《やり込んだ乙ゲームの悪役モブですが、斷罪は嫌なので真っ當に生きます【書籍大好評発売中&コミカライズ進行中】》魔力回復薬の試薬
その日、ナナリーの調はすこぶる悪かった。
朝はいつも通りの寢苦しさで目がさめたのだが、悸が収まらない。
「水滴の覚」に集中するが、いつものように収まることはない。
その時が近づいてきているのかもしれないと直的にじて、顔が険しくなる。
「ハァハァ……まだよ、まだ負けるわけにはいかないの」
ナナリーは病人とは思えないほど、目にと力強さがあった。
決してあきらめない。
最後の最後まで、この病に抗って見せる。
その決意が彼にはあった。
この病に間接的とはいえ、心を蝕まれた息子が立ち上がったのだ。
母親である自分が弱音を吐いて、この病に負けるわけにはいかない。
これはナナリーの、母親としての意地と矜持だった。
「絶対に、絶対に負けない。見てなさい、私は必ずもう一度、自分の足で立ってみせるわ…」
ベッドの上で苦しそうに自分のを服の上から摑み、俯いていた彼は虛空を睨みながら吐き捨てるように呟いていた。
しばらくすると、彼の気迫に病がひるんだのか、悸が落ち著いてきた。
「ハァ…ハァ…、それでいいのよ。大人しくしていなさい……」
肩を大きく揺らし、深呼吸しながらゆっくりとナナリーは聲を震わして言葉を紡いでいた。
ナナリーは基本的に誰も部屋には常駐させないようにしている。
この病気に薬はない。
つまり、自分自との闘いしかない。
ライナー辺境伯の妻である自分が、弱って苦しんでいる姿など誰にも見せるものか。
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これもまた、ライナー辺境伯の妻としてナナリーの意地と矜持だった。
その時、部屋のドアがノックされた。
ナナリーは何事もなかったように息を整えてから「どうぞ」と返事をした。
すると「ナナリー、るぞ」とライナーの低い聲が部屋に響いた。
そして、「失禮します」とリッドと茶い髪と水の目をしたが部屋にって來た。
ナナリーはそのを見たことがない為、ライナーの妻として向けて聲をかける。
「このようなお姿で申し訳ありません。私はライナー辺境伯の妻、ナナリー・バルディアと申します。以後、お見知りおきを」
ナナリーはベッドから上半だけ、起こして挨拶をする。
その一連の作はとても病人とは思えない、綺麗な所作だった。
その挨拶にリッドは普段見たことがない、迫力を持った母に見惚れてしまった。
(母上って、こんなに凜々しい人って知らなかった…)
リッドの記憶では家族としての母としか接していた記憶しかない。
ナナリーがリッドの前で來客に対応をした姿を見せたのはこれが初めてだった。
「急なご訪問で申し訳ありません。私はサンドラ・アーネストと申します。魔法學の研究に攜わっているものです」
サンドラはナナリーに貴族としての挨拶をした。
サンドラも元は貴族なので、一通りの挨拶は習得している。
ナナリーとサンドラの挨拶が終わるとライナーが咳払いをして説明を始めた。
「ナナリー……実は今までお前の病名を伏せていたのだ。理由としては不治の病、しかも死病の魔力枯渇癥だ。私は伝える事が出來なかった臆病者だ……すまない」
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父上は神妙な顔で言葉を選び紡いだ後、頭を母上に向かって下げた。
普段、厳格に徹しているライナーの言葉にナナリーはし驚いた顔したが、すぐに微笑んだ。
「……私は知っていましたよ。だから、そんな神妙な顔をしないでください」
ライナーはナナリーの言葉に目を丸くして驚いた。
ナナリーの病名を知っているのは極わずかだ。
そのうちの誰かが妻に話したのだろうか? すると、「くすくす」とナナリーは笑って答えた。
「うふふ、そんな怖い顔をしないでください。自分のは自分が一番わかります。病名がなくても、日々のの調子で死病であることは予想が付きました」
予想外の言葉にライナーは悔しそうな顔をしていた。
妻はとっくに病をけれていた。
自分だけが臆病になり、目を逸らしていた事実に気付いたからだ。
「でも…そうですか、この忌々しい病は魔力枯渇癥というのですね……やっと、「病のあなた」の名前を知れましたよ?」
ナナリーは「病のあなた」と言うと、心臓に當たる部分を服の上から摑み、聲を落として呟いた。
そして、リッドに目をやると申し訳なさそうな顔をして聲をかけた。
「リッド、ごめんなさい。あなたに一番、辛い思いをさせたわね。あなたは、私が死病であるということに早い段階で気付いたのでしょう?」
僕は黙って頷いた。
僕と言うより、以前のリッドは恐らく気付いていた。
魔力枯渇癥というよりも死病の類であり、母親が恐らく助からないということだが。
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母上もそうじているのであれば間違いないだろう。
僕はゆっくり言葉を紡いだ。
「……はい。ある時から母上の調が一向に回復しない。薬も効果が無いようでしたから。醫者も毎回違う方が來ていたので、恐らく相當に厳しい病気であると察しておりました」
母上は僕の言葉を悲しそうに聞いていた。
「子供に気付かれて、心配をかけるなんて母親失格ね……」
そう呟くと母上は俯いた。
その様子に僕は慌てて、聲をかけた。
「母上‼ 母上が母親失格などあり得ません。それを言うなら、父上が父親失格です‼」
「なんだと‼」
僕の言葉に父上が怒號を上げた。
すかさず僕は父上の強面の顔に言葉を畳みかけた。
「だって先日、ご自分で「もっと、お前と向き合うべきだった…父親失格だ」って言ったじゃないですか‼」
「な‼ こ、この場で言うことではないだろう‼」
父上が珍しく顔を赤くして狼狽している。
これは父上を言い負かすチャンスだと思い、僕は言った。
「大、父上は頭が固すぎるのです。父上のような人は、時には何も考えずしたいことをすべきなのです。特に家族のことであれば、なおさらです。」
サンドラと母上も近くにいるせいか父上は顔を赤くしながらも、こめかみをピクピクさせながら言いたいことを耐えている。
ちなみに僕と父上のやりとりを母上は目を丸くして見ていた。
サンドラはあんまり興味がなさそうだった。
「大、メルディのことも自分が強面とか気にせずに、さっさとメルと呼んであげれば、良いじゃないですか」
「ブチ」と言う音と共に父上の怒號が部屋に響いた。
「リッド‼ いい加減にしろ‼」
「嫌です‼ 今日という今日は言わせて頂きます‼」
怖いが父上の態度に今日は怯むわけにはいかない。
父上の怒號に対して反抗する僕に、母上は驚き心配そうな顔をしている。
「母上のこともそうです。母上の死病の事実をけれずに逃げるより、けれて立ち向かうべきでした。母上が一人で死病に立ち向かい、どれだけ心細くしていたかわかりますか?」
僕の言葉に、父上は「ハッ」とした。
顔の赤みは引いていき、むしろ青ざめていた。そして、母上に向かって謝罪した。
「ナナリー、私はとんでもない過ちをしていた……」
父上は母上が死病と知らないと思っていた。
だが実際には母上は死病と気付いていた。
つまり、母上が日々、死病と戦い、一人苦しんでいたことを父は知らなかった。
そしてその時に寄り添うことが出來なかった。
僕の言葉で父上はそのことを改めて認識したのだろう。
「いえ、そんな気になさらないでください。私もあなたに負擔をかけまいと言わないようにしてしまいましたから……」
母上は父上の普段の厳格な様子からは信じられない「しゅん」とした姿に微笑んでいた。
「……ナナリー、している」
「あなた…私もお慕いしております」
二人は見つめあい。気付くと目を潤ませながら抱きしめあっていた。
おお‼ 予想外にも二人の世界にってしまった。
子供である僕にこの世界は崩せない。
隣にいる、置いて行かれてなんともいえない、冷めた顔をしているサンドラにアイコンタクトを送る。
僕のアイコンタクトに険悪な顔をしているサンドラは「はぁ」とため息をつくと聲を張り上げた。
「ライナー様、ナナリー様。申し訳ありませんが本題に進んでもよろしいでしょうか⁉」
その聲に僕の両親は「ハッ」と顔を赤くしながら二人して「ゴホゴホ」言いながら離れた。
離れた後に、二人がアイコンタクトで「また、あとで」としているのがバレバレである。
「ゴホン、すまなかった。サンドラ、今回の趣旨を説明してくれ」
咳払いをした父上がサンドラに母上への説明を求めた。
サンドラはそれに答え、説明を開始する。
今回の目的は試薬の「魔力回復薬」だ。
魔力回復薬は文字通り飲めば魔力をし回復してくれる。
まだ完品ではないが効果があるのは僕の特殊魔法「魔力測定」で確認済みだ。
魔力測定は自分と周囲にいる人の現魔力量を數値化して、脳に直接語り掛けて教えてくれる魔法だ。
これを使い、薬を飲んだ後に回復するか確かめた。
なので、効果は間違いない。
ただ、薬の元になった原料の薬草が、不味いことこの上ない。
試作品を試した僕はひどい目にあった。
サンドラが効果は保証するが、完治はまだ難しい。
完治する薬は別のを用意する予定であることなど一通りを説明した。
だが、説明を聞いている母上の様子がしおかしい。
顔は微笑んでいるが気のせいか、脂汗を浮かべ、肩が上下に揺れている。
僕は心配になり聲をかけた。
「母上、大丈夫ですか? 顔があまりよくありません」
「リッド…大丈夫で…ウゥ…⁉」
「母上‼」
微笑みながら話していた母上に、一転苦悶の表が浮かぶ。
そして、息を荒げ、を服の上から力強く押さえている。
その力で母上は指先の爪のが白くなっていた。
僕はすかさず、特殊魔法の「魔力測定」を行った。
ナナリー 魔力數値:8
僕は頭の中に響いた聲に、「な‼」と反応してしまった。
魔力枯渇癥は魔力が無くなると、本人を蝕み始める。
つまり、いま母上は死に限りなく近づいている。
僕は聲を張り上げた。
「サンドラ‼ 母上の魔力量が殘り8しかない‼ 0になる前に早く薬を飲まして‼」
「‼ わかったわ‼」
サンドラは手元に用意していた試薬の錠剤を飲ませようとする。
だが、母上の癥狀がみるみる悪化していく。
「ハァハァ……ウ、ウウウ…‼」
母上は両手で自分のを抱きかかえるようにして橫向きになると「ライ…ナー…」と呟くと、口をガチガチ鳴らし始めた。
明らかに異質で危険な狀態だとわかる。
「ナナリー様、薬を飲んでください‼」
サンドラが薬を飲ませようとするが、母上は口を開けようとしない。
いや、自分の意志で開ける事すらできないのかもしれない。
僕はベッドの上に乗り母上に出來る限り近づき薬を飲んでもらおうと聲をかけた。
「母上、負けたらダメです‼」
僕の聲が一瞬聞こえたのか、母上はしだけ僕に微笑んでくれた。
だが、それと同時に眼のが消えていくのをじた。
ここまで來て、ダメなのか⁉ 何のためにここまで頑張ってきたのか‼ 僕は慟哭した。
「うぁあああああ‼ いやだぁ‼ ははうえ‼ ははうぇえ‼ いっちゃいやだぁああ‼」
僕が慟哭してすぐ、ドンっとに衝撃が走り父上にを押しのけられた。
父上は、ベッドに寢ていた母上の震えを抑えつけるように抱きしめると、すぐに接吻をした。
その様子に呆気に取られてしまったが、父上と母上の重なっている口の隙間から、試薬のが付いた水が滴り落ちていることに気付き、すぐ意図に気付いた。
父上は口移しで薬を飲ますつもりだ。
「ウ…ンン……⁉」
母上が父上から薬を口移しでもらってくぐもった聲をらした。
すると、母上のがコクンとなった。
恐らく薬を飲んだのだ。その様子にサンドラも気付く。
「リッド様‼ 魔力測定を‼」
「うん‼」返事をするとすぐに母上の魔力量を測定した。
ナナリー 魔力數値:101
「……や、やった、やったよ。サンドラ‼」
母上の魔力數値がはっきり101と響いた。
間違いない。
魔力回復薬の試薬は功した。
父上とサンドラは僕の言葉を聞いて薬が効いたと認識して、僕たちは母上に揃って聲をかけた。
「ンン……あ…なた…リッ…ド」
僕たちの聲に母上は気だるそうだがしっかりと反応してくれた。
母上が反応してくれたことで僕は、張が解け、その場に座り込んでしまった。
座り込むと涙と鼻水が溢れ、嗚咽が止まらなくなってしまった。
「すぐに醫者を呼ぼう。わかっていると思うが新薬のことはだぞ……」
そういうと、父上はすぐ部屋をでて大聲で「醫者を呼べ‼」とんでいた。
部屋を出ていく時の父上の顔は平常心を裝っていたが、目にだけは涙が隠せずにこぼれていた。
僕は顔の涙や鼻水を服の袖で拭うと、母上の顔を覗き込んで聲をかけた。
「母上、大丈夫でしょうか?」
「ええ…いつもより楽なぐらいよ…私は決して負けないわ…」
母上は、そういうと勝ち誇ったような笑顔を浮かべていた。
その後、父上が呼んだ醫者が來て母上を診斷するが、特に異常は見られないということだった。
急な発作だったのだろうということで落ち著いた。
母上の部屋であったことは混を避けるため、僕たち4人だけのとなった。
そして、母上は毎日、魔力回復薬の試薬を朝、晝、晩と飲むことになった。
もちろん、いつでも飲めるように母上の傍には常備されている。
今後は、萬が一に備えメイドも母上の部屋に最低一人は常駐することになった。
父上はまだ母上と話したいことがあったようなので、僕とサンドラだけ母上の部屋を後にした。
「それにしても、あの試薬品は凄いね。魔力量100も回復するなんて」
僕が試薬で飲んだ薬は最大でも50しか回復しなかった。それが、母上の場合は100なので約2倍の効果だ。
サンドラは僕の質問に、尊敬と畏敬がこもった面持ちで父上が口移しをする時の話を始めた。
「いえ、あれはライナー様のおかげです。あの時、ナナリー様が口を自力で開けれないと判斷したライナー様は、ありったけの薬を口の中でかみ砕いてから水を口に含んで、口移しをされたのです……」
僕は目を丸くして驚いた。確かにあの狀態の母上では「錠剤」では飲めなかっただろう。
それをすぐ判斷して、父上は錠剤をかみ砕いた。
恐らく1個や2個どころの話ではないだろう。
かなりの量をかみ砕いた結果、母上が飲み込む量が増えて、魔力數値がいっきに回復出來たのだ。
「やはり、父上は凄いな…」
母上が命の危機に瀕した時に僕は慟哭するばかり、父上がした行を思いつくことはできなかった。
あの時、父上だけが最後まで諦めずにいた。
だからこそ、母上は一命を取り留めた。
僕はまだまだ、父上には敵わないなと尊敬と畏敬がこもった、ため息を吐いた。
「サンドラも本當にありがとう」
ため息を吐いたあと、僕はサンドラに向かって聲をかけた。
「いえいえ。すべてはリッド様が頑張った結果ですよ。原料も魔力測定も全部、リッド様がご用意されたじゃないですか。私はそれを使っただけにすぎませんよ」
実は先日、サンドラに僕が開発した魔力測定を伝授した。
理由は魔力回復薬の試作作と確認に必要だったからである。
それがこんなにも早く結果が出るとは思わなかった。
「それでも、本當に助かったよ。……最悪、今日が母上の最期なのかって、本當に思ったからさ…」
確かに準備したのは僕かもしれない。
でも僕だけじゃ絶対に無理だった。
サンドラの知識がなければ本當にぞっとする。
「本當にありがとう。サンドラが困ったら力になるから、その時は気軽に言ってね」
「その言葉、覚えておいてくださいね?」
サンドラの不気味な笑みが気になったが、いつものことなのでスルーした。
そして、僕は次なる行に移す。
「サンドラ、この後はまだ時間ある?」
「? ありますけど?」
「なら、新しい特殊魔法を考えているから、立ち會ってしい」
「……はぁ⁉」
僕の言葉に信じられないという顔をしたサンドラだった。
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