《腐男子先生!!!!!》17「話をさせてよ。聞くから、行かないで」

冬のはじめ。家を出ると冷たい雨が降っていた。

まるで自分の心みたいだ、と朱葉は思った。

コートの端と、傘をさす自分の手がしずつぬれていって、それをぬぐうのも億劫だった。いっそ雪になってくれたら、傘も捨てられて存分にぬれてしまえるだろう。

一日憂鬱な気持ちで過ごして、放課後になった。攜帯を見ながら、どうしよう、と思う。いつもは生準備室に行って、馬鹿みたいな話をするのが常だ。でも。

今日はそんな馬鹿な話をする気にもなれなかった。別に、が悪いわけじゃない。寢不足は、ちょっとあるけど、ご飯もたべた。あんまり、味はしなかったけれど。

気は進まなかったけれど、足は自然と、生準備室に向かっていた。人通りのない廊下、明かりのついていない準備室には、『不在』の札が立てかけてあった。

(なんだ、いないの)

準備室には鍵がかかっている。中にって待つことも出來ない。

(使えない……)

でも、いなくてよかったのかもしれない。今日はダメだから。すごく心が參っているから。わるいことを、してしまうかもしれない。誰でもいいから寄りかかりたくなったり、誰でもいいから、け止めてしくなったり。

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外は寒くて。

冷たい雨が降っているから。

ぺたぺたと、っぽい足取りで、帰ろうとしたら。

「おっ」

ひと気のない階段で、下から上がってくる桐生とはちあった。手の中には、購買で買ってきたのだろう。珈琲の缶が握られていて。

慌てた様子で、階段を上がってくる。

「悪い、ちょっと會議が長引いて」

「いいです」

思わず、答えていた。

マフラーで口元を隠して。上がってくる桐生を避けるようにして。

「いいって?」

「帰ります」

「いやいや、ちょっと」

桐生の手がびて、朱葉の腕をつかむ。

「放してください」

「待って、早乙くん、待って」

びますよ」

「困る。それはお互いめっちゃ困るけど。えーと」

腕を引き寄せて、眉を寄せ、ひと気のない階段で、響いてしまわないように聲をひそめて、言った。

「話をさせてよ。聞くから、行かないで」

「……だって」

うう、とうめき聲が朱葉の口からもれる。

「だって?」

今日も先生のこと、嫌いな日? と聞くから。

朱葉は素直に、言った。

「……このままだと泣きそう。つらい」

「はいはい。わかったから」

そしてを引きずるみたいにして、生準備室につれてこられたら、準備室の中はボイラーがきいてあたたかった。その暖かさが、しみいってやっぱり涙になりそうだ。

「こっち。座って」

桐生は椅子ではなく、ボイラーの隣の床を指した。桐生の椅子に置いてあった座布団をひいてもらって。その上で膝をかかえられるように。自分はそのまま正面の床に座って。

大きな機の影に隠れるように、ふたり、座り込むと、紙コップに珈琲をいれて。

コツン、と床に置いて、言った。

「推しキャラの闇落ち寢返りってめっちゃつらいよな……」

「~~~~そ、れ、な…………」

昨日の夜からSNSでも垂れ流しているけれど朱葉の心はマジお通夜だった。メインジャンルじゃないけれど、それでも結構、結構好きだったジャンルだし、カップリングだし、結構読んだし。描いたし。なのに。

「なんかそんな予はずっとしてたんだよおおおおお嫌な予はずっとしてたの!! だってあのバトルの時たったの死亡フラグor闇落ちフラグでしょ!? むしろ死を覚悟したよね! なんなら追悼漫畫のネームは切ってたよね!?」

「早すぎたな」

「ほんと!!!!! それな!!!!!! わたし死ネタ別に地雷じゃないけど!!!! けをないがしろにする攻めの闇落ちはないよ~~~~!!!!!! あの子がどれだけ攻めに人生を捧げてきたと思ってんだよおおおお」

「ほら、これからもうひとどんでんあるかもしれんし……」

「ないよおおおおこうやって考えたらあの過去編もこのエピソードもみんなこの日のための伏線だもん~~~~!!!!! つらいーーー!!!!! 上手いーーーー!!!!!」

「でも、俺達の見てきた妄想が消えるわけじゃないだろう?」

「だけどだけどだけど!!!! あの二人のハッピーエンドはもうないってことなんだよ!?」

「落ち著け。最初から俺達の心の中にしかHOMOはいない」

「その現実を見るのが嫌なのーーーーー!!!!!」

わんわんと泣く。バトル漫畫で腐ってしまった腐子の宿命だった。

さんざっぱらSNSでも嘆いたけれど、直接聞いてもらったらずいぶんすっきりするのがわかった。泣いてる朱葉に桐生はティッシュもくれて、イケメンだなってちょっと思った。

「これでも食べて、元気をだして下さい」

それから大きな手がぽんぽん、と頭をなでて、小さなチョコレートの小袋をくれた。學校で、桐生からお菓子をもらうようなことは、初めてだった。甘いが好きなようだから、準備室の機で食べているのは見たことがあったけれど、もらったことは一度もなかったから。

だから、今日は特別。

特別に、優しい。そう思ったけれど。

「おいこれきのこじゃねーか」

「えっマジでたけのこ派とか人類じゃなくない?」

「お、戦爭か? 戦爭か?」

拳を固めて、立ち上がったけれど。

ああ、ようやく元気が出てきたなって、朱葉は自分でも思ったし。

桐生がいてくれてよかったって思った。言わなかったけれど。

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