《腐男子先生!!!!!》34「なぜ地雷がお前を避けてくれると思ったのか」
桐生和人が泣いていた。
放課後の生準備室、いつものように中にって、「うわ」と朱葉はどちらかといえば無に言った。
うわ、きもい、とか、うわ、勘弁、とかの「うわ」だった。
「ええっと……」
どうしたんですか、ととりあえず聞いた。一応だ。かつて凹んでいたときによくしてもらったよしみもある。……本當に、よくしてもらったか? 迷の方が大きかった気もするけれど、まあ、それはそれだ。
「…………」
目頭をハンカチでおさえたまま、桐生がタブレットを渡してきた。そこにうつっていたのは、前夜にSNSで拡散されていた畫像だった。
「あ、これこれ、見た見た」
その容は、ある會社員腐男子からの匿名メッセージだった。腐男子である彼がイベントで買いに行った時、転売と間違われて売ってもらえなかった、というエピソードだ。押しつけがましくなく、非難めいてもいない、世界は決して彼に優しいことばかりではなかっただろうに、誰も恨むようなことのない言葉だった。
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朱葉もどこかで聞いた話だなと思いつつ、しみじみをしたのだが。
「えっ、まさかこれ先生じゃないよね?」
おそるおそる聞いてみる。ついにこんなことを……と思ってしまったが。
「違う!」
だん、と機を毆って桐生が言う。
「斷じて違うが……! これは俺だ……!」
「お、おう」
思わず朱葉はあとずさりながら返事をする。なんとなく話はわかってきたけれど、あまりの極まり合に、どう乗ればいいのかわからない。
「この優しい仲間に……! どうか一冊でも多くの神本が與えられんことを……!」
「せやな……」
ちょっと距離をとりつつ座って、朱葉が言う。
「まあでも、嫌がる人は嫌がるのかもね。わたしなんかは、先生みたいなの來ても、珍しいし、嬉しいなーってくらいだったけど。男の人が買いにきて、全然気にしないって人もいれば、転売で嫌な思いをした人とか、男ファンで怖い思いをした人は斷りたくもなるんじゃないかなぁ」
ありがたいことに朱葉自はまだそれほど転売で痛い目をみていない。通販ショップにおろすことがないせいだろうか。現地で買わねば買えないのだ、と思うと、ネット上で探す人もなく、転売をしてもいいお金にならないからかもしれない。(もしかしたら、そんなターゲットにもならないような、小規模サークルだからかもしれないけれど)
たまに自分の本が中古で売られているのは見かける。悲しいし、どちらかといえばやめてしいけれど、まあ、そういう巡りだったのだろう。朱葉だって、周回遅れのジャンルにはまってしまったら中古ショップ様に寶探しにいくことはある。あれはすごい。寶の山。再録最高。
でもオークションは嫌だ。値段が上がらないのを見るのは。かなしいので自分で落としたくなってしまうから。
そんなことをつらつら考えていると、極まっている桐生が言う。
「いや、彼は偉いと思うよ本當に。つらかったよな。つらいよな。読みたい気持ちは一緒だし萌える気持ちは一緒だけど、けどじゃあすべてが一緒かというと一緒じゃないわけなんだよ。どれほど文化としてしてオタクが認められてクールジャパンとなってもアングラなことにかわりはないしそのアングラさこそをしてきた。けれどアングラだからしてきたってわけでもないと思うんだ。そのアングラさの中にある! 萌えを摂取したいという! あらん限りのにも似た! それが! 俺達のすべてだとは思わないか!?」
「話が長いので一行で言って下さい」
「転売屋を殺そう」
それな、と朱葉が言った。
それだけはわかる。基本的に桐生は寛容で博主義の過激派だよなあ、と思いながら、ふと、朱葉が聞いた。
「……あのさ、先生って、地雷、ある?」
「ん?」
「いやー、逆カップリングがだめとか、化が駄目とか、なんか、々……」
「地雷かあ」
天を仰いで桐生が言う。
「………………男作家の描くBLはいまいちちょっと……」
「あ、まあその辺はわたしには関係ないんでいいです」
話が長くなりそうだったので適當に切ったら、桐生が顔を上げて、
「何かあったの?」
と聞いてきた。
「いやー、あったってほどでもないんですけどね」
朱葉がぽりぽりと頬をかいて、言う。
「昨日アップしたイラストあったじゃないですか。ダブル化の……虎柄ビキニの百合……。あれ、すぐ後に、申し訳ないんだけど骨な化地雷なんだよねー、って……エアリプっていうか、呟いている人がいてですね……。いちいち言われたわけでもないし、別にそんな仲いいフォロワーさんじゃないからいいんですけど、だからこそもやっとするっていうか……」
そういうのって、どう思います? と朱葉が聞けば。
「地雷を踏んでまだ息があるのか? 苦しいだろうから今すぐとどめを刺そう」
「ちょっと!! いきなり過激派にならないでくれます!? あと今何検索してますか!? フォロワー特定すんのやめてください!!」
「スパブロ凍結とのっとりどっちがいい?」
「どっちも嫌だわ! つか後者は犯罪です! 思いとどまって!」
なのかもしれないけれど、が怖い。
「じゃあ絶対に絵はさげないように。俺はもう保存しましたけど。虎柄ビキニ最高ですよね。節分おめでとうございます」
「もうつっこむ気力がないです」
「誰かの萌えは誰かの地雷。逆もまたしかり。地雷は外、萌えは、そうやって自己防衛して生きていくのが鉄則。ここは戦場だぞなぜ地雷がお前を避けてくれると思ったのか」
「めっちゃ正しいけどなんか……なんか……違う……そういうめがしかったわけでは……いやしかったのか……?」
でも、ほんのしもやもやな霧がかっていた心が、晴れたことは確かだった。出來れば誰からも、嫌がられずに生きたい。でも、それが絶対に無理なら、朱葉だって、嫌ってくる人より好きな人を大切にして生きたいと思っている。
「地雷は外、萌えは、ね」
大事にするのはこの相手でいいのかなぁと、まあ、思わなくとも、ないのだけれど。
スケジュールを見れば、もうすぐ二月も半ば。
そろそろ用意をしなくちゃいけないな、と朱葉は思った。
おや、2月の様子が……?
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