《社畜と哀しい令嬢》足音
智子の目にも、沙耶の顔が日に日に悪くなっていくのが見て取れた。
咳き込む回數が増え、玲奈が見舞っても寢ていることが多い。
使用人の斉藤も、このところ玲奈を気遣うように見つめていた。
(これはいよいよ…)
智子は嫌な予がしていた。
玲奈は相変わらず鷹司家と流を楽しんでいた。
その反面、悪化していく沙耶の調に、眠れない夜を過ごすこともあった。
いくら鷹司家が玲奈に優しいとはいえ、玲奈の人生の殆どは沙耶と共にある。
沙耶を失うかもしれない恐怖と玲奈は戦っていた。
智子はウキウキと舞い上がっていた自分を恥じる。
鷹司家があれば、玲奈が一人になる事は無いと高を括っていたが、沙耶を失えば玲奈の足元が一気に瓦解してしまう。
しかし、自分の存在の危うさを知っていながら、玲奈はやはり強い子供だった。
邪険にされるのを覚悟で、沙耶の容態を雅紀に訴えに出た。
『お父さま、お母さまのお加減がこのところ、本當に悪くなっています』
玲奈の言葉を、雅紀はやはり冷ややかに聞いていた。
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『報告はけている。お前がわざわざ言いにくる必要は無いだろう』
沙耶がどうなろうと知ったことではない。
言葉にこそしなかったが、雅紀は言外にこう語っていた。
玲奈も覚悟をしていたのだろう。驚くでも無く、絶するでもなく、僅かに俯き靜かに顔を上げた。
『お父さまは、なぜ…』
玲奈は何かを言いかけて、口を閉ざした。
智子には玲奈の心を読み取る事は出來ない。
それは雅紀も同じだったのだろう。片眉を上げて玲奈を睨んでいる。
しかし、玲奈が言葉を続ける事は無かった。
『……失禮しました』
しい瞳を揺らして玲奈は雅紀の部屋から立ち去った。
『あなたここに何しに來たの?』
玲奈が雅紀の部屋から出ると、目の前には里が待ちけていた。
玲奈を見る瞳は、彼をバカにしているようにっている。
『あなたには関係ありません』
『あるわよ。だってそこにいるのは私のお父さまよ。あなたのじゃないわ』
『の繋がりは私にもありますから』
『はあ!?』
靜かに答える玲奈に、里は苛立ったように顔を歪める。
しかしそれをすぐに収めて意地の悪い笑みを浮かべた。
『ねえ、もうすぐ死ぬんでしょ? あなたの母親。大丈夫なの? 心配だわ』
口角を上げながら里は挑発するように言いやる。
智子は怒りで目が眩んだ。
先ほどの雅紀といい、里といい、人間の命をなんだと思っているのだろうか。
その怒りは玲奈もじたようで、目を見開いて里を睨みつけた。
『心配していただかなくて結構です』
『は? 人が心配してあげてるのになんなの?』
玲奈の返しが気にらないのか、里は顔をしかめる。
玲奈はやはり12歳とは思えない落ち著きで、里の橫を通り過ぎた。
真っ直ぐ前を見て立ち去る玲奈の背後に、里の聲が響く。
『どれだけ強がったって、あんたはすぐに一人になる! 大人になったとしても、政略結婚であんたの母親みたいに誰からもされないんだからね!』
悪意のある言葉には振り向かず玲奈は母屋を後にした。
その後、やはり病狀が悪化した沙耶は病院にうつることになった。
玲奈は毎日のように沙耶を見舞い、鷹司家の3人もたまに病室に訪れていた。
玲奈は鷹司家の人達を沙耶に紹介できて喜んだし、沙耶を鷹司家の人達に紹介できて喜んだ。
一見して、暖かい流のある、幸せな景が束の間、続いた。
けれども玲奈の13歳の春。
沙耶は病室で靜かに息を引き取った。
玲奈と斉藤に見守られながら。
そして最後まで、雅紀は病室には現れなかった。
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