さすがにそれにはイアンもディエゴのほうへ視線を向け、ダイアナは目を丸くしている。

「ミラージュ大教會の管理に刺繍やお菓子作りといった淑のたしなみが絶対條件だとはわたしは思っていないよ。ダイアナ嬢。」

「で、ですが…。皇后さまも刺繍やお菓子作りがお上手でしたわ。その前の大后様も…。」

「わたしは絶対條件だとは思わないといっているだけで、必要ないといっているわけではないよ。ダイアナ嬢。あなたの淑としてのすばらしさはわたしも知っている。だからこそミラージュ大教會を今まで何の問題もなく管理してくれていたのだろう。それは心の底から謝しているよ。今改めて禮を言いたい。ありがとう。」

ディエゴが深々と禮をとったので、ダイアナはあたふたと慌てふためている。

イアンは茫然としていた。

「で、殿下。お顔をお上げくださいませ。わたくしなどのために…恐れ多いことでございますわ。」

「いや。皇太子がいない間は適任者を選別し、管理をまかせることとするという條項にはあなたがぴったりだと思ってお願いしたのだが…。まことに見事に管理をしてくれて本當に助かったよ。これで滯りなく皇太子妃に引き継ぐことができる。」

そこまで言うとディエゴは顔をあげた。

皇太子にここまで言われて、もうダイアナは何も言えなかった。

おまえにまかせたのは皇太子妃にと考えていたわけではなく、條項に書かれている通り、適任者と思われていただけなのだと暗に示されたことになる。過度の期待はするなと。そして速やかに皇太子妃にミラージュ大教會の管理責任を返還せよと。

半ば、皇太子命令だ。

「そ、そうですわね。わかりましたわ。お返しいたします。」

その言葉を聞くや否や、ディエゴが目で合図し、イアンが書類を機の上に出した。

「ダイアナ。ではここにサインを。」

返還同意書。

ダイアナは何も言えず、そのままサインをするしかなかった。

と…

その時だ。

扉の向こうでガヤガヤと聲がする。

「館長様！」

と切羽詰まった聲。

館長は「すみません」と席を立った。

「どうしたのです？今は重要な會議だといったでしょう？」

し怒り気味の聲で扉の向こうの人間に言っているが、どうやら急事態らしい。

「けれど、ボイドが暴れてどうしようもないんです。もう手が付けられなくて、廄が壊れてしまって。」

「廄が？」

ボイドって馬なのかしら？

「どうかしましたか？」

ファビアがはじめて口を開いた。

「何があった？廄が壊れたと聞こえたが。」

ディエゴが言うと、館長がこちらに向き直り、扉の向こうにいた年にもこちらにるよう指示した。

「ボイドという馬がおりまして、こちらで移のために飼っているのですが、その馬が朝から暴れて言うことをきかないのです。さきほどは廄をついに壊し始めて…。」

「昨日まではおとなしくしていたのですか？」

ファビアが言うと、その年はファビアのほうを向いた。

「はい。日頃はとても大人しい馬なのです。」

「わかりました。わたくしが會ってみましょう。」

「ええっ！失禮ながら…。」

ファビアの事が誰だかはわかっていないその年にもさすがに分の高い貴族だということくらいはわかった。

ミラージュ大教會の末な馬に貴族の令嬢が會うなど…。

「大丈夫だ。ファビアに任せておけ。」

ディエゴのお墨付きがあってはどうすることもできず、館長が廄に案した。

ファビアは暴れている馬に心の中で話しかけた。

『聞こえる？ボイド。聞こえたらこちらを向いて。そしてわたしを乗せて運んでくれない。靜かなところで話しましょう。』

ピタリとボイドのきがとまる。

そしてファビアを、その馬は見つめた。

『僕の言葉がわかるのか？』

『ええ。でも他の人間に聞かれるとまずい。散歩に出ましょう。』

『わかった。乗って。』

ファビアはそっと近づくと、馬のたてがみをなでつけた。

大人しくなった馬に、さすがに年も館長も驚いている。

一緒についてきたイアンとダイアナも目を丸くしていた。

ファビアはボイドにまたがるとディエゴには目で合図してそのままミラージュ大教會をし離れ、河原まで散歩に來た。

『何があったか話して。』

『僕たちを盜んで売り飛ばす男が教會にやってきた』

『どうして売り飛ばすとわかるの？』

『僕はいつも大きな買いのときは街に出る。そこでいつも馬を盜んで売り飛ばしていた男が教會に昨日から住んでいる。』

『わかった。教會に帰ったらその男が誰なのか教えて。対処するから。だからお願いだからもう暴れないであげて。教會の人たちが悲しむ。』

『わかった。ごめん。』

ボイドは最後はシュンとしていた。

ファビアは教會に帰ると、ボイドからその男を教えてもらい、ディエゴにこそっと耳打ちした。

ディエゴはうなづき、護衛騎士に指示していたから、數日後にはおそらくその男は逮捕されるだろう。

「ボイドはし調が悪かったみたいですわ。馬だって人間と同じで風邪もひきますから。」

すっかり大人しくなったボイドを見て、ミラージュ大教會の人たちは茫然としていた。

この皇太子妃は馬をも手名付けるのかとびっくりした表だ。