《【連載版】落ちこぼれ令嬢は、公爵閣下からの溺に気付かない〜婚約者に指名されたのは才兼備の姉ではなく、私でした〜》4話 初めてのお友達
やがて辿り著いた先は────小さな湖。
そのほとり。
時間帯が夜更けに近い事もあって、水面に映される月がとても綺麗だった。
「……流石にここまで來れば大丈夫だろう」
ぜぇ、はぁ、と息を切らしながら、私達は地面に腰を下ろした。
流石に高名な魔法師なだけあって、幾度となくバレかけた。
おそらく、もう一度逃げろと言われても無理だと思う。そう思う程度にはぎりぎりだった。
「悪、いな、こんな事に巻き込んでしまって」
「い、え。私も、パーティー中は居心地が悪かっ、たので、大丈夫、です」
呼吸を落ち著かせてゆく。
ずっとふわふわ浮遊していたハクだけが、余裕そうに私達を見下ろしている。
やっぱり、その質ズルいと思うんだ……!
「そう、言えば、何か俺に聞こうとしてなかったか?」
「あぁ、えっと、その、どうしてヴァン公子は貴族令嬢の方が苦手なのかなって思って」
接したじ、そんな気配はなくとも私にはじられなかった。
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でも、ここまでして逃げるという事は筋金りなのだろう。
その理由が、しだけ私は気になっていた。
「…………」
ヴァンが閉口する。
もしや、答えたくない質問だったのだろうか。
謝罪をして、撤回しようとする私だったが、それより先にヴァンの言葉が続けられた。
「苦手というか、単なる俺の我儘だな」
「我儘、ですか」
「貴族として生まれたからには、割り切るべき部分であるという自覚はある。ただ、出來れば俺は、なくとも自分と対等に過ごせる人と結婚したいんだよ。特に、同世代の同からも、気取っているだなんだと言われて嫌われてるから、余計に、な」
ヴァンの瞳の奧には、羨に似たが湛えられていた。
「俺も、見合いのような事をした経験はある。でも、全員が全員、俺を頼んでもないのに褒め稱えてくる。頼んでもないのに機嫌を窺ってくる。で、時にはエスターク公爵家という名があるが故に怯えられる。それが、窮屈で仕方がなかった。仕方がないって事は分かってる。これが俺の我儘でしかない事も分かってる。ただ俺は、結婚するなら一緒に笑い合えるようなやつとが良かった。その気もないのに相手をするのは失禮でもあるだろ。あぁ、いや、これは俺の逃げを肯定する理由でしかないか。……まぁ、そういう訳で俺は貴族令嬢という人間が苦手なんだろうな」
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公爵家の後継ぎという立場狀、彼には対等な友も殆どいない事だろう。
これは當然といえば當然で、どうしようもない事ではあるが、家格の違いは絶対だ。
加えて、婚約者候補としてやって來る人までもがそれに該當する人間で、嫌気がさしたのだろう。
だから、ヴァンは貴族令嬢……というより、自分を無條件で褒め稱え、機嫌を窺う人間の事が苦手になった。
それらを苦痛に思う人間であれば、ああしてパーティーから逃げ出そうとするのも分からないでもない。
私とは全然境遇は違うのに、なぜか、それを聞いて私は彼に親近を覚えた。
だからなのかもしれない。
「じゃあ、私と────」
衝的に、
「私と、お友達になっていただけませんか、ヴァン公子」
そんな言葉を口にしてしまった理由は。
「…………」
案の定、ヴァンは驚いて目を見開いていた。
私には、ハクがいた。
だから、孤獨に苛まれずに済んだ。
でも、彼の下にハクはいない。
故に、私が彼のハクになろう。
接した時間はなかったけれど、私には彼が悪いような人には見えなかった。
それに、彼と過ごした時は悪くなかった。
楽しかった。
私も、好き勝手言える友達がしかった。
「って、私ってば何言ってるんだろ。ヴァン公子は貴族令嬢が苦手だって散々言ってたのに、」
「そう、だな。俺も君の事は嫌いじゃない。ヴァン・エスタークと知っても、俺を一人の人間として普通に扱ってくれたのは君が初めてだ。だから、君さえ良ければ俺の友になってしい」
慌てて訂正する私だったけど、何故かけれられた。
あれ、いいの? それでいいの?
なんて思ったが、ヴァン自がけれてしまった手前、ここでやっぱ無し! と言う勇気は私にはない。
ヴァン公子とお友達って、私は一何を考えているんだと思ったが、起きてしまった事は仕方がない。
うん。割り切ろう。
そう決めて、軽く現実逃避をした。
それからと言うもの、隠す理由も無くなったのでヴァンに霊を見せたり。
々と話したり。
逆に魔法を見せてもらったりしていると、あっという間にパーティーの終わりの時間がやって來た。
勿論、一緒になって抜け出した事を周りに悟られる訳にはいかないのでお別れの挨拶を言う機會には恵まれなかったが、どうしてか、それ以來、エスターク公爵家のパーティーにわれる事が増えた。
それから、手紙の換もしてみた。
初めの頃は、ヴァン公子。ノア嬢。
他人行儀極まりない呼び方をお互いにしていたのだけれど、友達なのだからという事で手紙のやり取りを始めた際に呼び方も二人だけの時は敬稱を取るようになった。
そんなこんなと、友達らしい事をするようになってから時が過ぎること、二年。
人まであと一年と迫ったところで、私に災難が降り掛かった。
これまでよりもずっと、楽しそうに過ごす私の事が気に食わなかったのかもしれない。
姉のアリスが両親に有る事無い事を吹き込み、その結果、私は二十も歳の離れた辺境伯の側室に迎えられるという縁談を進められてしまった。
アリスは、にこやかな笑顔を浮かべて「良かったわね」と言っていたが、私に言わせれば私怨丸出しにしか見えなかった。
「────よし、一年早いけど家を出よう」
元より、人になるタイミングで家を出るつもりだった。
一年早まる程度、最早、誤差である。
そう思い、これから家を出るから手紙のやり取りが出來なくなる。
パーティーにも出席する事はなくなる。
でも、落ち著いたらまた會いに行くから。
そう書き記し、私がヴァンに手紙を送った三日後。またしても、エスターク公爵家からパーティーの招待狀が屆いた。
勿論、この二年間ずっとそうだったが、公子公は參加してしいというお願いつきの招待狀。
『ええ。きっと、ヴァン公子もわたくしの事を気にって下さってるんですわ』
アイルノーツ侯爵家だけは、絶対に毎度パーティーに招待されていたからだろう。
上機嫌な様子のアリスだったが、その様子を前に、アリスの事は苦手だとヴァンが言っていたよと伝えようか悩んだけどやめておいた。
面白い反応をする事は請け合いだろうが、そのせいで家を出られなくなってしまっては笑うに笑えなくなるから。
そして、私にとっては最後になるであろうエスターク公爵家主催のパーティー。
既に手紙では伝えておいたが、當分はヴァンにも會えなくなるだろうし、悔いがないように……と思いながら、今日も今日とて會場の隅っこに移をするより先に、何故かヴァンがすぐ側にまで歩み寄って來る。
「ご無沙汰しております。アイルノーツ卿。本日は、卿に折りってご相談がありまして」
その言葉に、お父様は背筋をばした。
アリスは花咲いたような笑みを浮かべる。
周囲にも、エスターク公爵家が常にアイルノーツ侯爵家をパーティーに招待していた事は伝わっている。
だから、漸くその時が來てしまったかと言わんばかりに黃い聲が上がった。
……もしや、と思ったが、今回の私の沙汰については自力で何とかするからと伝えてある。
ヴァンの力を借りる気はないし、元より家を出る予定だったと彼にも伝えている。
だから余計にヴァンの行の意図が分からなかった。
「ご無沙汰しております。ヴァン公子。それで、頼み事というのは……」
「単刀直に申し上げると、俺の縁談についてです。俺は、アイルノーツ侯爵家と縁を結べればと考えています」
「それ、は。それは、それは、栄な事でありますな。こちらとしましては、娘の嫁ぎ先もまだ決まっておりませんでしたし、斷る理由はありません」
両親はあからさまに喜んで見せ、アリスも極まったような表を見せるが、私だけは複雑な心境に見舞われていた。
なくとも、ヴァンはアリスと結婚する気はないと言っていた筈だ。
なのに、どういう心境の変化なのだろうか。
詳しく尋ねたいが、両親と姉がいるこの場で尋ねられる訳もなく、私の頭の中で疑問符だけが増する。
ただ、その疑問は程なく解決する事となった。
「良かった。実は斷られるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんです。だから、そういう事だ(、、、、、、)」
最後の言葉は、両親ではなく私に向けられている気がした。
そしてそれは、気のせいではなかったようで
「今日から俺の婚約者になってくれないか────ノア」
「え?」
手を差しべようとしていたアリスの側を素通りして、三歩後ろで待機していた私の目の前で、ヴァンはそう告げ微笑んだ。
勿論私は、訳が分からなくて素っ頓狂な聲を上げてしまった。
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