《社畜と哀しい令嬢》糸
その日も智子は23時ちょうどにストレンジTVを起した。
しかしいつもならすぐに玲奈と繋がるはずなのに、通常のストレンジTVの項目しか出てこない。
「あれ……?」
智子は思わず首を傾げた。
いつもなら、玲奈もこの時間に必ず畫面を開いているはずだ。
「寢ちゃったのかな」
呟きながらも智子は表を曇らせる。
玲奈は真面目な子で、人を待たせる事は滅多にない。余程のことがない限りは。
「余程のことが、あったとか……?」
玲奈の今までの経緯を考えれば何かが起こってもおかしくはない。
嫌な予がしつつも、智子はブルブルと顔をふった。
「ただ忙しいだけかもしれないし、とりあえず待ってみるか」
智子はアプリを起したまま、落ち著きなく部屋をウロウロ彷徨う。
けれど1時間経っても2時間経っても、玲奈は智子の前に現れなかった。
ーーーーーーーーーー
「おはよう日永さん。なんかその顔久しぶりだね」
上司の森川が智子を見るなり苦笑した。
化粧で誤魔化しているが、酷い顔なのだろう。
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姿を見せなかった玲奈が心配で智子は殆ど寢ていない。
おまけにここのところ玲奈と話をするために22時には會社を上がって、殘れなかったぶん早めに出社していたから、慢的に睡眠不足なのだ。
もともとの疲労に徹夜が加わればコンディションが最悪なのはあたりまえだ。
「おはようございます。調は問題ないので気にしないでください」
「問題無いようにはみえないんだけどね。最近殘業も多いし。合が悪くなったら帰らせるからね」
「はい。ありがとうございます」
部下の調に気を使ってくれる上司を有り難く思いつつ智子は頭を下げた。
給料をもらっている以上、仕事には集中しなければならない。
けれど常に頭の片隅に玲奈を案じてしまい、いつもより作業に時間がかかってしまう。
それをもどかしくじながら目の前の仕事を見て、智子は溜息をついた。
(今扱ってる案件は大手企業との契約も絡むし気を抜いてちゃダメだ。進行中のイベントもたくさんあるし、次のイベントの概要も決めないと。それに午後からは來客も會議もあるし……ダメだ、やる事がありすぎる)
何かに集中したい時に、考えなければいけない仕事が多いのは辛い。
睡眠不足に元々の疲れも重なり、智子は肩を落とした。
(最近無かったんだけどなー。ダルい、何もかもがダルい。でもそうも言ってられない)
今一度気合いをれなければ!と顔を叩いて己をい起こしていると、先輩の松岡が姿を見せた。
「智子ちゃんて、今どれくらい案件抱えてる?」
「えっ……」
智子は反的に顔を引きつらせた。
この質問が出る時は大抵、仕事が降りてくるのだ。それも厄介な。
「重いのが二つ、後は結構細々したのを複數ですかね……」
デスクトップのスケジュールカレンダーを松岡に見せると、松岡は表を曇らせる。
「結構な量ね。殘業続いてるし當然か……」
「正直いま増えると、他に響きそうです」
「そうだよねえ……」
松岡からは仕事を落としたい、けど落としにくい、そんな空気が伝わってくる。
(これは間違いなく「何かありますか?」と聞くべきところだけど、聞いたらやる事になる。でも正直、これ以上増えるとヤバい。返上してる休みが一つも取り戻せない)
そこそこに社畜だが、どうしても完璧な社畜になりきれない智子は一瞬の間にスケジュール計算をして苦悩する。
松岡もまた忙しいだ。自分だけだと厳しいと判斷してこちらに來たのだろうが、智子も智子で厳しいのだ。
「こんな時に重量級のやつをお願いしたら」
「死にますね……」
「だよね。私と殆ど変わらない量だもんね」
「下の2人にお願いできないんですか?」
係長の松岡、主任を務める智子の下には2人の後輩がいる。
社2年目だが、実力主義を掲げる會社で頑張っているだけあって優秀な後輩だ。
「あの子達もそろそろ大きい案件経験してもよさそうですし」
「そうなんだけど本當に大きいやつなのよ……」
そんなものを振ろうとしていたのか、この繁忙期に。
出かかった言葉を飲み込んで智子は息をついた。
「仕方ない。私がやるかあ」
気怠げに溜息をついた松岡に智子は頭を下げる。
「申し訳ありません。サポートはさせて頂きますので」
「こっちこそごめんね。智子ちゃん仕事早いからつい頼っちゃって」
「因みにどんな案件なんですか?」
「企畫自は簡単なのよ。中學校とコラボして、新商品を開発するっていう」
「それなら2人でも大丈夫なのでは?」
智子が問いかけると松岡はふるふると首を橫に振って聲を潛めた。
「その中學校が問題なのよ。花霞學院なの」
松岡からの弾に智子は吹き出しかけた。
「はっ花霞學院!?花霞學院て、あの…!? 超セレブ學校じゃないですか……!!」
びそうになるのを抑えて、智子も聲を潛める。
(っていうかもしかして玲奈ちゃんの通ってる學校じゃないの!??)
ドラマーーいや、もうドラマではない。
玲奈を追う中で彼が通っている學校はもちろん出て來た。
現実だと知って検索をかければ、由緒ある家柄から桁外れのセレブまでが通う共學の稚園から大學までの一貫校だという事が分かった。
「いや、ていうか、え!? なんでですか? なんのコネですか??」
「コネとか言わないの。うちの社長が學院の理事長と意気投合したらしくて。ほら、花霞ってセレブ學校だけど、経営者の子息令嬢が多い學校だから開発から経営に関する授業もやってるらしいの。その話から、ね」
確かにこの會社はセレブを対象にした、上に高級がつくスーパー、菓子店、完全オーダースーツ店など、多岐にわたった店舗展開を行なっている大手企業だ。
智子は主に菓子店を擔當していて、大手とのコラボも行なっている。それでも花霞學院となると、ランクが違う。
歴史のある會社ではあるが、上場したのは現在の社長が就任したこの十數年なのだ。
「よくそんなの通りましたね……」
「まあ社長やり手だからね。でもうちだけじゃないみたいだよ。いくつかの會社ともやるんだって」
「あー、なるほど。……でも何もこの繁忙期にやらなくてもとは思いますけど」
「ただの社員に発言権なんて存在しないのよ」
哀愁を漂わせた松岡に、智子も頷いて同意する。
相手が相手だ。かなり慎重に進めなければならないし、聞いただけでやる事が山積みだと分かって気分が落ちる。
(でもこれってチャンス……?)
智子の頭の中は先ほどから玲奈でいっぱいだ。
コラボという事は中學校に行くことになるだろう。
(玲奈ちゃんと會えるかもしれない)
「松岡さん。私、頑張ります!」
「わあ! 頼もしい!!」
立ち上がって拳を握った智子に、松岡は両手を組んで瞳を輝かせた。
(今日帰ったら玲奈ちゃんに知らせないと!!)
テンションに任せて智子はがむしゃらに仕事をこなした。
けれどその夜も、玲奈とは繋がらなかった。
次の日も、その次の日も。
後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりを受けて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜
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