《腐男子先生!!!!!》69「でも、可哀想」

またね、と言ってわかれた人がいた。

もう昨年の、年の暮れのことだ。あっという間に半年くらい経っていて、でも印象のかわらない人だった。

マリカという名前だけ、朱葉は知っている。それから、大學時代に、桐生と付き合っていたということ。

それから……まだ、桐生にし、執著があるということ。また會いましょうねと言って別れた、それがこんな風な再會になるとは、思ってもみなかった。

細いヒールのミュールで軽やかに歩いてきたマリカは笑顔で言う。

「やっぱりカズくんだった。それから、アゲハちゃんよね?」

朱葉はどういう対応をしていいのかわからず戸って、小さく會釈だけをした。隣の桐生は立ち上がって、まだ驚いた顔をしている。

仕事帰りなのだろうか、以前よりもし落ち著いた格好で、けれど疲れた様子は見えなかった。

都會の、その中でも高級な街が似合う人だなと思った。

「久しぶり。すごい偶然。運命かな?」

そんなことをマリカは言う。彼の口調から、この半年、桐生と連絡をとりあっているわけではないということがわかった。わかったところで、どんな気持ちになればいいのかはわからなかったけれど。

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座る朱葉の頭上で、二人が言葉をわす。

「今から見るの?」

「いや、今見終わったところ」

「そうなんだ? すごい人よね。あたしは最初のうちに來て、迷ったんだけど、結局終わる前に図録だけ買いにきちゃった」

もってる図録と、かぶるとこも多いんだけど、と言って、マリカは重そうな袋を見て、言う。

「カズくん覚えてる? 関西の館、一緒に行ったよね」

「うん」

二人がしているのは、朱葉の知らない、桐生の思い出の話だった。朱葉はこうしてこの畫家の絵を生で見るのは初めてだったけれど、二人はそうでない、ということがわかった。半ば呆然と、理解をした。

桐生は、館の中のポスターを見上げて、ぽつりと言った。

「まだ好きなんだ」

どこか安堵をふくんだような呟きだった。

その言葉に、マリカはし、複雑そうな顔をして、言う。

「……そりゃね。嫌いにはならないわよ」

曖昧な、似合わない顔をしたのは一瞬のこと。すぐに、いつものように強い表に戻って言う。

「見終わったんなら今から暇でしょう? 一杯くらいどう? オススメのお店、近くにあるのよ」

お酒のい。いたずらっぽく笑って、退路をたつように、桐生に言う。

「前の埋め合わせもしてよ」

前、はきっと。去年の年末、クリスマスのことだろう。

その時も朱葉は居合わせたし、埋め合わせをしなければならないとしたら、その一端は自分にもある気がした。

それゆえでもないけれど、居心地の悪さを、朱葉はじていた。帰ります、と言えばよかった。立ち上がって、お先に帰ります、あとは二人、ご勝手にって。

逃げ帰るみたいだったけれど、別に、逃げて帰ればいいって、思っていた、から。

「いや」

桐生が迷わず返事をしたのに、なからず驚いた。

「彼を送っていくから」

そんな風に。はっきりと言ったら、マリカが面食らって、それから、挑発的な表をした。

、が誰かわからなくて、自分のことだと、しの時間差のあとに気づいた。

面食らったのはマリカも同じだったようで、やはりし時間を置いて、

「なあに? お付き合いはじめちゃったの?」

朱葉が否定のために口を開こうとする前に、矢継ぎ早に続ける。

「ないわよね。だって、まだ、アゲハちゃん、高校生でしょう? それも、カズくんの生徒でしょ? カズくん、そんなに常識なくないよね? クソみたいなオタクだけど、だからこそ、それ以外は安全で安定に行きたいって、教職にもついたわけだし、みすみすそんな危険は橋は渡らないもんね。アゲハちゃんだって、負擔だし、リスクを負わせることになるもの」

ああ、えぐってくるな、と朱葉は思う。周りにあまり、人がいなくてよかった。知らない人でも、聞かせたい會話じゃない。

「それに、カズくん。そんな危険な橋を渡りたがるほど、に夢中になるタイプでもないじゃない」

もっと、好きなもの、たくさんあるんでしょう?

マリカの言葉は的確だった。間違いもない、事実だから、別に傷ついたりはしないけど、それでも、それなりに、刺さる自分がいた。どうしてこんな言葉を聞かされないといけないのかなと、恨みがましく思った。

「お付き合いはしてないよ」

はっきりと桐生は答える。その桐生の言葉も、ちょっと刺さったけれど、そうだそうだって、朱葉も思ったのだ。

お付き合いは、していない。

「……だけど、今日は」

続けて桐生が、言う。

「俺が、彼と來たかっただけ」

ぽかんと、口をあけて朱葉が桐生を見上げた。

対するマリカはといえば、細くてしい眉をキリリとつり上げて、桐生のことを睨んだ。苛立ちのこもった視線。

けれど、すぐに、その視線の先を桐生から、座ったままの朱葉に切り替えた。綺麗な笑顔を浮かべて。

「つまんなかったでしょ? カズくんて、気の利いた話も出來ないし、デリカシーもないし、すぐに攜帯見たり、ゲームしたり、あげくの果てにこっちと話してても漫畫読んでたりするし、幻滅したんじゃない?」

桐生のことを貶めようとした、というよりは、共に似た響きだった。その表にも朱葉に対するとげはなかった。もちろん、かつて、先にいくらかの時間を共有した優位は見せつけられたような気がしたけれど。

本當に、朱葉のことを、同してくれようとしたみたいだった。

そして……それは、かつての自分に対する同でもあるのだろうと思った。思ったし、わかったけど。その上で。

「……つまんなくなかったです」

朱葉は、座ったまま、し、背筋をのばして、膝の上で拳をかためて、まっすぐにマリカを見上げて言った。

「つまんなくなかったですよ」

今度こそ、鳩が豆鉄砲をくらったような顔を、マリカはして。

「……そう」

その綺麗な顔から、表を消して、小さくそう呟いた。

「お似合いかもね」

そして顔を上げた時、彼の目は、もっと強くて、深いった。

「でも、可哀想」

強い目で、強い聲だった。

「可哀想よ。アゲハちゃん、きっと、傷つくわ。あなたが」

のような言葉で。呪いにかけるみたいに、言った。

「あたしみたいに」

そのまま、返事を待たずにマリカは背を向けて、歩いて行ってしまう。ヒールの高い靴で、びた背中で。振り返らずに。

嵐のような人だった。

あと、一話くらい……(ぜえぜえ)

どうかな……多分……?

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