬ間に友がいた。それもやっぱり失った。
そうして得られたのが今の居場所だ。
ナターシャは知っている。最も得難い幸せはである。今、彼は薄氷の幸せをじていた。第二〇小隊の一員として最後の足地に挑む。もちろん、パラマの言葉は噓で、結晶風が吹かない地なんて存在しない可能はある。だがナターシャは不思議と確信していた。先の見えない闇を広げ、幻想的だがどこか寒気のする窟の奧に、一つの終著點があるだろうと。
「出航するぞー! 船に乗り込めー!」
狩人が用意した船は機船と違って足がない。その代わりに水上での推進力は機船をはるかに凌ぐものであり、本來の「船」の役目に特化していた。
傭兵隊。祭司隊。戦士隊。學士隊。
四隻の狩人船がシザーランドを発つ。
祭司隊は主に土地神様への祭事で同行するらしい。ラバマン戦士隊は傭兵に対する戦力として。ボルドゥ學士隊は滅多に立ちれない谷底の調査として。それぞれが役割を擔っている。ちなみに敵意の眼差しを向けてくるマクミリア祭司とは異なり、ボルドゥ學士は純粋な好奇心で參加している。場合によっては傭兵に協力してもよいと考えていた。
ナターシャは頭上を見上げた。谷の形狀が複雑なせいか、それともが屆かぬほど深い場所にいるせいか、裂け目から見えるはずの空がここからは確認できない。ミラノへの旅路。それは深い深い谷の底、闇に目をこらして進む未知なる挑戦。
冷たい風が吹き始めた。それが地底によって冷やされたものか、それとも足地特有の冷気なのか、にはわからない。
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