《腐男子先生!!!!!》47「ちょっとした病気です。すみません」
2話連続更新の2話目です。最新話を読みにきている方はお気をつけください。
改めて話を聞いてみれば、イベント會場で朱葉のスペースに手紙を置き、聲をかけたのは九堂の仕業で。
SNSにメッセージを送ってきたのと、手紙自を書いたのは、九堂ではなく、車から降りてきたの方だった。
は名前を、さくしま靜という、のは、朱葉や桐生がSNSでみかけていた名前であり、本名は靜島咲《しずかしまさく》というのだと、粛々と語った。
九堂の出した名刺の、代議士の苗字と同じだった。
「娘さんの付き添いも書業務のうちで?」
嫌味というよりも、素樸な疑問として桐生が聞けば。
「ええ、お嬢様が、ひとりだとタクシーにも乗れないとおっしゃるので」
そういう九堂の顔は、言葉とは裏腹に心底うんざりとしている。お嬢様と書。言葉だけ聞けば、萌えシチュエーションだなと朱葉も思うのに、その実は萌えシチュエーションほど簡単ではないらしい。
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「……で、そのさくしま靜さんは」
今度は腕を組んで、桐生が咲に尋ねる。
「どうしてぱぴりお先生に脅迫めいたメッセージを送ったのかな?」
優しい口調だったが、聲にはどこか、迫力がある。その迫力に、咲は気づいているのかいないのか、必死の顔で言う。
「脅迫なんかじゃありません!!」
罪悪があるのだろう。朱葉からは、目をそらして。
「ただ……ただ、……ゲームを、やめて、しくて……」
はぁ? と九堂が呆れたような聲を上げた。だけれどあきれかえったのは彼だけで、桐生と朱葉だけは一瞬顔を見合わせ、無言で目配せをした。
なんだかそんな気がしたのだ。
咲は、朱葉のフォロワーの中でも、ずいぶん熱心なファンだったから。
小さなを震わせながら、目に涙を浮かべて。咲が言う。
「……好きだった作家さんが、みんな、ゲームとか、別のアニメとかで、描かなくなっていっちゃうの、見てると怖くて。ぱぴりお先生が一番好きだったから、すごい流行ってるゲーム、やらないってずっと言ってたのに、はじめて、楽しそうで、だから……」
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ぽつぽつと、まとまりのない言葉で、咲が言う。不安で不安で眠れなくて、思わず自分のアカウントを一度まっさらにして脅すようなメッセージを送ってしまったこと。男が手紙を置いていったとわかれば、怖がってやめてくれるんじゃないかと思ったこと。
朱葉はなんともいえない気持ちで聞いていた。あえて言語化するなら「あちゃー……」といったところか。一番どん引きしていたのは九堂で。
「阿呆か……いや阿呆だ阿呆だとは思ってたけど……ここまで筋金りだとは……」
と頭をおさせていた。
それから、すべてを諦めたようにため息をついて。
「すみません。土下座でもさせていただけるでしょうか」
そんなことを言うので。
「それじゃ、なんにも解決しませんよ」
桐生が小柄な咲に顔をあわせるため、軽くかがむ。
「いいかな、靜島くん」
ぽん、と両肩に手をおくと、びくっと咲のが震えたが、桐生は優しく笑って、理解のある教師の顔で──。
「甘えんな」
いたのは一瞬だった。
朱葉が止める間もなく、桐生がまくし立てる。
「ジャンル変更がなんだ!!!! 好きな作家の心変わりもせなくてファンを名乗るな! クリエイターにはクリエイションが供だ! だ! なければ生きてはいけないものだろ! 好きなら追いかけろ! 自分の好きになったを信じろ! それでも元いたジャンルが一番好きなら!! いつその先生が戻ってきてもいいように、ジャンルの溫度をあたたかくたもってろ!! 最後のひとりになっても! いつでも! 素敵ですねってその一言を伝えるために!!!!」
元テニスプレイヤーをかくやという熱い演説だった。完全に目を白黒させながら、九堂が言う。
「……あれは……なんだ……?」
「ちょっとした病気です。すみません」
朱葉が思わず死んだ目をして返してしまう。その間も、桐生の意識高い信者説法は続いていき、最終的に、咲はまるでつきものが落ちたかのように、桐生を見上げながら言ったものだ。
「あたし……目が……さめました……!!」
いや、さめてねぇよ、と朱葉は思ったし、多分隣の九堂も思っていたことだろう。冷めているのは二人のほうで、桐生と咲は二人だけで勝手に盛り上がっている。
「先生! いえ、師匠と呼ばせて下さい!」
「いいや、師匠はまだはやい……俺もまた……道を過つこともある愚かな求道者なのだから……」
とかなんとか調子のいいことを言っていた桐生だが、「けどな」と低い聲で言うと、もう一度肩をつかんで。
「次、やったら。二度と人の作品が好きとか言えなくしてやるからな」
かなりドスのきいた聲で言った。その顔は朱葉には見えなかったが。
「はい……せんせい……」
さあ……っと青ざめた咲が人形のように頷いた。
「でも、タクシーで追いかけてきたのはどうしてなんですか?」
桐生達のことは意識から外すようにして、朱葉が九堂に聞くと、
「いや……なんか……俺達も近くで待たせてあったタクシーに乗ろうと思ったんですが、あなたが車に乗ったのを見て、お嬢がおっかけろって……」
お嬢とは咲のことらしかった。
「男が出來た、ゲームを教えたに違いないとか、たわごと抜かしてましたけど。まさか、そんな脅迫をされているとは……。本當に申し訳ない」
「いや……」
あんまりたわごとでもないんだけどな、と思ったけれど、言わなかった。
「そういえば、高校名は?」
いつの間にか人間を取り戻した桐生が尋ねれば、九堂が手を上げる。
「あ、それは、俺です。住所と名前は前に教えてもらったとかで……」
調べさせていただきました、重ねてすみません、と。なんで高校を調べる必要があったのかと聞きたかったが、桐生が眉を寄せて。
「名前と住所は教えてたのか?」
と聞くので。
「あー……それは……」
朱葉がちょっと困った顔をして、記憶をたぐりながら言う
「それは……確か、あれだよね。去年の……夏だっけ? スケブ……」
こくこく、と咲が頷いた。
「あたし、夏のイベントの最中に調を崩してしまって、どうしてもお願いしたスケブをとりに行けなくて、謝りのメールを送ったら、ぱぴりお先生から、自宅まで送っていただけて……」
じと目で桐生が朱葉を見る。
「早乙くん……」
「いや!? それは!? 普通じゃん!?」
これがNGならお前はわたしがあげたコピー本返せよな!! と思ったけれど、言わなかった。これ以上攻められたら絶対言うけど。
「送っただけ? なんか特別なペーパーつけたりしてないか? キャラは何人? からみ絵? カラー?」
「それ以上聞いたら前あげたコピー本返せよ」
すぐ言った。黙った。
「あの、ぱぴりお先生」
小さく震えながら、咲が言う。
「本當に、ごめんなさい。自分のことしか、考えてなかったです。すぐ、そればっかりで、あたし、本當にだめで。本當に、本當に……」
うつむいていて、顔は見えないが、こぼれる聲はどんどんぬれていく。隣の九堂は深々とため息をついていた。
「でも、お願いです、嫌いには……」
桐生の顔には、「都合がいい」「反省してない」と書いてあったけれど、朱葉もため息をついて。
「人を脅したりは、本當駄目だよ。……でも、いつも、心のこもった想、ありがとう」
そう、言ったら、咲がぱっと顔をあげたので。その、半泣きの顔に、朱葉は言った。
「アカウント、ブロックしちゃったけど、もう一回つくりなおしたら、またつながってね」
朱葉の言葉を聞いて、いよいよ、咲はわんわんと泣き出した。
「だーっ、もう……」
隣にいた九堂が、本當に、心底うんざりした顔で、ポケットからハンカチを取り出し。
「泣くくらいならやんなよ……まじでさお嬢よ……」
そう暴に言いながらも、手元はどこか優しく、涙をぬぐってやると。
もう一度、朱葉に向かって深々と、頭を下げる。
「本當に、申し訳ありませんでした。反省はしているとは思いますが、それでもあっちゃならんことなのは、確かだと思います。警察に行かれるのでしたら、靜島先生に連絡して、俺も、同行いたします」
それを聞いた咲が、また泣きながら、「くどう、くどう」と言ってしがみつく。そんな姿を見ていたら、これ以上、責める気になんてなれなくて。
結局、もうしないという、咲の言葉を信じることにした。
「オタク趣味なんてやめちまえばいいのに」
という九堂のぼやきには、朱葉と桐生から、強めのお説教をしたのは余談として。
「でも、本當に、なんで高校を調べることになったんですか……?」
聞き逃していたことを、最後に朱葉が尋ねると。
「……………………」
九堂が死ぬほど気まずげに、咲を見て。
咲もまた、かなり気まずげに、けれどどこか、喜びをおさえきれないような顔で、言った。
「……來月から、よろしくお願いします、早乙先輩」
靜島咲。現在中學三年生の彼が……月をまたげば、高校一年生。
その高校が、朱葉と同じ鈴川高校であると、ようやく理解して、朱葉と桐生が、そろって驚愕の聲をあげたのだった。
嵐のような二人が去って、車に乗り込むと、改めて深い深いため息がもれた。
「疲れた……」
こぼれた言葉は、どちらのものだったか。
時刻はもう五時をまわっていた。先生、夜の予定は、と聞こうとして、先に尋ねられる。
「早乙くん、これから予定は?」
「アフターも斷ったんで、あとは帰るだけですけど」
しばらく、沈黙。
エンジンのかかる、音がして。
「どこか行こうか」と、桐生が言った。
一連の事件は一旦、ここで、エンド。
とみせかけて、もうちょっとだけ、おまけをつけますぞ。
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