《腐男子先生!!!!!》64「出るって何がですか? 幽霊?」
「へぇ~ここが部室か~! 結構しっかりしてるじゃん! もっとこう、置みたいなのかと思ってた!」
放課後、朱葉が部室に置いてきた雑誌が読みたいと、夏が一緒についてきた。夏は一応同好會のメンバとして名前は連ねていたが、放課後の活には熱心ではなく、部室に來たのははじめてのことだった。
「お! それであなたが咲ちゃんね! こんにちは~河野夏です~」
見慣れない姿に、咲は目に見えて固まっていた。「言ってあったでしょ、同じ部員の」と朱葉が説明すれば、ぺこりと慌てたように頭を下げる。言葉は出てこないから、張しているのが傍目からわかった。
教室は真ん中に班をつくるように機が並べてあって、夏は咲と距離を詰めすぎないよう向かいに座りながら言う。
「一年生だよね? ジャンルは? あ、朱葉と一緒? カップリングは? 特にどのキャラが好き? あ~~わかるわかるわかる!! そのキャラが好きならもしかしてこのキャラも好きなんじゃない? 中の人とか興味ない? 今はまだそんなに興味ないとしても、この間WEBラジオで咲ちゃんの推しキャラの聲優さんがめっちゃ萌えるトークしてたから教えてあげるね~~」
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怒濤のごとく話す夏に、咲が徐々に前のめりになっていき、目をきらきらさせるのがわかった。
(上手い……)
さすがはイベント系販列で仲良くなることに定評がある(もちろんその仲良しには購限數などの下心がバリバリである)聲オタのスキルだなと心しているうちに、二人は打ち解けて、咲の門限時間になるまできゃっきゃと二人で喋っていた。
その後、雑誌を眺めている夏が、隣に座った朱葉に言う。
「そういえば、先生は~?」
「え?」
「きりゅせんだよ! 顧問なんでしょ? 來たりしないの?」
ぐいぐい、と頭を朱葉の肩に預けて夏が言う。
「あー……まあ……戸締まりの確認とかは來るんじゃないかな?」
ドアの窓から覗いて、夏がいたら、ってこないかもしれないけれど。
「そっかぁ。そういえば、きりゅせん、どうなの?」
いきなり聲のトーンを落として言われたから、朱葉はいよいよ構えてしまう。けれど夏は真剣な顔つきで。
「漫研だったっていうけど、もしかして漫畫描くの?? それとも小説? オタク? 何オタク? どれくらいオタク?」
そうだった。顧問で漫研とは言ったけれど、桐生のオタク合について、夏には説明していなかった。
「さ、さあ……漫畫は……描いてなかったらしいけど……」
何オタクか、と聞かれたら。
あまりにいろんなオタク過ぎて、どれとはいいがたい……。
「夏こそ、どうなの。桐生先生、三次元の推しだったんじゃないの?」
話をかえるつもりで、早口で朱葉が言った。推しが擔任になったと喜んでいたのだから、同じ趣味を持っているかもしれないと、もっと盛り上がってもいいと思ったのだ。
「いや~今でも推してますよ? やっぱり綺麗な顔面は癒やしじゃない? 人類の寶じゃない?」
相変わらずその意見にはくもりがないらしい。
「でもほら……やっぱり……」
萬をこめて、機に突っ伏して夏が言う。
「腐子キモいとか思われたらやじゃん~~!!!」
「それはないと思うよ!!!!!!」
思わずんでしまった。
「お、おう?」
あまりの剣幕に夏が驚く。
「い、いや…………あれよ、わたしが腐子なことにも気づいてると思うし……そんな……そんなことでキモいとは……言わないと思うよ……」
スケブに目を落としながら朱葉が言う。
それはないと思うよ。
っていうか腐子キモいとか言う口がないと思う。
日付が変わって、いつもの二人の放課後。
「──ってことがあったんですよ」
「俺が長時間會議だった日にそんなことが……」
珍しく部室に漫畫本を紙袋で持ち込んだと思ったら黙々と読み続けている桐生が棒読みで言った。
あんまり聞いてないな、と朱葉は思うけれど、たいした話でもないので続ける。
「どうなんですかね? 先生のことって、どこまで言っていいの?」
顧問になったわけだけど、と朱葉。
「っていうか俺は、早乙くんがすでに話したのかと思ってたよ」と桐生。
「え、そうなの?」
「なくとも靜島くんは知ってるわけだし、同じように部員には言ってあるのかと。だからといって俺から話題を振ったりはしないけどね」
漫畫から顔を上げずに桐生。
「いや、だって、咲ちゃんはり行きで……。でも、なんでです? 話したいって思わないんですか? あれで、夏って話がわかるやつですよ」
コミュ力高いし。萌え話聞いてくれるし。地雷とか言わないし。積極的に聲優につなげて萌えエピソード話聞かせてくれるし。
「あのねー、俺もね、誰彼構わずオタク話をしたいとか、そういう風に飢えてるわけじゃないんです。今時SNSでいくらでも共通の話喋ってる人は見つかるし、ネットは男も関係ないし」
「でも」
わたしには、と言おうとして。
「言わす?」
と顔をあげないままで、桐生が言う。
「……いい、です。遠慮、しときます」
朱葉はそちらを見ないように、神妙に答えた。
なんで、わたしには言うのか。
朱葉だから言いたいのだと、話したいと、桐生は説明しようとしたんだろうし、察して朱葉は、それ以上は聞かなかった。
言われなくてもわかるし、言われても今更だけど、なんだか、ちょっと、気恥ずかしいような気がして。
「ところで何読んでるんですか? ずいぶん古いコミックスですけど……」
自分の気恥ずかしさを誤魔化すように、朱葉が言う。問われた桐生は待ってましたとばかりにを乗り出して「早乙くん、知らないのか!? この名作コミックスを!!」と言ったあとにちらっと奧付の日付を見て「まあ……知りませんよね……」と沈沒した。
何やらジェネレーションのギャップをじて落ち込んでいるらしい。今更、と思いながらタイトルを見たら、なんとなく朱葉にも見覚えがあった。
絵も綺麗だし、出てくるキャラクターはみんなイケメンだし、確か人気のコミックスだったはずだ。
「出るんですよ……」
「え?」
つっぷしたままきのように言う桐生に、朱葉が聞き返す。
「出るって何がですか? 幽霊?」
「違う!! 新刊が!!」
がばっと起き上がって桐生が言う。
「連載開始は二十年前! 最後のコミックスが出たのはすでに五年以上前のことだが!! 長い年月をこえて! この夏!! 新刊の発売が!! 発表されたのだよ!!!!」
どん、と拳が機を叩く。目には涙も浮かんでいる。
「ゆえに! 祭り! 心構え! 予習! そして復習のための読書なのである!!」
「お、おう……」
よかったな……と朱葉は言った。他に言葉が浮かばない。
「すごい久しぶりなんですね……。連載漫畫で珍しい……のかな? 出なくて有名な漫畫もありますけど……。ちなみに、その本が出ない間って、何してたんですかね?」
別の連載とか、調の関係なのかな、と思ったが、
「何をしてたじゃない!!」
ぐっと上を向いて目をおさえ、桐生が言う。
「生きてたんだよ……!!!!!!!!」
萬こもった言葉だった。思わず朱葉は肩をぽんと叩いて、「涙……ふけよ……」とハンカチを渡してしまった。
その手を桐生ががっとつかみ、
「というわけでこのコミックスは部室に置いておくからみんな課題図書として読んでおくように」
きりりと言われた。キメ顔してんじゃねーぞと思いながら、朱葉はしぶしぶコミックスを持って椅子に座る。
(夏にも、説明した方が、楽かもな……)
黙っていてくれと言えば、夏は裏切るような子でもないだろう。幻滅はまあ、するかもしれないけれど。結局彼は、上手くやれる気がした。
でも、なんだかちょっとやだなぁ、と思ってしまったのだ。
(言ってもいい、んだけど)
だめなことは、何もない、けど。
(自分の代わりに、夏が二人で先生と話すのは)
なんだかやだなあ、と。
桐生の顔を橫目で見ながら、朱葉は顔には出さずに、気づきたくなかったことに、気づいてしまった気持ちだった。
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