《腐男子先生!!!!!》73「小さい頃頭ぶつけたこと、ある?」
その日桐生和人が部室のドアを開けると、甘いかおりが漂ってきた。
比喩ではなく、実際に。マジで。
「なんだ? 一……」
「あ、先生おつかれさまです~」
ポッキーを口に含んだ朱葉が、軽いノリで挨拶をする。
いつもは漫畫や畫材の広げられている機の上に広がっているのは、コンビニの袋と、お菓子の山。しかもそれぞれ、食べきられてもいないのに封が開いている。
「咲ちゃんが買ってきたんですよ。この間、お菓子を一緒に食べたら、コンビニ菓子にハマったみたいで」
「ハマったって……すごい量だな」
「家に持ち帰ると、九堂さんとかお手伝いさんがうるさいそうで。先生もどうですか?」
「一応學校側としては必要以上の菓子の持ち込みを控えるように……」
「ちなみに食べ終わった箱にわたしがデコイラストを描くっていうシステムね」
「手伝おう」
即座に菓子の山に手をばしてくる、桐生は相変わらずチョロかった。
朱葉はすでに食べ終えた、流行りの板チョコの箱に、その箱のイメージと合うキャラクターをペンで描き込んでいる。
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「ちなみに早乙くん、その箱は誰のものになるの?」
「え、普通に、咲ちゃんへのお禮ですから咲ちゃんですけど」
「そう……」
ポリポリポリポリ。
高速でお菓子を処理していく橫顔を見ながら、朱葉が先手をうつ。
「先生? 學校側としては必要以上の飲食の持ち込みは控えなきゃいけないんですよね?」
「必要。絶対必要。マストで必要。なんなら今からコンビニ行ってくる」
案の定だった。
「お菓子は! 間に合ってますから!!」
「ええ~」
ブーイングをしながらも、朱葉が箱に絵を描いているのが面白いらしく、タブレットも開かずに楽しげに覗いてくる。
「ぱぴりお先生のペンイラスト好きなんですよ。最高かよ」
「いや、修正出來ないのはやっぱ描きにくいですよ……。でも食べに描くの、結構楽しいですよね。みかんとか」
「いいね。雪見だいふくにチョコペンとか?」
「そう。ホットケーキとか。オムライスケチャップとか、お好み焼きとかでも」
「早乙くん、料理するの?」
「…………あんまり」
正直に朱葉が答える。いや、人並みにお菓子作りくらいはするけれど。
「お弁當とかは、つくったことないですし」
「高校生でそんなに苦労してなくてもいいだろ」
「食べたいとか思わないんですか? キャラ弁」
ふとした疑問で、聞いてみたら、しばらく固まった後に、顔を手で覆って。
「もったいなくて、食べられない……」
相変わらずキモい返事をしてきた。
それは、わたしがつくった弁當だからか?
それともキャラがもったいないからか?
と朱葉が思うけれど、別に答えが聞きたいわけではなかったので、黙殺をした。
頬杖をついて、桐生が朱葉の手元を眺めながら言う。
「早乙くんて」
朱葉は顔も上げずに聞いている。
「小さい頃頭ぶつけたこと、ある?」
ああ、と集中を切らさずに返事。
「絵描きが時頭ぶつけトークですか? おかあさんの自転車から 落ちたことはありますけど、そんなにひどくはなかったですよ。ていうか、頭打っただけで絵が上手くなるなら、いくらでも打ちますって」
「早乙くんくらい絵が上手かったら頭打ってるのかなって」
「あのね~私は自分のこと知ってるから、とってもフラットにいいますけども、そんなに特別に上手くはないですよ。それなりに、そうそれなりに、がんばって、描きたいものを描けるようになりましたけど、の績が特別いいわけでもないし、進路にそういう道を考えてもないですし」
「進路かぁ……」
天井を仰いで、桐生が言う。
「夏休み前の進路相談だるいな……」
「先生が言わないで下さい? わたし達には一生かかってるんですよ?」
「かかってないですよ、そんなものには……もちろん、重要だし、軽んじてはないですけど」
目を細めて肩を落とし、桐生が言う。
「早乙くんとかは、どこに行ったって多分、楽しいことを見つけると思うし、俺もそうだったけど。……あーー神かよ」
合間に朱葉が仕上げた茶いチョコレートのケースを激寫している。臺無しが強かったけれど、朱葉も慣れているので気にならない。
寫真の出來を眺めながら、桐生が続ける。
「なんとなくつまらない生き方をしてる人間は、子供でも大人でも結構、たくさんいて、楽しいことを見つける方が先だと思うんだけどね。別にそれが、でも金儲けでも、なんだっていいと思うんだけど。……なかなかそういう進路相談は、出來ないもんだ」
甘いチョコレートと寫真をつまみながら、朱葉に言うというよりは、ひとりごとのような言葉だった。
「うーんでも」
朱葉も手はとめず、やわらかな調子で返事をする。
「先生、いい先生だと思いますよ」
腐ってるけど。
やばいオタクで、めんどくさい信者だけど。
多分、自分の進路相談を、桐生にしてもらえることは、ありがたいことだ、と朱葉はじている。
珍しくまっとうに褒めたつもりだったのだけれど、桐生は響いたか響いてないのか、ぼんやりと返す。
「かねぇ……。何にせよ、頭を打ったくらいで、進路が決まるんだったら、それに越したことはないんだけどな……」
そうですねぇ、と朱葉は答えながら、ふと、手をとめて。
「あ、最近頭打ったことはありましたよ」
顔をあげると、真顔で言った。
「映畫館で」
はっ……と桐生も雷に打たれた顔で。
「俺も打ったわ」
と言った。
最近公開がはじまったアイドル映畫、そのあまりのきらめきについて、「りんごとはちみつ」「もう一回見たい」「シリーズ全履修したい」「見ないとわからない」「多分見てもわからない」「ただ素晴らしいことだけはわかる「わかる」「あと百回くらい見たい……」とひとしきり二人でうめく。
頭を打つと、絵が上手くなるのかはしらないが。
過ぎたるきらめきは完全に人間を奪っていくのだった。
みんなも映畫館に行こう!(この小説はフィクションです)
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