《【連載版】落ちこぼれ令嬢は、公爵閣下からの溺に気付かない〜婚約者に指名されたのは才兼備の姉ではなく、私でした〜》14話 願い

圧倒的過ぎる熱量。

何もかもが乾いてゆく程の熱気は紛れもなく、ヴァンが用いた魔法が〝高位魔法〟と呼ばれる魔法師の中でもごく一部にしか扱えない魔法を使用した事を顕著に示していた。

逃げ場など、存在しない。

そもそも、この熱気の中では真面に呼吸すらも許されない。

逃げるという思考すらも奪う大魔法。

普通ならば、これで終わりだった。

これで、詰みだった。

……ただし、それは私達が相手にしていた人間が、ただの人間であったならばの話。

「ふ、ふふふふ」

聞こえる筈のない聲に、眉が寄る。

不気味極まりないその聲に、生理的嫌悪を抱く。

「ふふふふふふひひひ」

「……手加減をしたつもりはないんだがな」

相手が救い難い外道と分かるや否や、「捕縛」の優先度を下げ、始末を選んだヴァンの選択は間違っていない。

もしもの事を考えれば、ここで敵を殺す事は何一つとして間違った事ではない。

なのに、敵の笑い聲が聞こえた。

同時、炎が見える。

やり過ぎとも思える魔法を撃ち放って尚、私達の視線の先には人影があった。

「まさか。まさか、まさかまさかまさか。たかだか、子供二人にここまで追い詰められるとは。危うく、死ぬところでした」

歩み寄ってくる。

無傷ではない。

酷い火傷痕が見けられる。

直前に、魔法か何かを発していたようにも見えたので、それでヴァンの魔法と相殺を試みた。

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だから、まだ生きているのだろう。

そこまでは理解が出來た。

でも。でもだ。

負った傷が、魔法を使用する事すらなく、時間でも巻き戻したかのように戻るその現象は一、何なのだろうか。

悍ましいその景に、思わず自分の目を疑った。

「……どっちが、化なんだか」

「ですが、やはり発展途上。カルロス・エスタークであれば今頃私は消し炭になっていたでしょうが……貴方の未さに救われましたよ」

先の大魔法にて、ごっそりと魔力を持っていかれたヴァンが、肩で息をしながら眼前を睨め付ける。

慣れない魔導と大魔法の使用。

〝擬似固有結界〟の展開も、ヴァンが半分も負擔している。

普通の人間ならば、既に倒れていてもおかしくない量の魔力をヴァンは既に消費している。

だから、こうなったならば、ここからは私がどうにかしなくちゃいけない。

それは、分かってる。

分かっているんだけど、

「なん、で」

「────〝〟に通しているのは、貴だけではないんですよ」

が、かなかった。

恐怖でかない訳じゃなくて、本當に微だにしてくれなかった。

最中、未だ燃え盛る業火の先から、男が姿を現す。

先程までキークスと呼ばれていた男の顔は焼け落ち、その中から見慣れない男の顔が姿を曬す。

燃え盡きた灰のようなの髪。

傷だらけの顔。

年齢は、30程度だろうか。

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……私は、そんな分析をする。

否、かない今、分析をする事しか出來なかった。

〝ディア・ガーデン〟の効果が切れたのだろうか。

一瞬、そんな事を思ってしまうが、周囲には未だ、その効果が見けられる。

だったらどうして。

いや、そもそも彼は一私に何をした?

────こんな時、ハクがいれば。

そんな事を思ってしまって、これまでずっと私がハクに頼り切りだったという事を自覚させられる。

「……しかし、不憫なものですねえ」

業火の中で、聲が響く。

「不憫だと?」

「もし仮に、自國の王子が真面であったならば、こんな事(、、、、)にはなっていなかったでしょうに。なくとも、あの愚王子がいなければここまでの大事に発展する事はなかった。そもそも、エスターク公爵家が狙われる事はなかったでしょうに」

政爭の事はある程度私も聞き及んでいる。

を事細かには知らないけど、王子様が深く関係している事は、よく。

だから、まるで自國の王子が自國の貴族を排除しにかかったと捉えられる言いをした事が引っ掛かってしまう。

私達の関係を考えれば、それが単なる噓で、挑発である事だなんて火を見るより明らかな事実なはずだ。

なのに、何故か私はその発言が噓であるからと捨て置く事が出來なかった。

「……愚だなんて、隨分な言い草ですね」

「だってそうでしょう? いち貴族家のり人形になっている王子を、愚と言わず、なんと言い表せと?」

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やがて、業火が掻き消える。

そこには、やはり先程までとはまるで別人の姿があった。キークスではない、男の姿。

泰然とした立ち姿に隙はなく、どちらかと言えばカルロスさんに限りなく近い────歴戦の戦士のソレであった。

「甘言にわされ、國を割り、今も尚、害蟲として掻き回す王子など、愚でしかないでしょうに」

その言葉を最後に、何かが駆する。

直後、見た事もない魔法陣が虛空に浮かんで────男の姿が掻き消えた。

十數メートルあった距離が、即座にゼロへ。

「現実、そのせいであなた方はこんな目(、、、、)にあっているのだから」

それは、彼の正をヴァンが帝國軍人であると見抜けたキッカケのきそのものだった。

「……本來であればここで撤退、といきたいところですが、いかんせん未とはいえあなた方はあまりに優秀過ぎた。故にこそ、多のリスクを負ってでも、ここで芽を摘ませていただきましょうか」

リスクとは、時間を割けば割くだけカルロスさん達が駆け付けてくれる可能が膨らむ事を言っているのだろう。

靜かな殺意と共に、何処からともなく取り出された兇刃が無數の軌跡を描く。

その矛先は、けない私ではなく、ヴァン。

どうする事も出來ない私は後回しに、ヴァンをどうにかしてしまおうという腹積りなのだろう。

……対等な立場でありたいと願った癖に、大事なところで何も出來ない。

何も、させて貰えない。

その事実が、ひどく申し訳なくて、悔しくて。ハクがいなければ何も出來ない自分がどうしようもなく恨めしかった。

「……おや、こちらの心得もありましたか」

直後、不意打ちとも思える速攻を喰らいながらも、飛び散ったのは鮮ではなく、火花。

ヴァンが懐に仕舞い込んでいた短剣が、攻撃を阻み、虛しい鉄の音を殷々と響かせた。

「……親父殿が、魔法一辺倒である事を許してくれなかったんでな」

カルロスさんは、多くの人間がよくイメージする魔法師とは異なり、どちらかと言えば武人。筋骨隆々とまではいかないが、武にもある程度通しているとヴァンからいつだったか、聞いた事がある。

曰く、魔法師にとって力は必須。

だからを鍛える必要もある。

それにあたって、剣を學ぶ事は適しているし、自衛の手段としても有用であるから。

そんな理由でヴァンは學んでいた筈だ。

ハクが思わず、『……剣士として生きるのもアリだったんじゃないの』と言ってしまう程度に、才に恵まれていた事を知っている。

なのに。

「です、が。これでもワタシ、魔法よりも近接戦の方が得意な人間でして」

ヴァンの頬に赤い線が走る。

それは頬にとどまらず、腕に。足に。に。魔法を行使しようと試みても、既に展開された男の魔法陣が邪魔をする。

そもそも、目にも止まらぬ速さで行われる近接戦のせいで、満足に魔法を発する余裕自がない。

そのやり取りを、見ているから分かる。

……ヴァンは私に男の攻撃が向かないように、注意が向かないように立ち回っている。

どう考えても、私が足手纏いだった。

そして、男はそれを知った上で、私の存在を利用している。

ニヒルに歪んだ口角が、顕著にそれを現していた。

どう、する。

どうしたらいい。

私は、どうするべきだ。

自問自答を繰り返す。

ぐるぐると私の頭の中で、疑念が巡る。

────〝〟の本質は、「願い」なんだ。

そんな時、ふといつだったかハクに投げ掛けられた言葉が脳裏を過ぎった。

私が〝〟の一切を理解していなかった頃、ハクはそう言って私に教えてくれた。

尤も、あの時のハクの言葉は未だに満足に理解しているとは言えないのだけれど。

────そう創り上げるのだという「意志」が本質の魔法と異なって、〝〟の本質は、そう在れかしと「願う」想いの「強さ」が本質でね。

魔法の適に全くと言っていい程恵まれなかった私だからこそと言うべきか。

魔法の本質というものを、私は全然理解する事が出來なかった。

ヴァンやハクの手助けをけ続けて、漸く見様見真似で児戯のような魔法を辛うじて使えるようになったくらい。

だから、ハクの言う違いはイマイチ分からなかった。

それは、今も尚変わらないし、〝〟の本質というものも、私は未だ満足に理解出來ずにいる。

元より、私にとっての〝〟とは、自衛の手段でも、魔法の代替でもなく、単にハクとの繋がりを示すものであると思っていたから。

───だから、願えばいい。僕にじゃなくて、そう在れとただ願えばいいんだ。そうすればきっと、応えてくれる。多くの霊が、その願いに応えてくれる。

ノアにはその才がある。それは紛れもなく君の才能なんだ。僕から力を借りている。そんな負い目を抱く必要なんて何処にもないんだよ。

なにせ僕らは────ノアだから力を貸しているに他ならないのだから。

慈善でもなんでもなく、ただ私だからなのだと言ってくれるハクの言葉に、當時の私は嬉しく思いながらも遠慮する事しか出來なかった。

でも、だけど、もし。

もし、あの時の言葉がまだ有効なら────どうか、助けてしい。

どうか、力を貸してしい。

足手纏いになり続けるのは、嫌だった。

だから、だから。

「……、……〝ディア・ガーデン〟」

────私も、ヴァンと一緒に戦わせて。

鉛のように重いをどうにかかし、息を呑んでから再度、言葉を口にする。

びくともしなかったは、霊達の補助のおかげでかろうじてだけれど、いた。

「……な、に」

耳聡く私の聲に気付いた男が、驚愕のり混じった反応を見せる。

それは、私がけるようになったという事実に対しての驚きだけとは思えない、若干大袈裟に近い反応であった。

〝ディア・ガーデン〟の優位は失われている。既にその特は理解されていると考えるべきだろう。

なのに、消耗の激しい〝擬似固有結界〟を再度使用する意味が分からない筈だ。

そんな意味のない事をして何になるのだと思っているに違いない。

嗚呼、うん。

それでいい。

私の一挙一に好きなだけ気を取られていればいい。迷えばいい。悩めばいい。

その意図を探ろうとする男の様子を度外視して、私は続けて〝〟を行使した。

「風よ────」

言葉と同時、生まれた風が男に纏わり付き、吹き抜ける。

だが、その邪魔も數秒すら保たずに霧散する。

〟に通しているというあの言葉は事実なのだろう。

〝ディア・ガーデン〟でありながら、こうして自由に抵抗が出來ていること。

ヴァンの魔法をけて無傷である事。

それらの事実がある時點でそんな事は誰に指摘されるまでもなく理解している。

男の力量が、尋常でない事くらい。

だから、実力の追いついていない私が正攻法で戦うなど、愚行以外の何ものでもない。

そんな事は、分かっている(、、、、、、)。

「……っ、何もしなくていいノア!!!」

ヴァンのび聲が聞こえた。

何かすればするだけ、私に敵意が向くと分かっているが故の言葉なのだろう。

証明するかのように、今しがた正不明の魔法が私の頬を掠めた。

過傷特有の焼けるような鋭い痛み。

たしかに、痛い。

思わず聲を上げてしまいたくなる程に、痛かった。でも、傷だらけのヴァンと比べればこんなもの────こんなもの、傷のうちにもらない。

だから、気にするな。

気にせず、私はただ「願え」ばいい。

「────」

不意に、キィン、と魔法陣が駆する音が響いた。

その現実に、息を呑む音の重奏が生まれた。

使用者は灰髪の男でも、ヴァンでもない。

ましてや、私でもない。

文字通り、突如として生まれた。

これが適當だろう。

だが、世の摂理として生まれる事象その全てに何らかの原因が存在する。

突然、何の脈絡もなく生まれる事はあり得ないのだ。

そう、あり得ないのだ(、、、、、、、)。

「まさ、か」

何かに気付いたのか。

灰髪の男が視線を後ろへやる。

そこには見るも末な魔法陣が浮かんでいた。

否、魔法陣とも呼べないもの。

ただ地面を風で削った(、、、、、)だけの魔法陣があっただけ。

本來、魔法とは己自式を構築し、陣を描く事で完するものだ。

だから、魔法を扱う為には式の詳細を理解する必要がある。

加えて、魔法師としてのセンス。

私にはそれが絶的に足りておらず、そのせいで努力に努力を重ねて、やっと子供騙しの魔法を一つ辛うじて使えるようになった。

その程度だった。

魔法師として正しい過程を踏み、魔法を扱う場合、ここが私の限界だった。

ただ、努力を重ねただけあって、魔法の知識だけはそれなりに持っていた。

ヴァンやハクが、罷り間違って高位魔法であれば使えるのではないか。

そんな提案をし、試みていたせいで、使えはしなかったものの、知識はあった。

だから、この場に必要な魔法が何であるのか。それを私は知っていた。

陣は私が用意し、行使の部分を────〝霊〟に任せる(願う)。

魔法の分擔。

そんなものは聞いたこともないだろう。

使用者の私でさえも、偶然今、思いついただけなのだから。

故にこそ、こうして虛を衝ける。

私はしだけ口角をあげて、言葉を紡いだ。

「────〝暴風(テンペスト)〟────!!」

だが、霊の力を借りて尚、かつてヴァンが私の前で見せてくれたものとは完度が天と地の差であり、劣化極まりなかった。

そもそも、〝霊〟にとって魔法は門外であり、が使える手前、魔法を使う必要などどこにもないのだから。

けれど、その一瞬が運命を分けた。

灰髪の男の背後に〝暴風(テンペスト)〟を展開した事で、対処に追われて隙が生まれた。

その隙を見逃すヴァンではなくて────。

虎視眈々と千載一遇の隙を待っていたヴァンが、魔法陣を展開。

ぶわりと一瞬で虛空に広がる無數の陣。

視界全てを埋め盡くす勢いで展開されたソレは、どこにそんな力を殘していたのだと思わず口にしてしまいそうになる程、圧倒的であった。

「こんな、もの……!!!」

今度こそ追い詰められた灰髪の男が、抵抗を試みる。

〝ディア・ガーデン〟の効力は未だ健在で、活力を取り戻した蔦が彼に絡みつき、きを束縛しようと試みる。

だが、灰髪の男のきを制限しようとしていたのは蔦だけではなかった。

見たこともない極小の人工がいつの間にか浮遊し、何やら男のきを絡め取る。

「……あれ、は、マグノリアの。ぃ、や、今は関係ない……ッ」

一瞬だけ聞き取れたヴァンの呟き。

マグノリアといえば、心當たりはマグノリア公爵と呼ばれる魔導のエキスパート。

魔導の知識と技だけで公爵の地位まで上り詰めた言わば、一種の化

けれど、その疑問を解消するより先に、ヴァンの魔法が完した。

ばちり、と帯電の音が殊更大きく響く。

そして、展開された黃金の魔法陣が、灰髪の男に焦點をあて、そして撃ち放たれた。

「いい加減に、くた、ばれッ────〝轟雷(フォルゴーレ)〟────!!!」

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