《社畜と哀しい令嬢》【番外編】日永智子と先輩のアドバイス

久しぶりに書きたくなったおふざけ回。玲奈がマンションを出た後の智子サイドの話です。

「なんか最近また殘業してるらしいじゃない」

馴染みの居酒屋の個室で、富永は焼き鳥を齧りながら呆れた顔で智子を見つめた。

「うっ…!」

「別に殘ってほしいって言われてるわけじゃないんでしょ?」

「はいまあ、そうですね。ただ、もう大丈夫だしいいかなって思って…」

俯いてチビチビとグラスに口をつける智子に、富永は「仕方ないわね」と溜息をつく。

「別にね、いいのよ。仕事頑張るのも殘業するのも。生き方なんて人それぞれで、仕事が楽しいって人がいるのは私も知ってるし。でも智子ちゃんはあれでしょ、完全に玲奈ちゃんロスでしょ」

「ぐっ…!」

図星を指されて智子は項垂れた。玲奈が一緒に暮らしていたマンションから巣立って早三か月。多寂しいが大丈夫だろうと高を括っていた智子だが、予想以上の手持無沙汰ぶりに時間を持て余し、これまで定時退勤を死守してきたことを忘れ殘業に明け暮れていた。

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人をれたとはいえ年中繁忙期の部署だ。仕事ならいくらでもある。そして一度殘業を許してしまえば際限がないのはどこの組織も同じだろう。

「智子ちゃんが仕事人間だったら別にいいんだけどね。違うでしょ。趣味の時間が無いと駄目な子でしょあなたは」

富永の容赦ない追及に智子は目を合わさず「はい…はい…」と死人のように答えた。そんな智子を見つめた富永は一気にビールを煽ってドンとグラスを置く。

「智子ちゃん。あのね、ロスはいつか終わるのよ。人間ってそういう風にできてるの。まして智子ちゃん、毎週のように玲奈ちゃんと會うか電話してるかメッセージでやりとりしてるじゃない」

そうなのだ。手持無沙汰とは言っているが玲奈とは週に一度は連絡を取っている。だから正直な事を言えば寂しさはそこまでではない。単純に玲奈と過ごしていた開いた時間を趣味が補ってくれないだけなのだ。映畫を見てもあまりらなくて、それなら仕事していた方がいいなというのが現狀である。

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「今の狀態でロスが終わった時、會社が元に戻してくれると思うの?家に帰してくれるとでも?」

組織というものを基本的に富永は信用していない。それは折にれて聞いているから智子も知っている。しかし富永はそれが必ずしも悪い事だとは言っていなかった。「それがに合う人もいるわけだし、會社員の恩恵もあるからね。多の事は仕方ないとは思うわよ」というのが彼の意見だ。

だが富永は智子が社畜質だと知っていると同時に、趣味や一人の時間をする人間だという事も知っていた。人と関わりすぎるといずれパンクするだろうこともよくよく分かっている。だから彼の追及は心配してのことなのだ。

「重々承知しております。せっかくさんが回ししてくれたのに申し訳ないです…」

「もう、そういう事じゃないのよ」

頭を下げた智子に富永は苦笑した。

「あのね智子ちゃん。私、會社を辭めるの」

「え!?」

突然の弾発言に智子は思わず顔を上げた。

「え、うそ、いや、なんとなくいつかはとは思ってましたが…ええええ」

する智子を「どうどう」と諫めた富永はニヤリと笑った。悪い笑みというよりもゲスいという言葉がふさわしい笑みだ。

「うふふ…目標金額がね、貯まったのよ」

「ええ…!?さんの…「一生遊んで暮らしたい貯金」が…?」

「そう。それについては智子ちゃんには謝してるの。鷹司という強力な金づ…得意先ができた事で思ったより期間が早まったんだからね…」

クックックッ、と笑う富永は非常に富永らしい。智子は富永のこうしたに塗れた笑みと生き方が好きだ。人生の目標と言っても過言ではない。智子は思わず拍手を送った。

「それはおめでとうございます」

「ふふ。ありがとう」

的にはいつ…」

「この間次長に話したから、引き継ぎも含めて半年後とかかな」

「半年…思ったより早いですね」

祝福のが強いとはいえ、ずっと同じ會社で頑張ってきた富永が辭めるのはやはり寂しい。

「うう…おめでとうですけど寂しいです」

「大丈夫よ。私はこれから自由なんだから智子ちゃんに合わせていつでも飲み會できるもの。會社でそんなに會うわけじゃないんだから、あんまり変わんないじゃない?」

「でも會社にさんがいるってだけで安心する人けっこういると思いますよ。私みたいなタイプの人は特に」

能力至上主義でを削って仕事をする人間が多いあの會社で富永は異端と言ってもいい。殘業が當たり前で休日出勤も仕方ないと頑張る人間が多い中で、「しゃらくさい」と膨大な量の業務をこなした上で堂々と定時で上がる人間だ。もちろんその富永だって殘業はしていたが、それでも休日出勤だけは一度もしたことが無いと言う。

それは上司にも後輩相手にも徹底しており、突発的な仕事がわんさか降りてくる制作部の砦のような存在だった。「仕方ないもの」と「仕方なくないもの」の管理徹底のおで無茶な事を言ってくる営業が激減したのは事実であり富永は制作部と企畫部の生きる伝説である。

そんな人間が抜けたらは大きいだろう。そう智子が指摘すると富永は聲を上げて笑った。

「智子ちゃん私のこと買い被りすぎでしょ。ただの社員にそこまでの力なんかないわよ。それに後輩には効率的な業務のさばき方とか適度な仕事のサボり方はしっかり教えたしね。あと営業部の弱みも一緒に教えたから、大丈夫大丈夫」

「やっぱり買い被りじゃないです」

「いや、買い被りだと思うけど。組織なんて結局は混してもしなくても回り続けるようにできてるのよ。倒産しない限りはね。ただ、後輩ちゃん達の心配はしてないんだけど…智子ちゃんは心配なのよねえ」

ふう、と富永は頬に手を當ててため息をこぼした。

「智子ちゃんってっからの社畜質じゃない。だからまあ、釘は指しておきたくて」

言われて、智子はこれまでの富永の発言に納得した。

富永は徹底した個人主義者だ。自分の生き方に口を出されることを好まない代わりに、他人の生き方に口を出す事もない。それは智子に対してもそうで、アドバイスはしても強要はしない。

今回、富永がし強めに智子に言ったのは、文字通り心配しての事だろう。會社を辭めれば富永が智子を守る事はできない。詳しく教えてはくれないが、智子のこれまでの環境づくりに他部署の富永が一役買ってるのは間違いない。

ここ數年で、企畫部全の休日出勤がかなり減ったのは気のせいではない。殘業は當たり前にあるが、それが無いだけで部署の皆が喜んでるのは知っていた。だから智子への風當たりも強くなかったのだ。

さんって私に甘いですよね」

「そんなことないわよ。私って基本自分が一番大切なの。自分の幸せが一番なのよ。でも親しい人間が何かで苦しんでると引っ張られるじゃない。そういうのっての無駄っていうか、煩わしいっていうか。簡単に言うとめんどくさいのよね」

「なるほど…?」

「結局人間なんてね、一人が甘いを啜るのは許せなくなる生きなのよ。だから自分の環境を整えるためにはっこから変えないと結局は反を買うでしょ?悲しみとか心配とか怒りって疲れるじゃない。力いるじゃない。私、それが本當に面倒なのよね。だからのエコって大事だと思うの。つまり打算よ、打算。でもその打算で親しい人が楽しく過ごせるなら効率的で最高でしょ」

前のめりになって力説する富永に智子は思わず吹き出した。富永らしい持論と言いがおかしくて、ひとしきり笑って富永を見やる。

「はあ…やっぱりさんは最高です。人生の師匠です。……ここまでさんにしてもらって、のんきに社畜に戻ってる場合じゃないですね」

「そうよ。私が築き上げた環境を無駄にしないでちょうだい。頑張るのはいいけど思考停止は絶対ダメ」

「はい!」

元気よく返事をした智子はこれからの事を考える。智子もこの十數年でかなり貯金を貯めたが、富永のように一生遊んで暮らせるほどではない。というか、富永の生き方は特殊過ぎて真似するにはスキルが追いつかない。

「私、さんに心配かけない私になります!」

「そうして。あ、でも今回の件は玲奈ちゃんにチクりました」

「ええ!?」

拳を握って意気込んだ智子に思い出したように富永は厄介な報を追加した。

「待ってください、玲奈ちゃんに怒られるじゃないですか!玲奈ちゃんこういう時はすっごく怒るんですよ!罵ってれるなら大歓迎ですけど口きいてくれなくなるんですよ!っていうかなんで個別に連絡取り合ってるんですか!」

「だって玲奈ちゃんって子ばかっていうか智子ちゃんバカでしょ?「智子さん報があったら教えてもらえますか…?」って首を傾げておねだりされたら流石の私も無料で報提供しちゃうわよ。可すぎて」

「なんっっっっですかその可すぎるエピソード!!そのエピソード私が知っていなきゃダメな奴じゃないですか!!もっと!!!!詳しく!!!!!!!」

「智子ちゃんって親ばかっていうか玲奈ちゃん信者よね」

「天使ですからね、そりゃ信仰もしますよ。可いは正義ですから」

「すごい、干からびたキュウリみたいだった智子ちゃんが急に生き生きしだした。キモイ」

「キモイことは悪い事じゃありません!!!!」

「キモイのは否定しないのね…。まあ元気を取り戻したようで何よりだわ」

「働いてる場合じゃない!!家で撮りためた玲奈ちゃんのDVDが観たい!!なんなら編集したい!!!そのために編集の勉強がしたい!!」

機がすごく気持ち悪くて怖いけど趣味への熱が出てきたのはいいんじゃない」

富永の毒舌を聞き流しながら智子は沸き上がる熱をじていた。

玲奈は智子の可い子供みたいなものだが、元々智子は玲奈のファンと言っても過言ではない。

つまりこの十數年、推しに心を注いできたようなものだ。それを失って智子は萎れていたのだ。だが一緒に住んでいないからといって推しへの熱を忘れていいのか。応えは否である。

さん!すべきことが見えました!!私はこれからも玲奈ちゃん公認のストーカーとして進します!!」

「引くわあ」

富永のドン引きした聲が、智子の耳を通り抜けて居酒屋の個室に響いた。

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