《腐男子先生!!!!!》67「いざゆかん! 場列へ!」

梅雨の短い晴れ間が広がっていた。しかも週末の晴れ間だ。

(あつ……)

地下鉄を降りて、地上に出ると、熱気が鼻の頭についた。カンカン帽を目深にかぶって、朱葉が息をつく。

(なんだか、妙に)

張をしている、という自覚があった。待ち合わせをして、まあ、それなりにオシャレをして。二人で出かける、みたいなの。

デートみたいだなと、思ったけれど言わなかった。

待ち合わせ時間にはまだはやかったけれど、指定された、場外のチケット売り場に立っていたら、ほどなく近づいてきた影があって。

「おつかれさま」

いつもの聲で、安心をした。見上げてみれば、いつものように、野暮ったい姿にでかい鞄の桐生が立っていた。

「覚悟はしてきた?」

出會いざま、そんなことを聞くから。

「まあ、一応」

ちょっとだけ笑って、朱葉が答えた。

「よろしい」

桐生もちょっとだけ笑って。朱葉の肩を冗談めいた仕草で軽くつかむと、びしっと指をさして言った。

「いざゆかん! 場列へ!」

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そこは都某所。

あまりの人気で話題になった展示會、その、會期最終の週末だった。

青いチケットは桐生から、ホワイトデーにもらったものだった。忘れていたわけではないけれど、オタクの週末はとかく忙しく、その上進級のあれこれもあって、すっかり機會を逃してしまっていた。こうしてわれなくても、もともとこの週末に行くつもりはあったし。

別に、一緒に行く予定でもなかったのだけれど、一緒に行かないかと言われたら、斷るのもちょっと変な気がした。

(これじゃあ、まるで)

オタクが好きな蕓家であることは間違いがないけれど、それでも示し合わせて、こうして學校の外で會うのは、オタクごとを抜かせばはじめてのことだ。それほど、意識するつもりはなかったけれど。

「わー、すご……」

時刻はもう夕方に近く、ピーク時間も過ぎていたはずだが、場の列は現代的な建築の外までのびていた。

「お、最後尾」

館の関係者であろう人間がもっていた最後尾札には、ただいま90分待ちの文字。

「90分……」

ごくり、と朱葉が息をのむ。

近くのカップルが「えー90分だって~」「アトラクションかよ」とどこか呆れたように笑っている。

(アトラクションっていうか……)

「ぱぴりお先生トイレは大丈夫? そんなに暑くならなかったけど塩レモンタブレット渡しておくから。給水所もあるみたいだけど、一応ペットボトルは二本凍らせてきたし、スマホの充電が足りなくなったらいつでもいって」

一方桐生はどこか浮かれた様子で、大きな鞄から々なものを出してくる。四次元か。そしてまだび続ける列の最後尾につくと。

「それじゃ、イベント走りがんばろう」

スマホにイヤホンをつないで、畫面に沒頭しはじめた。どう見てもソーシャルゲームである。

(これは……)

デートではないな、と朱葉は思うし、なんだか、それっぽくてほっとした。これだけの人の目がある場所だ。それぞれ、勝手に列に並んでいる、そうした方がいい、とわかっていたし。

(いいけどね、わたしも走るけど……)

でも、イヤホンまでしなくてもいいじゃん、と思ったけれど。ふと、隣を見て気づく。

(あれ、片方……)

朱葉の方の、耳だけ、イヤホンは首から提げて、耳にれられてはいなかった。

(話、は、してもいいのか)

「ぱぴりお先生大丈夫?」

「え、何がですか?」

「今回のイベント。わかる?」

「はぁ、今のところは……。だいたい育も出來てきましたし……」

「IFの新キャラ見た?」

「見た。やばない?」

「やばい……。まさかここで……ばぶみが刺激されるとは……」

ぼそぼそと畫面から目を離さずに二人で話す。これでは、放課後と何も変わらなかった。列はのろのろとだが確実に進んでいたし、周りも騒々しくて、朱葉と桐生の會話に気を配る様子もなかった。

しばらく二人、そうしてゲームに沒頭していたけれど。

「…………都築くんがですね」

ぽつりと朱葉が言ったら、桐生は何も答えず、顔も上げなかったけれど。

その手の、指のきをぴたりと止めた、のがわかった。

結局、一晩、朱葉もひとりで考えてみたのだけれど。

「なんか々言われたんですよね。わたし、今、誰とも付き合うつもりはないとか、そういうこと。そしたら、可哀想って、言われて……」

正直に、あったことを、まあ、いろいろかいつまんで、端折って言って。桐生の返事を待たずに。

「でも、わたしが、可哀想じゃないことは」

靜かに、言った。

「わたしが知ってるから、いいし」

スマホから、顔も上げずに。

「そういう風に、考えちゃうの、わたしはむしろ、都築くんが可哀想って思います。でも、わたしがたとえば、可哀想だよって言っても、彼はそうじゃないって、言うと思うんですよね」

失禮だと思ったし。これがSNSならミュートないしブロックだぜ、ということには代わりがなかったけれど。

それほど、恨むようなことでもないなと思った。

「だから……多分、この話は、堂々巡りで」

意味もないし、多分、朱葉にとっては、価値もない話だ。そして。

「そんな話につきあってられるほど暇ではないわけです。あ、フルコンきた」

一晩考えて、朱葉が思ったのは、そういうことだったけれど。

「どうですか? ふだせん的に。何か意見がありますか?」

一応、聞いてみた。

それが、先生として、なのか、それ以外、なのかは、まあ、置いておいて。

「……はー」

桐生は、深々とため息をついて。

低い聲で、本當に、うなるように言った。

「毆りたい……」

びっくりして朱葉が顔を上げる。

罰だめ、絶対!!!!!」

思わず言った、けれど。

桐生は、そのままの調子で、絞り出すように言った。

「靜島くんに毆ってもらっておけばよかった」

そして、朱葉の目の、前に、手が置かれた。れることはなかったけれど、大きな手だった。その手で、桐生が、どんな顔をしているか。朱葉にはわからなかったけれど。

「──なんで俺、先生なんだろう」

その言葉は、本當に、悔しさに、満ちていたから。

(ええっと……)

朱葉はちょっとかがんで、その下から、上目遣いに桐生を見るようにして。

「まあ、今日は、違いますし」

先生と、生徒じゃないし。まあ、デートとも違うけれども。

「楽しみましょう?」

ほら、列がきましたよと、朱葉が桐生の、袖を引いた。

というわけで××××展編です。みんな行きましたか? 続く!

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