《腐男子先生!!!!!》52「出來ることはありますか?」

放課後の、生準備室。

「會いたかった」

「先生」

「ずっと待ってたんだ」

「はい先生」

「もう會えないかと……!」

「わかったから先生」

手を出して、朱葉が言う。

「抱きしめてないでお金ちょうだい」

はっと気づいた桐生が振り返ってうやうやしく茶封筒を差し出しながら言う。

「はい、こちら500円です」

「はーい確かに頂きましたぁ」

委員會決めをした放課後、職員室まで日誌をもらいにきた朱葉が、「準備室までついてきて」と言われ、ようやくいつもの慣れた部屋に二人きりになることが出來た。

とりあえずすることといったら、イベントでお使いをした薄い本を渡すこと。

「ほんとマジ神。イベントはじまってから更新されたSNSで既刊持ち込み有の一文に気づいた俺も神。この既刊すでに通販完売だったんだよ新刊も神だったので早乙くんも読む?」

「読むけど。忘れてたわけじゃなかったんですね……」

「忘れてはなかったけど、ま、あんなこともあったから、早乙くんが買えてなくても仕方がないかとは思ってた。ッカーーこのモノローグ最高。今月の標語として張り出そう」

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「やめて? まあ、大変なイベントでしたけどね。それはそれ、これはこれです」

「ですよね」

いつものように軽口の応酬をしながら、桐生は相変わらずファイルに挾んだ薄い本を読しているし、朱葉は疲れたように丸椅子に座って。

「結局男子の委員長決まらなかったですね」

とため息まじりに言った。

雑用の多いクラス委員長は、クラスメイトから提出を徴収するようなことも多いので、男一名ずついるのがベストではあったのだが、立候補したのは朱葉ひとりだけで。

「まー、そうだな。男子のほうが一度膠著狀態になると、手は上がらないもんだ」

俺からそのうち誰かの肩たたきいくよ、と言いつつ、桐生はちらりとファイルの向こうから目線をあげる。

「俺としては、早乙くんになんでもしてもらうのが、一番ありがたいわけだけど」

言われた朱葉は「甘えんな」と顔に書いて、

「クラス委員の仕事忙しくてかきかけの漫畫仕上げる暇なくなるかもね~」

と言ってやった。「すぐなんとかします」と真顔で桐生が言う。最初からそう言っておけばいいんだよ馬鹿、と朱葉は思った。

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「他には?」

「え?」

ふと、桐生が尋ねてきたのに、朱葉が聞き返す。桐生はファイルを閉じて、朱葉をまっすぐに見て言った。

「他には? 早乙くんに、俺が、出來ることはありますか?」

面と向かって、言われて、驚いた。目を丸くすることしか出來なかった。

「なんですか、いきなり」

「いや……なんだか、いつも、してもらってばかりだから」

気まずそうに目をそらした、桐生は、朱葉がこうして桐生と話す時間をつくるために、クラス委員に立候補したことを、それなりに、喜ばしく思うと同時に気にしてもいるんだろうと思った。

「點數もやれないし出席日數をいじることもしてやれないけど、原稿の仕上げでも、通販の代行でも、チケット取りでも、クジのラストワン賞でも、俺も、早乙くんのために出來ることがあったら」

やらせてよ、と桐生が言う。そう言われたら、結構々あるもんだな、と思いながら。

(わたしの、しい、もの)

いや、別に、と思った。

別に、大して、──そうだな。

考え込んだのは一瞬だったと思う。ノックがして、扉の開く音。朱葉が隠れようかと構えて、桐生に止められた。

(ああ、そっか)

クラス委員長が、擔任の先生と話をする。多分、別に、隠れるようなことじゃないんだろう。

「桐生先生、生徒指導の先生方が──」

「すぐ行きます」

ドアからの聲に、そう応えて。

「行こう」

しだけすまなそうに笑って、桐生が言う。準備室を出て、鍵をしめて。それから何事もなかったかのように職員室に戻っていく、背中を見ながら。

(もうし、ゆっくり二人で話せたらいいのに)

と、ちょっとだけ、思ったけれど。

(ま、そのうち慣れるか)

と朱葉は、それなりに楽観的だった。會えなくなる、わけでなし。近くにはいるのだ。心配はなにもいらない。そもそも、ゆっくり話したところで、話すことといったら漫畫のことかアニメのことかゲームのことだ。結構あるな。

そんなことを思いながら下駄箱まで行くと、ロッカー近くに、立っている人影があった。

(あれ)

クラスメイトだな、と思った。相手も朱葉に気づいたようだった。一年生はまだおらず、始業式とホームルームだけの時間割のため、人気の無い玄関で。

(確か、ええと……)

都築《つづき》という苗字だっただろうか。なんか、下はの子みたいな名前の。同じクラスになるのは初めてだったけれど、イベントごとでよく見かけた。とかく派手な男子だった。中途半端に長い髪は明らかに地には見えない明るいだし、校則違反のピアスも堂々とあけている。

モテるんだろうな、というよりも、遊んでそう、という印象で。

「…………」

無言で會釈をして帰ろうとしたら、首を振られた。

「?」

なんだ? と思いながらもスルーしてロッカーに行こうとして。

「待ってってば」

ぐい、と腕を捕まれて、びっくりする。

「なっ……」

なんですか、という言葉が、大きな手で塞がれて。

「し~ぃ」

耳元に囁かれた。不自然に、甘いにおいのする男子だった。

「…………めんなさい……」

「どうしても?」

「ごめんなさい、わたし、好きな人が……」

「いてもいいから!」

抵抗しようかと思ったけれど、耳に屆いた聲があった。ひとけのない玄関先でわされている、事めいた會話。

それから、走り去るような足音がして。

「こりゃーだめだな……」

肩を落とした都築が、そんなことをぼやいた。ぺちぺちと、朱葉が都築の手を叩く。

「あ、ごめんごめん」

軽い調子で手を離すと、近距離からのぞき込むようにして、言う。

「委員長、だよね?」

「……早乙です」

「うん。朱葉さん」

知ってるじゃないか。そしてなれなれしい。

「引き留めてごめんね。なんかダチが告白したいっていっててさ」

「はぁ」

「駄目だったみたいだけどね。あれ、待ってろっていったのに帰ってやがる。っちぇー、あとで電話かけてやろ」

聞いていないことをぺらぺらと喋るのに、かわりものだなと思いながらロッカーへ。

「待って待って」

長い手足でふわふわとしたきで、ポケットに手をいれたまま都築がついてくる。

「一緒に帰らない?」

「なんでですか?」

とても素直な気持ちで朱葉が聞き返す。

「だって、クラスメイトじゃん」

「はぁ」

「ご飯まだでしょ? どこか食べてこーよ。あ、俺、都築水生ね。みずがいきるって書いてみお。みおちゃんって呼んでくれていいから」

「お金ないんで……」

「奢るよ。マックでよければ」

「なんでですか?」

もう一度聞いたら、都築はきょとんとした顔で言った。

「ひとりでご飯食べるの、さみしいじゃん」

宇宙人みたいな人だな、と素直に朱葉は思った。

ご飯は嫌だけど、駅までなら一緒に帰ってもいい、と朱葉は言った。いいというか、別に斷る理由が見つからなかったから。同じ道だし。

都築水生はよく喋る男子だった。

「俺ら同じクラスになるのはじめてだよね。話すのもはじめてだから、今日名前覚えたよ。朱葉さん。立候補、かっこよかったね。ああいうの好きなの?」

「ああいうのって?」

「委員長! みたいの。委員長って呼んだ方がいい?」

「呼ばなくていい……。別に、好きってわけでもないよ」

「じゃあなんで?」

「……なんでって」

朱葉が言いよどむと、「もしかして」と腰をかがめて都築が言う。

「きりゅせん目當て?」

びっくりして足を止める。

「……なんで?」

そういう風に、見えるのかなと、顔に出さないように気をつけながら思った。

「だって、きりゅせんイケメンだから、子ってそういうのあるじゃん」

「そういうのってなに?」

「イケメンの先生とお近づきになりたい」

「みんなそうじゃないでしょ」

「そうじゃないけどー」

ニコニコしながら都築が言う。

「俺、朱葉さんがたまに生準備室から出てくるの、見たことあるよ」

今度は足を止めなかった。本當は止めたかったけど、は心と切り離して、いてくれた。

「名前も知らなかったのに? 人違いじゃない?」

平靜を裝って尋ねる。

「立候補した時思い出したの。あー、って」

「だとしても、普通に用事があっていっただけだよ。桐生先生には一年の時から生もたれてるし」

し饒舌になってしまったけれど、言っているうちに冷靜さを取り戻した。

「確かに桐生先生、顔は整ってるけれど、顔だけで好きになったりしないでしょ?」

「へー」

まだニコニコしながら都築が言う。

「じゃあ、どういうとこで好きになるの?」

朱葉はいよいよエイリアンを見る気持ちで、都築を見る。

「なんでそんなこと聞くの?」

「そういうの聞くの好きなの」

「趣味?」

「うん。趣味」

悪びれずに都築が頷く。

「惚れたとはれたの話題がスッキ」

悪びれない言い方に、ちょっと笑ってしまう。

子みたいだね」

「よく言われる。子扱いしてくれていいよ」

子扱いってどういうの?」

「一緒にご飯たべる」

「都築くん、一緒に食べる子いっぱいいるんじゃない?」

「いっぱいいるよ」

でも新しい子は楽しいじゃん、と言った。

悪びれないなぁと朱葉は思う。

「俺ね、きりゅせんに告白して斷られた子、何人か知ってる。話聞く?」

「その代わり、わたしのこと話せって?」

「ばれた」

「話すようなことないよ。あと、別に聞きたいわけでもない」

「えー」

駅が近づいてきたけれど、都築は話すのをやめない。

「じゃあ、きりゅせんのこと教えてよ。俺、もたれるの初めてなんだよね」

「本人に聞いたら?」

「つれないなぁ」

「ごめんね。じゃあね、また明日」

駅のり口で、朱葉が言う。都築はきっと、周りのファストフード店にるだろうと思ったから。

都築は深追いはしなかった。ただ、笑顔で手を振って。

「また明日ね、仲良くしようね、朱葉ちゃん」

なつっこい笑顔を向けられたけれど、電車にのった瞬間、疲れ果てたように、朱葉が座席に座り込む。

(「俺、朱葉さんがたまに生準備室から出てくるの、見たことあるよ」)

いや、後ろめたいことなど何もないはずだと思いながら。

「まずい、かな……」

ゲームを開くのも忘れて、ひとり、小さく呟いた。

ラブコメの新學期、不穏な新キャラですぞ。

オタクじゃない!!!!!(大事)

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