《腐男子先生!!!!!》77「そうだ。はスピードだ!」
放課後桐生が難しい顔で部室のドアを開けると、朱葉がやはり難しい顔で座っていた。
その手には珍しく、スケッチブックでも原稿用紙でもなく、可らしいレターセットが置いてあって。
そのらしさとは裏腹の、眉間に皺が寄った顔に、桐生もとりあえず用事があったはずなのに尋ねてしまった。
「どしたどした?」
ゆらっと朱葉が顔をあげると、深刻な顔で、目をらせて言った。
「今週號……読みました?」
朱葉がそう言う時は、本命の推し漫畫の話である。
「死んだわ」
読んだ、の想をすっ飛ばして真顔で桐生が答えた。「わかる」と朱葉が答える。「本當に新規アニメがノリにノッてるこの時に、この展開はやばすぎでは?」「やばすぎる。そしてこの絶をこえる神展開が絶対現れる」「そう、それ!!!! な!!!!!」お互い興さめやらぬ様子で朦朧と言葉をわし。
「それで、ですね」
意を決した様子で、朱葉が言う。
「アンケートだけじゃなくて、手紙を、出そうって、思ったんです」
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雑誌についてくるアンケート順位で漫畫の命運が決まる時代は終わった……のかどうかは朱葉もよくは知らないけれど、好きな漫畫が終わらないように、家にあった古切手をもらって、アンケートを出すようにつとめてはいる。
それに、キャラクター人気投票があれば魂をこめた一票をいれるし、バレンタインデーには推しキャラにチョコレートも欠かさない。
でも。
「いざ書こうと思ったら、難しくて。……ファンレターって」
そう深刻そうに言う朱葉に、桐生は「わかる」と頷きながら腰を下ろす。
「俺も書きたいことが山ほどあるけれど何を伝えていいのかわからなくなって謎の上から目線を発してしまいそうで最終的にすべてを込めてこれからも頑張って下さい応援してますしか書けないことが多い」
「それなんだよな~~~~」
全面的な同意で朱葉が突っ伏す。
「どうなんでしょうね? わたしなんかが一通手紙を送ったって、ものの數としては數えてもらえないかもしれないし、いつも応援してらっしゃる方には足下にも及ばないし、出版社だって厳しいって言われてる今ファンレターの一通や二通で何も変わらないどころか、むしろ先生のご負擔やご迷になっちゃうんじゃないかって思っちゃうんですよ!! 先生が毎週毎週頑張って下さっているのはわたし達ファンは誰よりも知ってるわけですし、もうそんな、ファンの気持ちなんて何にも気にせず、先生の好きなものを! それがなんであれ、粛々とけ止める準備は出來ているわけです!」
あとHOMOは別腹で妄想するけれど。
「わかる~~けども」
それだけじゃ、ないんじゃない? って桐生が穏やかに言おうとしたのを、やっぱり朱葉は、遮って言うのだ。
「わかるんですよ」
言ってから言い直して。
「いや、わかるっていうのもおこがましいんですけど。同人はじめた頃に、メールくれた希者に何回か自分で通販したことあったんです。……いや!! わたしも初心者だったんで!!! ちょっとそこは! リテラシー的なことは! 目をつむってしいかな!?」
明らかに咎める目つきになった桐生にあわてて朱葉が言う。住所をやりとりして、通販をしていたのは本當に最初のうちだけだ。ありがたいことに、すぐにそれでは追いつかなくなったし。
けれど桐生はまだ厳しい顔をしたままで言う。
「そのはじめての本見せてくれたら許す」
「許すじゃねーよ。それこそ何目線だよ」
朱葉は一蹴して続ける。
「まあ、その時にね、わざわざ想を、メールじゃなくお手紙でくれた人がいて。……なんか、めっちゃ嬉しかったんですよ」
上手く埋められない便箋を見ながら、切々と朱葉が言う。
「自分のためにペンをとって、紙とインクを使って、きちんとした文字で、心を込めてくれて、それで封をして、切手までってくれたんですよ。あたりまえだけど、ただじゃないんですよ!?」
うん、と桐生が優しい目で頷く。朱葉は思い出にひたるように、ただ続けた。
「容は、おぼろげにしか覚えてないけど、大事にとってあるし、結局、迷かなって返事は出さなかったんですけど、今も……今も、すごく、勵みになってます。原稿やってて、つまんないとか、上手くかけないとか、才能ないって思った時に。きっと彼は、喜んでくれたからって、やっぱり、思います」
「うん」
「今、メールとか、SNSとか、いいねとか! いっぱい反応もらえるじゃないですか。それもみんな嬉しい! もっと褒めてしい! 萌えてしい!! でも」
はー、と息をつき。
「なんか、……上手く言えないんだけど、……うん……、嬉しかったんですよ……」
「うん……」
言いながら、桐生がちょっと、あらかさまに、朱葉から顔を背け、ごと、そっぽを向いた。
「先生?」
その行の意味がわからず朱葉が聞けば。「タイム」と手だけで制止をされる。
こっちを見るな、の意味らしい。
「……今し、いやかなり、理不盡な気持ちになってる」
「?」と朱葉が首を傾げる。もっとわかりやすく。短い言葉で桐生が言った。
「嫉妬してる。その過去の相手とやらに」
思いも寄らぬ言葉に、しばらく沈黙したあと。
「……………はあ!? 頭おかしいんじゃないですか!?」
心底、言ってしまった。桐生はあっちを向いたままで言う。
「頭おかしいんですよ。知ってるでしょ」
「ええ、まあ、そりゃ、知ってますけども……」
「すぐ戻る。ビイクール」
そう言って、息を何度かついて、の位置を戻す頃には、いつものように涼しげな橫顔になっていた。
「──まあ、だから、早乙くんはもうわかってるはずでしょう。そういう気持ちを知ってる早乙くんが書く、手紙が。勵みにならないわけがないですよ」
「……うん」
その言葉には、異論がなくて。朱葉も頷く。それから気合いをいれて。
「頑張って書く。はやい方がいいもんね。鉄は熱いうちに!!」
「そうだ。はスピードだ!」
じゃあ、邪魔にならないように先生はまた來ます、と出て行った桐生だったけれど、もう一度ドアを開いて。
「早乙くん、週末、暇?」
「え?」
夏の原稿だけですけど、という朱葉に。
「よければ開けておいて下さい」
なんで? と思ったけれど。
「キングのご指名」
なんとなく、斷れそうにない話だ、とも瞬時に察したのだった。
この小説はある種リアタイ小説なのですが、今回はちょっと、私事のリアタイでした。
編集部に屆いたファンレター、いただきました。
めっちゃ嬉しかったです。ありがとう。THANK YOU! YOUですよ!
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