《【連載版】落ちこぼれ令嬢は、公爵閣下からの溺に気付かない〜婚約者に指名されたのは才兼備の姉ではなく、私でした〜》3話 嫌われ者の

(……そういえば)

ヴァンに敵意が無かったからだろう。

手首を軽く摑まれ、無理矢理引き込まれたにもかかわらず、私は焦燥に駆られる事もなかった。それどころか、回顧していた。

ハクもそれに気付いているのか、何か手段を講じようとする様子はなかった。

(ヴァン・エスタークって、お姉様の手紙すら殆どけ取っていなかった人だったっけ)

理由は知らないが、公子達から幅広く人気を集めているお姉様であっても、無下とまではいかないがあまり相手にされていなかった。

そして、眉目秀麗で魔法師としての才も文句のつけようがない。

そんな完璧超人のような人にもかかわらず、婚約者がいるという話一つ聞かない。

それが、噂でよく耳にするヴァン・エスタークという人像。

ふと、私の頭の中でとある可能が浮かび上がった。

ヴァン・エスタークがこうしてを隠すようにパーティーの會場から姿を消していた理由は────何らかの理由で、參加したく無かったからではないだろうか。

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それ故に逃げ出したヴァンを探していたから、使用人達もああして焦燥に駆られたような様子で慌ただしかったのではないだろうか。

……そう仮定すると、何故だか何もかも辻褄が合う気がした。

やがて、摑まれていた手が解放され、私はヴァン・エスタークと比較的至近距離で向かい合う事となった。

「……あの。ヴァン公子ですよね」

一応、確認だけはしておく。

間違ってるとは思わないけど、萬が一、他人の空似という線もある。

私が噂で聞いたヴァン・エスタークは、品行方正というものもあったはず。

主催したパーティーで、主役とも言える立場にありながら、こんな場所でサボりを決め込むとはとてもとても……。

「意外か?」

散々過ぎる実家での生活にて培った顔にを出さない無駄特技を習得した筈の私の心を見抜いたのか。

ヴァンはそんな言葉を口にした。

「……意外、と言えば意外ですね。ヴァン公子は、もっとお堅い人かと思っていた────の、で」

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言い終わってから、私は自分の失言に気付いた。まるで私のようにパーティーから逃れようとする様子を見た直後だったから、つい本音を口にしてしまった。

相手は公爵家の公子。

今なら間に合う。

だから、今すぐに訂正を────。

「曲がりなりにも公爵家の後継ぎだからな。俺の我儘で家に迷を掛けるのは最大限避けたいから外面には一応、気を遣ってる。ただ、あくまで最低限だ。嫌なものは嫌だし、面倒なものは面倒だ。だからこうして好き勝手に逃げさせて貰ってる」

小さく笑いながら、ヴァンが答える。

無禮な事を申したと自覚していた分、その反応は私にとってし衝撃的だった。

「とはいえ、まさか親父殿以外の人間にバレるとは思っても見なかったが」

エスターク公爵家は、魔法師の名門とも言えるお家。

目の前のヴァン・エスタークの父であり、現當主は確か、魔法の腕は世界を見渡しても五指にる程の実力者だった、はず。

彼ならば、先の隠形も難なく見抜けた事だろう。

「……あぁ、えっと。その、あの、あれは偶々と言いますか。と、ところで、ヴァン公子はどうして隠れてたんですか?」

〟の事を深掘りされるのは出來れば避けたかったので、不自然でしかなかったが、私は強引に話を変える。

「単純に、このパーティーが嫌だったから。それ以上でもそれ以下でもないな」

「い、嫌……ですか」

あまりに単純過ぎて、ぽかんと呆けてしまう。でも、それも剎那。

「それじゃあ、私と同じですね」

ありのままの想を私は告げた。

もしかすると、責任のかけらも無い言葉に、咎められると思っていたのかもしれない。

ヴァンもまた、私の言葉に驚いているようだった。

「いきなりだったので驚きはしたんですけど、私もヴァン公子と同じで、どうやって抜け出そうかって考えてたので」

「……そういえば、君だけがあそこに居たな」

「はい。私、嫌われ者なので」

出來る限り目立ちたく無かったから、會場の隅に立ち盡くしていた事をヴァンは知っている。なにせ、あの場所で丁度、目が合ったから。

「嫌われ者……というと、もしかしてそれが原因か?」

視線がハクに向く。

途中、ハクの存在に気づいているような口振りをしていたし、誤魔化せないよねえと思いながら、どうしよう。どうしようと私は目を泳がせてしまう。

「君をこうして強引に巻き込んでしまった事には俺も申し訳なさがある。だから、その詫びとしてその白いやつをどうにか────」

「わ、わわわ! ち、違うんです! 私が嫌われてる事にハクは全く関係なくて。ハクは私の唯一の家族のような存在なので、それはなしで!!」

まるで、始末してやると言わんばかりの様子に、私は慌てて止めにる。

ここで誤魔化すと、悪霊に知らず知らずの間に取り憑かれていると誤解される可能もあったので、私は観念してハクの存在を認める事にした。

『ま。君が本気を出しても僕を消滅させる事は出來なかっただろうけどね』

「……なに張り合ってんの、ハク」

『僕にも霊としてのプライドがあるんだよ』

よく分からないプライドだった。

ただ、ハクの存在がバレてしまってるからと割り切ったからか。

私以外には見えないようにしていた筈のハクは、己の姿を曬し、私と會話を始める。

「……霊、程。師だったか。という事は、その白いのは霊か」

『……知ってるんだ?』

「うちの曾祖母が確か、師だった筈だ」

『ああ、だから僕の姿も見えてたのか』

基本的に、私を除いてハクの姿は見えていない。それは、ハク自が言っていた事だ。

だが、例外もあるらしい。

「しかし、師か。道理で俺の姿がバレる訳だ。親父殿でさえも、曾祖母には頭が上がらなかったからな」

師なら、俺の隠形を見抜けて當然かとヴァンは納得する。

私は他の師を見たことすら無く、どれだけ凄いのかも分かっていなかったので、そうでしょう。そうでしょう。とを張る事は勿論、出來る訳もなかった。

「けれど、同世代の人間に師がいたなんて話は聞いた事もなかったが、」

『そりゃ、ノアは隠してるからねえ』

「何故?」

「だって、その。ほら、面倒臭いじゃないですか」

こうしてヴァンに話してしまった理由は自分でもよく分からない。

ヴァンがお父様達に話したら面倒な事になるのは火を見るより明らかだ。

でも、彼はそんな事をしないという妙な確信が私の中にはあって、何より彼は貴族なのに、やけに話しやすかった事が一因だったのだろう。

「……そう、だな。俺もこうして、俺の婚約者を決める為だなんだと親父殿が勝手に催したパーティーから抜け出しただからよく分かる。確かに、が使えると見すれば、面倒臭い事になるのは間違いないな」

笑いながら、ヴァンは納得してくれた。

「俺は、貴族令嬢と呼ばれる人間が苦手だと何度も言ってるのに、親父殿が全く聞く耳をもたなくてな。このざまだ。見すれば、君も俺みたいな事になるかもしれない。だから、隠せるのなら隠しておいた方がいいだろうな」

婚約者云々という問題で、振り回される事は必至。だから俺のようになりたくないなら、隠しておくべきだと言われた。

『……一応、言っておくけど、ノアも貴族令嬢だからね』

「「…………」」

ハクの一言に、微妙な空気が場に降りる。

當たり前のようにうんうんと聞き流してしまったが、そうだった。

私も貴族令嬢なんだった。

「……実は平民とか?」

私の出自を疑われた。ひどい。

「じ、自分でも貴族令嬢らしくないとは思ってますけど、一応これでも正真正銘の貴族令嬢ですから……!」

「悪い、悪い。冗談だ。何というか、俺の知ってる貴族令嬢が君には無かったんだ。正直、この霊に言われるまでその事を本気で忘れてたし、貴族令嬢と自分がこんなに普通に話してる事に驚きしかない」

悪気はないと言われて、私は怒りを収める。

「……どうしてヴァン公子は貴族令嬢の方が、」

「しっ」

────苦手なんですか。

そう聞こうとした瞬間、ヴァンの人差し指がに押し當てられた。

靜かにしろ、という事らしい。

急にどうしたのだろうかと思った剎那、どこからともなく聲が聞こえてくる。

それは、パーティーの初めに聞いた聲。

ヴァンの父であり、エスターク公爵家現當主カルロス・エスタークの聲であった。

「……あの馬鹿息子は一、どこに逃げたのやら」

ヴァンが逃げた事は既にバレバレだった。

いや、知っているからこそ、多強引にでも出會いの場を設けたと考えるべきか。

「不味いな。親父殿まで俺を探してるのか。客の対応で掛かりきりになると踏んでいたんだが」

魔法師の腕はヴァンをも上回るほどの技量の持ち主。故に、ヴァンの隠形の魔法も然程意味をなさない。

聲が聞こえるという事はカルロスが比較的近くにいるという事。

もうこれは詰んでしまっているのではないか。そんな事を思ったけれど、ヴァンは諦める気がないのだろう。

「ノア、って言ったよな」

「は、はい」

「ここから移する。だけど、俺一人だと親父殿の目を掻い潛れない。だから、力を貸してくれ」

パーティーをサボりたいという碌でもない目的ながら、その目的は奇跡的に私達の間で合致していた。

の事もバレてしまっている手前、ここはもうヴァンと協力してとことんサボってしまおう。

私の中で方針は纏まった。

ハクも、面白おかしそうにこちらを見てるし、反対する気はないのだろう。

「……でも、移するって言ってもアテはあるんですか」

「屋敷の外にはなるが、いい場所を知ってる」

時間は、あまり殘されていない。

だからヴァンのその返事を聞くや否や、私はを行使し、屋敷を抜け出す手伝いをした。

全くもって褒められた行為ではなかったが、誰かと一緒になって何かをする事が初めてだったからかもしれない。

しだけ、楽しくて気が付けば私は笑っていた。

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