《【連載版】落ちこぼれ令嬢は、公爵閣下からの溺に気付かない〜婚約者に指名されたのは才兼備の姉ではなく、私でした〜》13話 謎の男
「────〝霊〟か」
誰かが口にした聲が伝播する。
魔法と比べれば、近とはとてもじゃないが言えない代。
とはいえ、知識を有していない人間で溢れているが、それでも〝霊〟は誰もが知らないものではない。
このパーティーに參加していた貴族は、全員が全員私達と同世代ではなく、貴族として數十年と生きてきた者もいる。
そんな彼らが、〝霊〟の知識を欠片すら持ち得ていない訳がないのだ。
だからこそ、見してしまう事は仕方がないと言えば仕方がなかった。
どうにか隠す方法もあったが、今回の騒を上書きするという目的を達する為には、避けては通れない道であったから。
眼前に広がる溢れんばかりの緑。
宙には、目を惹くが飛びう。
その正とは────〝霊〟。
どうにも、私がこの行を敢行するにあたってハクが急いで周辺にいた〝霊〟達に聲を掛けてくれたらしい。
「る程。そういう事でしたか」
納得のが広がってゆく。
ヴァンの才能はあくまで、魔法に限ったもの。〝霊〟の心得があるという話は一度として出回った試しがない。
だったら、この現象を引き起こした張本人はヴァン一人ではない。
ならば、手助けをした人は誰か。
その疑問にぶち當たった貴族達の視線が、一斉に私へと集まる。
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しかし、得心しているのは貴族の中でも私に対して殆ど無関心を貫いていた人間だけ。
迎合するように、姉のアリスと一緒になって散々口を叩いていた貴族令嬢。
その父母は、あからさまに視線を泳がせていた。
何故なら、彼らからすればその展開はむべきものではないから。
散々口を叩いていた相手が、次期公爵家の跡取りの婚約者に指名されてしまった。
そうなれば、家格の低い貴族であればあるほど、これまでの事に対する報復に怯えてしまう。
私はそんな面倒臭い事をする気もなければ、そもそも寄せられていた罵倒や口を殆どシャットアウトしていたからこれからも無関心を貫くつもりだけれど、向こうはそうでないのだろう。
どうにかして、を探そう。
どうにかして、この話を────。
そんな思が飛びっていたからだろう。
場は、異様なくらい靜まり返っていた。
けれど程なく、その靜寂は破られる事となる。
ぱち、ぱち、ぱち。
何処からともなく響くその音は、拍手だった。
誰もがしいと評すだろうこの空間に、拍手を向けるその行は、決して可笑しなものではない。〝霊〟と魔法の合わせ技。
もし仮にこの場に詩人がいたならば、己の語彙を盡くして賛をしてくれていたやもしれない。
だから、拍手は決して場違いなものではない。ない筈なのだ。
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なのにどうしてだろうか。
私はその拍手に対して、反的に顔を顰めてしまった。
だけど、その理由はすぐに判明した。
拍手をしている人間が纏う雰囲気が、あまりに異様だったから。
「……今回は偶々、アリス・アイルノーツが利用されたが、本來はどうやって親父殿の結界を壊そうとしていたんだろうな」
小聲で、私にだけ聞こえる聲量でヴァンがそんな事を口にする。
今回の婚約の一件は、恐らく誰にもれていなかった筈だ。
そもそも、ヴァンとカルロスさんの二人で決められていた事だし、だからといってこうなる未來まで予想出來ていたとは思い難い。
ならば、本來、お姉様に代わって結界を壊す役目を負っていた人間がいたのではないだろうか。
「……側から、壊す……としたら」
當然、得られる答えは一つしかない。
要するに、今回のパーティーに招待される人間に混ざっていた(、、、、、、)。
だが、おかしい。
ここまでの結界を展開しておくという保険をかけるカルロスさんが、誰も彼もを招待するなどという下手を打つだろうか────否。
であるならば、り代わっていた。
これが、正解だ。
「常識的に考えて、初めから側にいた。と考えるのが正解だろうな」
限りなく正解であろう答えに辿り著いた瞬間、気持ちの悪い汗が背中を伝う。
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苦笑いを浮かべるなど、を顔に出さなかったのが私に出來る一杯の強がりだった。
……社がなかったツケがここで回ってきちゃったか。
見覚えはある。
何度もエスターク公爵家が主催するパーティーに私も參加していたから。
でも、纏う雰囲気が貴族のソレとはまるで違う。
浮かべている笑顔も、仮面のように思えて薄気味悪い。一、彼は、誰なのだろうか。
「……キークス?」
そんな彼の異様な雰囲気に呑まれながらも、尋常とは程遠い彼の名前を呼ぶ聲がひとつ。
────キークス。
確かその名前は、どこかの子爵家に籍を置く人間だった筈。
鼻につくような発言を度々口にしていたので、覚えがあった。
だが、名前を呼ばれた筈の本人は、その呼び掛けに応じるどころか反応ひとつ見せない。
それどころか、獨白のような呟きを、気味の悪い笑みを浮かべながら口にする。
「全く、ここまで予定が狂わされたのは初めてですよ。カルロス・エスタークの弱味を握る事には失敗し、どころか協力者は捕縛された。まぁ、碌に報らしい報を持ってはいないので大した問題ではないのですが」
男は、がしがしと雑に髪を掻きむしる。
その言葉を信じるならば、ハクが今回の下手人を既に捕まえてくれたという事だろう。
ならば、殘るはこのキークス、と呼ばれた貴族にり代わっているであろうこの人のみ。
「だからまあ、予定外の邪魔がったという事でとっとと退散をするつもりでしたがあ? いかんせん、あなた方が將來有な魔法師と〝霊師〟過ぎた。おで、こうしてボクが姿を見せる羽目になった。この一點に限り、誇っていいですよ」
先の拍手は、この幻想的景に対してでなく、己に逃げ道を與えなかった私達への賛辭だった、と。……違和の正が判明した。
優秀過ぎたというのは、この〝擬似固有結界〟から抜け出す手段が者をどうにかする事を除いて見つからなかった、という事だろう。
だからこうして、姿を見せざるを得なかった。
「……おい、キークス!! お前何かおかしいぞ。一どうしちまっ────」
「嗚呼もう、五月蝿いですねえ。し、黙ってて貰えますか」
キィン、と何かが収束する音が僅かに鼓を掠める。
そしてその直後、キークスであった彼の様子を心配する青年貴族に掌が向けられた。
直後、嫌な予がした。
「……ッ、伏せて!!!」
暴ではあったが、咄嗟に反応出來ずにいた青年貴族を覆うように〝霊〟を展開。
分厚い葉と花が、一瞬にして彼を覆った事で、突如として生まれた発から間一髪で守る事に功する。
「おや。意外ですね。守るのですか(、、、、、、)。貴の立場を考えれば、守るどころかそのまま容認していても誰からも非難は飛ばなかったでしょうに」
「……それとこれとは話が別、です。それ、より、いま。何をしようとしたのか、分かってるんですか」
「ええ、勿論。鬱陶しい雑音を消そうとしただけですが?」
近所の庭でも散歩してくるような調子で、當たり前のように人を殺そうとした目の前の人に、私は嫌悪を隠し切れない。
しかも、恐らく私達の揺をう為といった目的ではなく本當に耳障りだったからという理由一つでだろう。
どういう倫理観を持っていれば、それらの行為を容認出來るのだろうか。
「しかし、素晴らしいですね。アレに反応して人を守り切れてしまう、とは。実に素晴らしい〝霊〟の使い手です。カルロス・エスタークを失腳させる為の作戦も頓挫し、協力者も捕われた。その中で手ぶらで帰るというのは些か、躊躇うところでしたが────」
────ここにいい手土産があるではないですかぁ。
男の焦點が私に合わせられると同時、粘著質な聲がぶれたと認識した瞬間、男の姿がかき消え、私の目の前に現れる。
まるで、場面が無理矢理に差し込まれたかのように。
そのせいで、彼の言葉を聞き取るという余裕すら失う。
ばされる手。
意識の間隙をついたような行だったが故に、私のは直してしまう。
魔法による兆候もなしに、ここまで人外染みた作をどうやって。
そんな疑問を抱く私だったが、男の手が私を捉えるより先に、勢い良く何かに引き寄せられる。
それが、抱き寄せられたという事実である事に気が付いたのは、私の鼻腔をよく知る匂いが擽ってからだった。
「そのき、見た事がある。お前、帝國軍人か(、、、、、)」
「おや。博識ですねえ?」
長差のせいで、ヴァンのに頭を突っ込むような形になってしまっているが、それでも私の聴覚を遮るものはないのでその言葉は明瞭に聞こえた。
「……帝國、軍人」
王國の隣に位置する國。
私は基本的に外共にあまり興味を抱いていなかったので、殆ど詳しくない。
だけど、そんな私であっても帝國についてはあまりいい噂を聞いた試しがなかった。
故に、眉が寄った。
「霊の次は帝國か。よくもまあ、他國の王位継承問題に首を突っ込んでくるもんだ」
何故、力を貸しているのか。
何故、首を突っ込んでいるのか。
疑問だらけだ。
ただ、なくともそうするだけの理由があるのだろう。
そして、それにあたってエスターク公爵家────もとい、カルロスさんが邪魔と思われている事はまごう事なき事実である筈だ。
「だが正直な話、王位継承は俺に言わせれば、どうでもいい」
貴族として凡そ相応しくない発言だ。
しかし、それはヴァンの本心からの言葉だろう。そもそも、エスターク公爵家は中立の立場をひたすら貫いている上、公爵家でありながら政治に殆ど介をしていない。
エスターク公爵家の次期當主としても、実はある意味、正しい発言でもあった。
本人としては、面倒臭い事は免かつ、貴族と進んで関わりたくない。なんて思っているが故の発言なのだろうけれど。
「だから、本音を言えばエスターク公爵領の民さえ不幸にならないなら、勝手にやればいいとすら思ってる。ただしそれは、俺の(、、、、)に手を出していない場合に限り、だがな」
そこで私は気付く。
カルロスさんの執務室から持ってきた筈の魔導を、なぜかヴァンは何一つとして持っていなかった。
────いつの間に。
そんな想を抱くと同時、その訳が判明する。
「────」
場の空気が、迫する。
場を埋め盡くす程に展開された無數の魔法陣が、張り詰めた空気を作り出す。
所々で聞こえてくる息をのむ音の重奏。
「……多重魔法陣。それも、その高速展開。魔導の助けを得ているとはいえ、噂には聞いていましたが、化ですねえ」
「なら、その化の逆鱗にれた事を後悔してろ」
言葉と共に、私の首付近に回されていたヴァンの腕が離れる。
そして、離れていろと言わんばかりにヴァンが私の前に立った。
本來ならば、そこで庇われるがままに守られておけばいいのだろう。
でも、私はそう在るつもりはなかった。
他でもない自分自が、先程面前で「対等」でありたいという意思表示を行った。
故に、それを覆す気は頭なく、どこまでも貫いてやる気でいた。
しかし、魔法師同士の戦闘において、ヴァンの手助けが出來るほど、私に能力があると自惚れている気もない。
だからこそ、周囲に注意と視線を向けた。
ヴァンの魔法の腕は疑いようもない。
そんな彼に「萬が一」があるとすれば、間違いなく、他の要素が絡んだ時だろう。
私は、その「萬が一」を消してしまえばいい。
傲慢のように聞こえるだろうが、今の私ならばそれが出來る。
この、〝ディア・ガーデン〟が展開されている今ならば、私にだって出來る。
だから。
「ええ。後悔していますとも。ですが、まだ青い(、、)」
「それは、どうでしょう」
「……なに」
男の視線のき。
空気の異変。筋の膨らみ方。
それらも含めて注視していた私は、言葉を被せる。
直後、ここにきて漸く、初めて男の顔から余裕が失われた。
香爐を使用して以降、心ここに在らずといった様子で茫然自失となっていたお姉様のを、蔦や葉が拘束。
他の貴族の面々も、萬が一がないように〝霊〟を用いて守りにかかる。
加えて、男自も何やら企んでいたようだが、その企みは彼の足下に浮かんだ魔法陣によって阻まれた。
「思い込みって、怖いですよね」
ヴァンと比べれば児戯にも等しい魔法の運用。
ヴァンが行使していたならば、男は気付いて何らかの対処をした事だろう。
けれど、使用者が私であったが故に、反応が遅れ、出來なかった。
何故ならば、私は元々、碌に魔法を扱えない「落ちこぼれ」令嬢であった筈だから。
「練度もひどいものなのに、使えない筈の人間が使ったともなれば、こうも綺麗にハマる」
魔法は今も、「殆ど」使えない。
そこに一切の虛偽は含まれていない。
ただ、伊達にエスターク公爵家に出りしていた訳じゃない。
ヴァンとハクの手助けをけて、辛うじてレベルだけど、「し」は魔法を使えるようになった。言ってしまえば、子供騙し。
でも、使う場面を選びさえすれば、それは鋭利な刃となる。
「何か策を弄そうとしていたみたいですけど、だめです(、、、、)」
「く、ハッ、やってくれます、ねえ……!!」
私が使った魔法は、初歩も初歩。
魔法の行使を阻害するジャミングの魔法。
一瞬の足止めしか出來ないけれど、今はその一瞬さえあれば事足りる。
そこに、ヴァンの魔法。
「ならば……っ、ちぃッ」
思考をものの一瞬で切り替えた男は、周囲へ視線を向ける。
しかし、それより先に徹底的に守りを固められていた現狀に、男は鋭く舌を打ち鳴らす。
「本當に、やってくれますねえ……!! なら、ひとまずここを」
────離れなくては。
私達を害する事は後回しに、どうにかしてこの窮地を逃れようとする男だったが、そんな彼に、ヴァンは一言。
「もう遅い」
防ぐ手段を失い、対処を必然的に一歩後からしか出來なくなった男の顔に、明確な焦燥が滲んだ。そして、周囲の人間は私が守っている事をいいことに、容赦のない大火力で────。
赤いを帯びた魔法陣が、猛威を振るう。
「────〝煉獄(インフェルノ)〟────」
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