《社畜と哀しい令嬢》選択の前に

智子さんが最初に話したのは、私を知っている理由だった。

それがどうにも不思議な話で、智子さんは端末アプリのストレンジTVでドラマとして私の生活を観ていたのだという。

それを聞いた時に浮かんだのは、この生活が盜撮されているのか、という恐ろしい考えだった。

私がそれを指摘すると、智子さんは首を橫にふった。

『それは無いと思うの。カメラは固定されて無かったし、いつも玲奈ちゃんを追ってたから。玲奈ちゃんが気付いてないならあり得ないと思う』

確かに智子さんは家の私だけでなく、鷹司家でのやりとりや、學校でのやりとりも知っていた。

さすがに盜撮されていればどこかで気付くだろう。

それだとますます謎が殘るが、智子さんはよく分かんないよねと軽く笑った。

『そもそもこの端末が繋がってること自ナゾだからねえ。でも世の中って不思議な事もあるだろうし、それは置いとこうよ』

置いておくには不思議すぎるが、確かに考えても分かりそうになかったので私も智子さんに倣って深く考えるのをやめた。

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『それよりも、とりあえず私の話を聞いてくれる? 私ばっかり玲奈ちゃんを知ってるのフェアじゃないもの』

智子さんはしずつ自らの生い立ちを私に教えてくれた。

どこで生まれて、どんな家族がいるのか、どんな學生時代を歩んだか。

他にも今はそこそこいい會社に勤めていて企畫の仕事をしている事や、人はいらないという事。

唯一の趣味である端末アプリから、私とこうして繋がるまでを話してくれた。

けれど智子さんの今までを知るのには、結構な時間がかかった。

不思議な事に端末が繋がるのは夜の23時から1時までの間で、さらに子供は寢なさいと0時には端末を切られてしまうからだ。

それでもひと月もすれば智子さんの格が分かってきて、私も自分の事を自ら話すようになってきた。

それは智子さんが私を褒めてくれるのが大きい。

毎日毎日飽きもせず、可い、頑張り屋さんと笑いながら褒めてくれる。

お母さまにも鷹司家の人にも褒めてはもらったが、ここまで手放しに褒められるのは初めてで、喜びと恥でどうしたらいいのかわからなかった。

そして今日も智子さんは私を褒めている。

『玲奈ちゃんはほんと可いよね。天使かと思う。ウルトラ可い。だってこの可さでお勉強頑張ってるんだよ。努力しちゃうんだよ。もうその時點で可さの頂點というか、世界可子ちゃん選手権優勝というか。あー偉い。玲奈ちゃんがいい子で偉い』

こんな事を真面目な表で言うものだからか、私は顔を赤くして俯くことしかできない。

智子さんが掛け値無しの本気で言ってくれてるのはなんとなく伝わって、それが余計に恥ずかしい。

「そんなことを言うのは、智子さんだけです」

『それは玲奈ちゃんの周りがバカばっかりだからだよ。もうすれ違う人全員バカだと思っていいよ。玲奈ちゃんの素晴らしさが分からない無能はいりませんので』

「智子さん……」

正直、智子さんがここまで私を褒めてくれる理由が分からなかった。

努力をするのは當たり前だ。こなせないのは私の能力が低いからだ。

私がそう言うと、智子さんは難しい表を浮かべた。

『玲奈ちゃん。真面目な話をしてもいい? たぶん玲奈ちゃんにとっては辛い話かもしれないんだけど』

「はい」

私は思わず頷いていた。

智子さんは私を本気で心配してくれていた。本気で私の支えになろうとしてくれた。

信頼するのはまだ怖いけれど、恐怖に目を瞑りたくはなかった。

『ありがとう。本當は13歳の子供にする話じゃないし、玲奈ちゃんが分からない間に全部終わらせられたらいいんだけどね』

「いえ、大丈夫です。私の事なのに何も知らないなんて嫌ですから」

『うん。玲奈ちゃんはそう言うと思ったよ』

淡く笑った智子さんはどこか悲しげだ。

『玲奈ちゃん、はっきり言って玲奈ちゃんの置かれてる狀況は異常なの。それを當たり前にしてるあなたの父親も、その家にいる人間も全員おかしい。だから私はあなたをその家から出したい』

「え……」

『その環境にいたら、いつか限界がくる。歪んだ環境で耐えられるほど人間は強くない。だから玲奈ちゃんに選んでほしいの』

「……選ぶって、なにを、ですか」

私は震える聲で智子さんに問いかけた。

『父親を……その家を捨ててほしいの』

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