《社畜と哀しい令嬢》別れの前日

「玲奈、いつもごめんなさいね」

病院のベッドの上でやつれたお母さまが申し訳なさそうに私を見つめた。

「お母さまったら、何を謝ってるの」

「學校帰りにいつも來てもらってるんだもの。お稽古だってあるのに大変だわ」

「まあ、お母さま。お母さまより大事なお稽古なんて、あるのかしら。それに私はこう見えてとっても優秀なのよ。先生だってそう仰ってくれているわ。だからお母さまに會いに來たって、私はぜんぜん平気なの」

私が自信満々に言いやれば、お母さまはふわりと笑った。

その笑顔を見ると心が暖かくなって、いつも安心する。

(お母さまは笑ってる。だからまだ大丈夫だわ)

私はお母さまの手を握った。誰にも連れて行かせない、そんな風に思ってとても強く握った。

驚くほど痩せてしまった手は細い。その事にしだけ泣きそうになるけれど、私は泣かなかった。

だってお母さまはここにこうして生きているのに、なぜ泣く必要があるのだろう。

泣いてしまえば私は認める事になる。

だから私は絶対に泣かないのだ。

「玲奈、近くに來て」

「はい」

お母さまに言われた私は握っていた手を離して顔を近付けた。

するとふわりとお母さまは點滴のしていない腕で私を抱きしめる。

家にいた時は優しい剤の香りがしたのに、病院特有の薬の匂いがする。

力は強くないのに、ひどく強く抱かれた気がした。

「玲奈、大好きよ」

「……」

震えるお母さまの聲が耳もとに響いた。私はとっさに何も言えずにを噛む。

「お母さまが、どこに行ったとしてもそれは変わらない。ずっとずっとずっと玲奈の事が大好き。それを忘れないで」

「……」

絞り出すような聲音だった。

なのに私は何も言えなかった。

「何もできなくて本當にごめんなさい。せめてずっと傍に居たかったのに……」

お母さまは私をそっと離して、私の顔をそっと覗き込んだ。

「私の娘に生まれて來てくれてありがとう。玲奈がいたから私は生きていて良かったと思えるの」

私は涙を零さないようにを噛み締めた。

言葉を紡げば、涙が流れてしまう。

けれど、まだ駄目。まだ、お母さまを連れて行かせない。

だから返事の代わりに細いお母さまのを抱きしめた。

わかっています、お母さま。

聲にならない私の言葉にお母さまは「ありがとう、玲奈」と笑った。

涙は流していない。

だから大丈夫。

まだ、お母さまは、死なない。

けれどその翌日、お母さまはいなくなった。

私と斉藤さんが見守る中で、幸せそうに。

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