《魔王様は學校にいきたい!》悪鬼
「クククッ、いつ以來の人間界だろうか」
どこかソワソワと浮かれた様子で、悪鬼ジュウベエ・ヤツセは獨り言つ。
「これぞ魔界珍味の最高峰、その名もイソナデの塩漬け! 待っていろよナターシャ、その舌をグッと唸らせてやるからな!」
小さな折詰を片手に、小気味よく雪駄を鳴らしながらウロウロ。どうやら折詰の中は、魔界から持參したナターシャへのお土産らしい。よほどナターシャのことを気にっているのだろう、まるで娘の気を引こうとする父親のようだ。
「だが先にウルリカ様と遊びたい……いや待てよ、イソナデの塩漬けは鮮度が命。ならばまずナターシャに土産を屆け、その後でウルリカ様と一緒に遊ぶべきか?」
頭の中はウルリカ様とナターシャのことばかり、それにしても先ほどから浮かれすぎである。
「いやいや、その前に敵を殲滅せねばな。華麗な剣技で敵を切り伏せ、ウルリカ様に褒めていただこう……と思っていたのだが、どういうつもりだ?」
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ソワソワ浮かれていたかと思いきや、一転して鋭利な視線を前方へ、短鞭を構える麗人へと向ける。
「あら、自己紹介をしていなかったわね。私はザナロワ、水の魔人ザナロワよ」
「貴様の名はどうでもいい、この氷はどういうつもりかと聞いている」
足元に広がる、四方を囲む、頭上を覆う幾層もの氷。壯麗に凍てつく景は、氷の宮殿と呼ぶにふさわしい。
つまりジュウベエは氷に鎖されたまま、呑気に浮かれていたのである。
「こうして氷で覆っておけば、誰にも邪魔をされないでしょう?」
「邪魔な氷のせいで、ウルリカ様に俺の剣技をご覧いただけないではないか!」
どこか噛みあわない會話をわしながら、ザナロワはパシッと短鞭を一振り。數十頭もの氷の狼を召喚し、ジュウベエを襲えと嗾ける。
「あの小さなの子、確かウルリカという名前だったかしら? それから貴方達も、まったく規格外の怪よ」
「いやしかし、ウルリカ様はガレウスとやらを拉致して遠くへ飛んでいかれた。ならば氷は関係なしに、俺の剣技をご覧いただけない?」
「貴方達は明らかに私より格上……だからといってガレウス様に仇なす者を、見逃すわけにはいかないわ」
「それはそうとイソナデの塩漬けは傷みやすい、この氷は鮮度の維持に最適だな」
土産の鮮度を保てると、ジュウベエは嬉しそうにニヤリ。氷の狼にガブガブと噛まれているのだが、微塵も効いていないよう。
一方のザナロワは攻撃の手を緩めない、幾本もの巨大な氷柱を、猛る激流をジュウベエへと浴びせる。
「とは言ったものの、実はガレウス様のためっていうのは建前なのよ。本當はただ、誰かに八つ當たりをしたいだけ……」
「おいおい水は止せ、ナターシャへの土産が濡れてしまうだろう!」
「可いリィアンが人間の味方をしちゃって……私はリィアンのことを大切に思っていたのよ、だからこそ苛立ちを覚えてしまうの。だから悪いわね、し八つ當たりをさせてもらうわ」
「くっ……」
大切な土産を守らねばと、ジュウベエは慌てて刃を抜く。襲いくる氷塊と激流を、さらにはザナロワまでも真っ二つに。
それはそうとジュウベエもザナロワも、お互い一方的に喋ってばかり。もはや獨り言の応酬で、ほとんど會話が立していない。
「……やっぱり攻撃方法は斬撃だったわね、見かけ通りで安心したわ」
「ほう、唐竹割りにしたはずだが?」
「私に理攻撃は通用しない、もちろん斬撃も通じないわ」
「なるほど、水に化けて斬撃をけ流したか。いや、そんなことよりナターシャへの土産は無事か?」
「ふふっ、理解しているかしら? つまり貴方との一騎打なら、私は絶対に負けない!」
ザナロワは再び短鞭を振るう、と同時に溶けながら氷の宮殿と一化。壁や床、天井を無數の氷柱で埋め盡くし、包み込むようにジュウベエへと迫る。氷の宮殿そのものをり、ジュウベエを押し潰そうとしているのだ。
「ふう、どうにか濡れてはいないようだ」
「一騎打ちなら絶対に負けはない、だからこそ誰にも邪魔されないよう氷で閉じ込めたのよ!」
「さて……ウルリカ様は遙か遠く、ナターシャ達の気配もじない。外にいるのはヴァーミリアだけか、ならば巻き込んでも構わんな」
今にも押し潰されかねない狀況、にもかかわらずジュウベエは僅かもじない。ただゆっくりと刀の柄に手をかけ──。
「鬼の太刀……奧義、修羅!」
──居合一閃、剎那の後に氷の宮殿はシャリシャリと音を立てて崩れ去る。驚くべきことにジュウベエは、刃の一振りで悉くを細斷したのだ。
氷の宮殿と一化していたザナロワも、諸共に刻まれてすっかりバラバラ。水溜まりのような狀態で、ひたすらチャプチャプと藻掻くばかり。
「おお、まるでかき氷だな。たっぷりと甘いをかけて、ウルリカ様と食べたいものだ」
「ぐうぅ……が……!?」
「そうだ、一つ教えておいてやろう。鬼の太刀は魔力を斷つ、水に化けたところでけ流せはしない」
どうやら魔力を斷たれたことで、ザナロワは再生能力を失った模様。辛うじて生きてはいるが、もはや何も出來はしないだろう。
「俺を格上であると悟った時點で、大人しく逃げておくべきだったな」
「まさか……こんな……っ」
「しかしまだ生きているとは、思ったよりしぶといな。このまま細かく刻んで、どこまで生きていられるか試してみようか」
「ひいっ!?」
「いや、貴様は氷を作れるのだったな……よし」
何を思ったかジュウベエは、けないザナロワをザバッと掬い──。
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