《腐男子先生!!!!!》27「つきあってください」

クリスマス絵のリクエストがしたい、と桐生が言った時、朱葉はもちろん、ものすごく頭にきた。

頭にきたのだけれど、別に、それだけというわけでもなかった。

(この男《ひと》、結局わたしのこと、本當にめちゃめちゃ好きなんじゃないだろうか)

とりあえず、息を切らして走り出してくれる程度には。それは、朱葉にとっては新鮮な経験だった。

まあ、絵だけなのかもしれない。

描くモノ、だけなのかもしれないけれど。

けれども相手が桐生だから。そういう、ひとが、作り上げるものに、もしかしたら、ひとに対するよりももっともっと、執著と熱意と、をもてる人だから。

朱葉にとっては、別に変わらないことなんじゃないかと思ったのだ。

桐生が、朱葉のことが、好きだと。

そういう仮定のうえで。

朱葉にはのぞみがひとつあったので。

取引を、もちかけることにした。

「取引……?」

あっけにとられたように桐生が言う。「そうです」と朱葉が続ける。

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そして、まっすぐ桐生を見て言った。

「先生は、わたしが男子と、つきあったら嫌ですよね」

「……それは……」

またなにかめんどくさい言い訳をしようとしている。その気配を敏に察知して、素早く朱葉がさえぎり言う。

「わたしがリアルにうつつを抜かして、推しメンが彼氏になって推しジャンルが自分のになって対彼氏の夢になって絵を描かなくなっても?」

「死んでも嫌です」

即答。めっちゃ強い返事だった。

最初からそう答えていればいいんだよ! と朱葉は心の中で鬼軍曹のようなことを思った。

それからやっぱり、自分は怒っていたのかもしれない、と朱葉は思う。

だって、こんなの、分が悪すぎる。自分だけ、貧乏くじを引いている、とじた。フェアじゃない。フェアじゃないけれど、ここで言わなければ、きっと自分はもう言えないだろうし、後悔をするだろうと、思って言った。

「わたしも、嫌です」

ぽかんと、桐生は口をあけたままだった。

通じてないんだろうなと、朱葉は重ねるように言った。

「わたしも嫌です。先生がの人とつきあうの、なんか嫌です。彼さんのことでいちいち先生に説教をするのも嫌だし、気を遣うのも嫌。そしてそれで、これまでみたいに萌え話を話せなくなるのが、一番嫌です」

放課後の生準備室。

朱葉が遊びに來てくれなくなったら嫌だと、そう先に言ったのは桐生の方だった。

だから。

「卒業するまで、で、いいです」

きらきらる、イルミネーションの下で。

うす暗闇に顔を隠して。

朱葉が思い出していたのは、いつかの、三年生と桐生の會話だ。

──大學に行ったら、つきあって下さい。

そんなこと、言えない。

絶対に言えないけれど。

「わたしが卒業するまで、彼とか、つくらないで下さい。──わたしも、つくらないから」

あと、たった一年。たった一年と、しじゃないか。

ささやかな時間を、換してしいと朱葉は思った。

にして、なんて言わない。

手をつないでとか、抱きしめてとかキスしてとか、そんなことはんでいない。わからない。これから思うのかもしれない。未來のことはわからないけれど。

今は、とにかく。

それが一杯の條件だった。

悪い──取引じゃないって、思ってしかった。

桐生は無言だった。ゆっくりと、腰を持ち上げて。

朱葉を見下ろすように、背中を丸めて言った。

「……早乙くんは、それでいいの」

ぼそぼそと、自分の推しの話を自信満々に言うのとは違う、どうしようもない迷いの聲音で。

「俺は、自分で言うのもなんだけど、わりとリアルに関してクソだと思うし、これまで駄目だったから、これからとかも、上手くいく見込みはない。でも、君は……」

それでいて、きっぱりと。

「君は、俺のことなんて振り返ったりしなくていい」

そう、告げた。

「ああ……」

ため息みたいに、朱葉の口から吐息がもれた。その息は冷たくて、冬だというのにあたりを白くすることもなかった。

「ああ、そう、ですか……」

拒絶だと思った。

自分と朱葉は違うから。そんなのは百も承知だ。こんなことをお願いしていい立場でもなくて、それでも、わかっていて、心を、決めて言ったのに。

何も、わかってはもらえない。

心を差し出しても、け取っては、もらえない。

ゆっくりと目の前が暗くなるような気がした。

諦め、に近い、冷たい気持ちだった。

そのまま、目を閉じるように心を閉じてしまおうと思った。

けれど。

「でも、俺は」

桐生は言葉を続けた。

「推してるから」

強い、強い言葉だった。

「にわかだって言われるかもしれないけど、これまでの早乙くんのことを知っているわけでもないけど。でも、俺が一番のファンでいたいって思うし、君が今、俺の一番の推しなことは、代わりがないから!!」

神様だから。

それだけは。

その一點だけは。

信じてしいと言うようだった。

(そう、だな)

それだけは。出會った時から。

このひとは、ずっと、誠実だったし。

これからも、誠実なのかもしれないと、信じることが出來た。

そして。

「いいんですよ」

ゆっくりと、信號待ちの、満ち足りた気持ちを思い出しながら、安心させるように、心を落ち著かせるように、朱葉が言う。

「わたし、さっき、嬉しかったんです。さっき以外も……なんか、時々、先生が思うよりずっと。わたし、嬉しいことがたくさんあったんです」

忘れがちだけど。楽しかったし、嬉しかった。それは、噓ではないし。

「だから……いいですよ」

先生が、クズでも駄目でも。

こんな時に、めんどくさい言い回ししか出來なくて、たとえば百回幻滅させられても。

別に、いい、と朱葉は思った。

それから眉をハの字にして、困ったように笑って。しなじるような聲で、朱葉は言った。

「ていうか、取引を持ちかけたのは、わたしです。わたしのことは、わたしが考えます。立するのか、お斷りするのか、答える義務があると思います」

チケット取引なら、出來るんでしょ。

そう言ってやったら。

「じゃあ……」

一回、こくりと、を鳴らして、まるで、本當に、チケット取引のように言った。

「……とても、嬉しいです。ありがとうございます。よろしくお願いします」

その答えに。

はい、よくできました、と。

朱葉は言った。

それで、立。

本當にささやかだけれど、期限付きの、換取引が立した。

いろんなものをごまかして。

面だけを、とりつくろうようにして。

それでも何かをつなぐための大切な取引だった。

それじゃあ、と帰ろうとしたら、「待って、早乙くん」と呼び止められた。

振り返ると、桐生が、めちゃくちゃに張した聲で言った。

「今日は、俺は、俺の神様を送っていきたいんですけど、いいですか」

駅までで、いいんで。

そういう風に、言うから。朱葉はとりあえず、考えて。

「えーと、先に、マリカさんに連絡をしてあげてください……」

どうしても気になるので、それをまずお願いをしてから。

「それから、わたし、ぐるっと一周、このイルミネーション見てから帰りたいんで」

別に、人同士みたいにじゃなくていい。

腕も組まなくてもいいし、話題はそう、今日見たクソみたいな映畫の話でいい。

でも、他でもない、先生としたいから。

「つきあってください」

そう、朱葉が言った。

多分、はい、とまた、神妙に答えるだけだと思っていたら。

「よろこんで」

優しくわらって、桐生が答えた。

オチ、は、なく。

これにて、長々と書いておりました、ターンを、ターンエンド、とさせていただきます……。

おつきあいありがとうございました。

実はもうちょっとクリスマス補足エピソードがあるので、(マリカさんの話とか、クリスマスイラリクの行方とか)

もうちょろっと……書く予定……。

こんなところで二人の関係は終わらないだろうって?

そう、多分、ここからが始まりってやつですね。

よければおつきあい、よろしくお願いいたします。

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