《腐男子先生!!!!!》8「いけ、そこだ、チューしろ!!!!!」
日曜日、17時55分映畫館會場前。
それが、取引相手との待ち合わせだった。當人二人以外が見ることの出來ないメッセージ機能を使って、取引相手とは服裝の報も換している。
(灰のニット帽子に、眼鏡。スマホのケースのはメタリックのレッド)
待ち合わせ目印を安易にバッグにしたりしないのが通だ。特にジャンルの公式グッズとして売られているものは、あふれすぎて目印の意味をなさない。
服裝とともに、スマホケースのを伝えておくのはスマートなやり方だなと、朱葉も思う。待ち合わせの相手というのは、必ず攜帯を摑んでいるものだ。
──いや、知ってるんだけどね。待ち合わせ相手。
心の中で冷靜に突っ込む。あくまで、ノリだ。もっと言ってしまえば、そういうプレイだと言ってもいい。偶然プレイ。今日はそういうことになっている。
朱葉の方の服裝は、特別なものではない。朱葉はどちらかといえば小で主張するタイプのオタクだ。手首には今日の映畫の推しキャラクターモチーフのシュシュをつけている。
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そして鞄には、これからはじまる応援上映の必須武、「っての変わる棒」がっている。(朱葉はあまりキラキラしてない派だ)
時間は刻一刻と迫っていた。ギリギリの取引はあまりにハイリスクだが、相手にも理由があってのことだろう。たとえば、そう、あまりほかの客と顔を合わせたくないとか。
ギリギリにはなるけれど、必ず來る、と言ったとおりに、その取引相手は現れた。
「お待たせしました。ぱぴりおさんですよね?」
いけしゃあしゃあと。厚顔無恥にそう言った、久しぶりに見る『オフの』桐生和人は。言っていたとおりに、灰ニット帽子にいつもの眼鏡、それから赤いスマホケースを持ち、そして。
(痛Tかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
えぐいくらいに全面プリントの推しTシャツを著ていた。その姿に涼しげな生教師の面影はない。背が高かろうと、スタイルが良かろうと、関係はない。むしろ臺無しだ。
しばらくイベントでは會っていなかったので(なぜなら桐生が目當てサークルである朱葉から新刊をイベントで買う必要がなくなったため)衝撃が強かった。
朱葉は心の中で盛大にどん引きをしたが、そこはそれ、初対面の? 偶然出會った? ただの取引相手ですし?
口元を引きつらせながら、ごくごく速やかにチケットと用意してあった定価を換する。
作り笑いも寒々しく、お禮を言って。
「ありがとうございます~。じゃあお互い楽しみましょう~」
そう言って流れるように場する、つもりだった。のに。
「かわいいですね」
そう言われて、え? と朱葉のきが止まる。
前と同じく顔の見えない前髪に眼鏡で、それでも朱葉のシュシュを指さして。
「それ。リーヨちゃんですよね」
そう褒められたので、「え、あ、はい、まあ」と朱葉はキョドった返事をしてしまう。
そして桐生はちょっとだけ口元をあげて笑って、自分の元に手をあてると、どこか誇らしげに言った。
「俺はジオさま推しなんです」
見りゃわかるよ、バーカ。
そう言う前に、上映がはじまるアナウンスが流れて、慌てて駆け込んだ。
応援上映は最近メジャーになってきている、映畫館での新しいイベントだ。
観客はペンライトやうちわなどを持ち込み、映畫のキャラクターへ、思い思いの聲掛けをしてもいいことになっている。アイドルものだけとは限らないが、今回のダブスタは応援上映の先駆けとなったアイドルもののうちの一本だった。
通常の上映はもう終わってしまっている。円盤の発売が近くなってきたので、そのための特別上映會という名目だが、かつて熱狂にんだファン達、もしくは當時駆けつけることは葉わなかったがあとからはまったファン達が座席を埋めていた。
特別上映ということで、予告はない。(ちなみに予告があればかの映畫泥棒にも敬意をこめて赤いペンライトを振る)
はじまったと同時に、映畫館がざわめく。まだ、半信半疑のざわめきだ。
(え?)
朱葉もまた、多の違和はあったけれど、確信に至らない。
けれど、劇場で誰かがんだ。
誰かっていうか、隣の座席の、腐男子がんだ。
「新規カットだ!!!!!!!」
ぶわっと悲鳴がもりあがる。朱葉も「マジで!!!」とんでいた。新規カット。映像に手がっているということだ。円盤収録版か。それとも本當に特別映像なのか。
わからないが、ともかく、同じストーリー、同じ映畫でも、《見たことのないセカイ》がそこにあることは確かだ。
劇場の熱気がぐんぐん上がる。
そして、タイトルコール場面がきた。
『みんな~! 僕らのことはわかってるよね! 夜空にきらめく……』
「「ダブルスタアアアアアアアアアアアアアアアア」」
朱葉も桐生も絶した。
それからはもう、ジェットコースターのごとき時間だった。
キャラクターが笑えば一緒に笑い、泣けば「泣かないで!」とぶ。キメ顔シーンともなればヒューと言い、萌えシーンでは拳を握って。
「いけ、そこだ、チューしろ!!!!!」
と隣から聞こえた。一応小聲だった。良識があってよかった朱葉は思った。(でも朱葉もチューしてもいいシーンだなと思った)
結局嗜好が似ていることは認めざるをえない。そういう相手と隣り合って応援上映に參加出來るのは幸せなことで、朱葉もこれまで様々なイベント経験があるが、悔しいことだが、一番気持ちが盛り上がった、と言ってもよかった。
そしてる棒をぶん回しつつ映畫は終盤に差し掛かり、あるキャラクターのソロ曲で、失われた星の緑が再生するという、歌のしさも相まってめちゃくちゃ泣ける良シーンに差し掛かった。
うわっと朱葉の目にも涙が溜まり、でも、ペンライトを緑にかえなくちゃ。そう思った瞬間だった。
手を、握られた。
(え?)
隣、桐生の。
長い指。熱い手が、朱葉の手をつかんで。
「是非これ、どうぞ!!!!!」
緑のライトを渡された。折るとるやつ。一曲分のめっちゃるやつ。
そういえば、ソロを歌うのはまさに、桐生の推しキャラだった。
そして桐生自、すでにライト8本折り済みだった。
「アッハイ」
そのあとめちゃくちゃペンライト振った。
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