《腐男子先生!!!!!》ラスト・エピソード「結婚を前提にお付き合いさせていただいています」下

桐生和人は長らく、家族のことを朱葉に語ってこなかった。

ただ、『月の課金は家賃まで』という(最低の)會話で、「親の持ちだから天井がない」という(最悪最低の)話を持ち出され、その流れで、今住んでいるマンションの一室が、両親が老後のために購してある資産であるということを聞かされていた。

『先生のうちって、もしかして、お金持ち?』

『いや、両親ともっからの教育者』

そう言う桐生に『へー』と朱葉は言ってから、『先生がオタクなの、知ってるんですか?』となにげなく聞いた。ちなみに朱葉の両親は、それなりに知ってはいるが興味もないようで、突っ込んで聞いてくることもない。

朱葉の問いかけに桐生は苦蟲をかみつぶした顔で、

『知って……いるといえば、知ってる』

そして、知らないと言えば、なにも……わかってはない、というような言い方をした。

その時は、なんか嫌なことでも言われたのかな? と朱葉も深追いはしなかったのだが。

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挨拶をするにあたって、聞いておかないわけにもいくまい、と話を切り出した。

『実は……』

と桐生が、詳しい話をするために重い口を開いた。

「いらっしゃい」

桐生の実家は、都郊外、小さいながらも庭がある一軒家だった。仕事をはじめてから數年帰っていないという実家に桐生が朱葉を連れて現れると、白髪まじりの、朱葉の両親よりも一回りほど年齢が上に見える父親と母親が、張した面持ちで出迎えた。

しまごつく桐生よりも、よほど両親の方が張しているように見えた。

「久しぶり、あの……」

「はじめまして、今日はお休みの日にお邪魔して申し訳ありません」

早乙朱葉と申します、と桐生を押しのけるようにして、朱葉が挨拶をした。桐生の両親はまず、朱葉を上から下まで眺めて、どこか呆然とした顔をしていた。

「いや、その……」

「どうぞ、どうぞ中に!」

なんらか口ごもったあとに、はっと慌てた様子でリビングに通された。リビングの棚の上には、家族寫真が飾ってあり、キャンプかなにかだろうか。そこにいる活的な年が、い日の桐生和人であることは容易に想像が出來た。

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リビングのソファに腰をかけ、桐生と朱葉は、朱葉の母親にした説明をもう一度両親にした。

二人が出會ったのは高校であったが、そこでこうした関係になったわけではなく、その後に再會をして、長い時間をかけて関係をはぐくんだ、ゆくゆくは結婚をして新居を持ちたいと思っているし、それまでは一年か二年か、今いるマンションの部屋で二人で住むことを許してしい。朱葉の両親の了承は得てある、そんな話を、桐生の両親は、狐にでもつままれたような顔で聞いていた。

っからの教育者である両親は、「元先生と生徒」というその一點に反発を覚えるかもしれないと思っていたが、見る限りはそんなこともなく、とにかくしばらく呆然としていた。そしてそれから、

「和人ももう、いい大人です」とやはり堅い聲で言った。

「好きに、生きたいように生きなさいと、言ってきたはずなので……」

「いや、それでも!」

何かをいわんと、桐生が腰を浮かした時、突然廊下に置いた電話が鳴り出した。今時珍しい、家電だった。

はっとした母親が立ち上がり、電話を取ると、「和人さん」と桐生を呼んだ。「おばあちゃんから、久しぶりに今日來るっていったから、話したいって……」「ばあちゃん?」と桐生が驚いたような顔で言って、し躊躇うように場を見てから、廊下に出て行った。

桐生の背中を見送った母親は、リビングのドアを閉め、時計を見て、それからソファに座りなおすこともせず、意を決したように言った。

「朱葉さん」

「はい!」

朱葉が背筋をばして返事をする。

「正直に、答えてちょうだい」

俯く父親の隣、手を組み合わせた桐生の母が、思い詰めたように言った。

「うちの和人とのお付き合いは……カモフラージュ、と呼ばれるものではないの?」

「…………」

その、あまりに深刻な、あまりにあまりな言葉に──やっぱりこうきたか、と朱葉は思った。

『つまりはこういうことですか?』

家に來る前、桐生とした會話を朱葉は思い出している。

『先生のご両親は、先生のことを、男対象だと思っている、と?』

學生時代に、桐生の部屋でBLの漫畫や小説、薄い本を大量に見つけた母親は、筆舌に盡くしがたいショックをけたのだという。

教師という職業柄は、この際関係がない。真面目すぎた、という個は因果としてはあるかもしれない。とにかく、「こんなものはやめなさい」と否定をしてくれたら、あるいは協議をすることが可能だったかもしれない。二人は、可能な限り、不満や心配を飲み込んで、『理解』をしようとしてしまったのだ。──まったく、間違った方向に。

説明をしてわかってもらうことは出來なかったんですか? という朱葉の言葉に、

『俺がちゃんと説明出來なかったのが悪いんだろう。いや、説明したつもりだった! 説明したつもりだったんだが!!!!』

後悔に顔を覆って桐生が言った。

『オタクじゃない人間に、オタクのことを説明出來なかった…………………』

理解はできるし、呆れもした。桐生のことを責められるだろうか、と朱葉は自問した。いや、結構責められるのでは。もっとちゃんと言ったほうがいいのでは。けれど。

(先生、オタク以外結構どうでもよかったんだろうな……)

たとえば、學生時代にと付き合っても。親に紹介しようなんて微塵も思わなかったことだろう。誤解をしているなら、誤解をしたままでいいと。

それは、桐生が悪い。でも、彼も、教師になってかわったのだ。

自分の好きなものを、する、だけ、ではない。生き方を。

それが、自分の好きなものをもっとするということにもつながるってことを。

決して長い付き合いではなかったが、短くもない付き合いの中で、朱葉も、じていたので。

その、桐生の、「長」に免じて。

「伴」となる自分も、出來る限りのことをしよう、と朱葉はソファに座り直して、言った。

「お義父さんと、お義母さんが、噓をついてしくないというのでしたら、本當のことを、わたしから話させて頂きます」

朱葉の言葉に、ふたりは覚悟を決めた顔をした。真剣に、落ち著いた聲で、朱葉が言う。

「先生を好きになった時、本當は先生と生徒でした」

両親はしあっけにとられたように、眉を上げた。

いや、それも本當だろうかと朱葉は自問する。先生とはじめて會った時。あのイベント會場で。

わたしたち、先生と生徒じゃなかったね。

でも、先生と生徒だった。そのことは、誰に否定されることでもない、本當のこと。

「でも、先生のこと、先生だから好きになったわけじゃないです」

先生だって、生徒だから朱葉のことを好きになったわけではないだろう。

なんなら、をするのに邪魔だった。先生であること。生徒であること

でも、高校終わりの一年とし、二人で過ごした日々が、楽しかったか、楽しくなかったかといえば。

楽しかった。それは、絶対に確かだ。

そして。

「先生が男の人が好きとか、の人が好きとか、そんなことはどっちだって決められないと思います」

好きになるのはだって言っていても、もしかしたら、男を好きになることだってあるかもしれない。

もしものことはわからない。そんな世界でいいと、朱葉は思う。

「わたしと先生が同だったら、はしなかったかもしれません。でも、もしかしたらしたかもしれない。今よりもっと仲がよかったかもしれない。結婚はできなかったかもしれないけど、なくとも、先生と生徒であることより高いハードルだったかも。でもわたしたちは偶然、男とで、いろんな気持ちや、都合があって、結婚したいって思いました」

だって絶対、その方が楽しいから。

「男だからとか、だからじゃない」

先生が、オタクじゃなくても。

ううん、オタクであるから余計に。

「わたし達は、いい仲間なんですよ」

一緒にいて楽しいし。

一緒にいないと寂しい。

なんなら、このひとと一緒の人生なら。

一緒にいなくたって楽しいんだもの。

多分、きっと。好きなものがあるって、そういうこと。

帰りの車、桐生はしげっそりした様子だった。久しぶりに電話をした祖母から、「時からすべての思い出話をされた」らしい。多分、そういう臺本だったのだろう。朱葉と、桐生の両親が、腹をわって話すために。

「帰り際、親はなんか、どっちも憑きものが落ちたような顔だったけど」

どういう話をした? と桐生が聞くから。「まぁ、おいおいね」と朱葉は答える。

先生が、教えてくれたことを、話しただけですよ。

だって、教えて子だったから。朱葉は、桐生の。

し、イルミネーションでも見て帰りますか」

繁華街に車をむかわせる。し道は混んでいたけれど、その分ゆっくり見られた。

そういえば、世の中はいつの間にか、クリスマス一で。助手席に座りながら、朱葉は思い出す。

まだ街を歩くのにマスクなんていらなかったあの頃。

この差點まで、手をとり走った、こともあったっけ。

渋滯で進まない車の中、桐生が前を見つめたまま、朱葉の手に自分の手を重ねて言った。

「──どこまで、行けばいい?」

朱葉がその手を握り返し、笑う。

「どこまでも」

あなたと。

海でも山でも、宇宙の果てでも。

あなたと、生きていく。

5年のお付き合い、ありがとうございました。

最後のご挨拶は、コミカライズの最終巻にて。

また、どこかで、お會いいたしましょう!

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